第11話 駄菓子屋と僕。

「おばあちゃん、こんにちはー」




 店の引き戸を開けながら挨拶をして入ってくるナオトと、その後ろにちょこんと立っているヒロトがいる。




「おばあちゃん久しぶりー、元気にしてた?」


「おぉ、ナオくんかね、いらっしゃい」




 ナオトのことを『ナオくん』と呼んだこの人物は、ナオトが生まれる前からこのお店で『おばあちゃん』をやっている、白髪の髪を団子のようにまとめ、顔には年相応にしわが入り、猫背が妙にしっくりとくる、駄菓子屋のおばあちゃんだった。いかにも、という感じである。




「そちらの子は?」




 ヒロトを見て不思議そうな顔をして尋ねるおばあちゃん。




「俺の家の隣に住んでる『ヒロト』っていうんだ。ここに連れてくるのは初めてだったね」


「おぉ、そうかいそうかいヒロくんというのかい。どうもこんにちは」


「こんにちは.....」




 おばあちゃんは少し首を傾け、ナオトの背後にいるヒロトに挨拶をする。


 ヒロトはまだ年配の方とあまり接したことがないためか、このような独特の雰囲気に少し緊張しているようである。




「ナオくんにもついに子供ができたのかと思ったんだけどねぇ」


「俺はまだそんな年じゃないし、生まれたらすぐに連れてきてるよ」




 そんな冗談を笑いながら言い合っている二人だが、ヒロトは初めて訪れたこの『駄菓子屋』という空間を眺めまわしている。


 見たことのないお菓子、見たことのないおもちゃ、見たことのない値札。コンビニなどとは正反対に、少し薄暗く、壁や天井も年季が入った木造の焦げ茶色をしている。さらには店員とここまで親しげに話し出すというのは、まだ経験の浅いヒロトにとっては初めての経験であった。そんな独特な空間にヒロトは少しずつ興味がわいてきた。




「おー!これだよこれ!!」




 ヒロトがそうこうしていると、お目当ての物を見つけたようで、ナオトは嬉しそうに声を上げる。


 ナオトが手に取ったのは、駄菓子屋などで一つ100円前後で売られている、組み立て式の飛行機のおもちゃだった。胴体と翼、輪ゴムとプロペラなどが入った袋を眺め、いろいろなデザインの飛行機の中から、どの機体にするか選んでいる。




「ヒロト見てくれよ!!この飛行機すげーかっこよくないか?」




 実在する戦闘機のデザインや、SF映画に出てきそうなデザインなど、数ある種類の中からナオトが選んだ飛行機は、子供向けにデザインされた、海の魔物のようなものが機体全体に描かれているものだった。




「俺がコイツに乗ってこの大空を天高く飛び回っている姿が、いまからでも目に浮かぶぜ~」




 飛行機より先に一人で妄想の世界に飛び立ったナオトであるが、ヒロトはそもそもこのおもちゃがどういったものかを知らない。




「兄ちゃん、それどうやって飛ばすの」




 ナオトが手に持っているものは、飛行機の絵が描かれたただの紙袋だ。この袋の中身を取り出して組み立てることすら知らないヒロトは、当然のように疑問を持つ。さらには、飛行機といっても紙飛行機でしか遊んだことのないヒロトは、このおもちゃも自分の手で飛ばすものだと思っていた。いくらお金を払って買ったものでも、人力では大して飛ばないと思ったのだ。




「これはねぇ、飛行機の先の出っ張りに輪ゴムをひっかけて飛ばすんだよ」




 そう答えてくれたのは、おばあちゃんだった。


 急に自分に向けられた言葉に、少しだけビクッとしたものの、おばあちゃんが丁寧に教えてくれるので、しっかりと内容を聞いている。




「ヒロくんは駄菓子屋は初めてなんだねぇ、気に入ったのは見つかったかい?」




 お店の机のそばで座っていたおばあちゃんがゆっくりと立ち上がり、こちらに歩いてくる。




「ヒロくんにだけ特別教えてあげるけど、実はこれ、最後の一個なんだよ」




 そういって手に取った飛行機は、袋が色あせていて、よく言えばアンティーク、悪く言えば売れ残りのようなものである。


 ただ一つ妙な点があるとすれば、その袋にはデザインがない。ただの色あせた茶封筒に、なにかが入っているようである。




「あ、それ....」




 その袋を見たナオトは、自然と声が漏れる。




「これはねぇ、昔、このお店にまだ小さな子供達がたくさん来てくれていたころに売っていたものでね、みんなで自分の好きな絵を描いて飛ばしていたんだよ」




 おばあちゃんは袋の中身をとりだし、真っ白な飛行機のパーツを見せる。




「懐かしいなー!俺も小さいころこれにいろいろ描いて飛ばしたよ!!」




 袋の中から現れた部品を見て、やっと組み立て式のおもちゃであることが判明し、より一層興味が沸いたヒロト。


 ナオトはもちろんのこと、おばあちゃんも懐かしそうに袋の中身を見ている。




「まぁ、でも最近の子はもっとかっこいいのがいいかねぇ、これとかどうだい?」




 おばあちゃんは茶封筒に部品を戻し、市販の飛行機を勧めてくる。が、




「これにする」




 ヒロトが選んだのは、色あせた茶封筒と、真っ白な飛行機だった。




「いいのかい?それで」


「うん」




 ヒロトは小さくうなづき、両手でしっかりと袋を握りしめ、




「だから....」






「おばあちゃんも一緒に描こう....」






 ヒロトにしてはすんなりと言葉が出てこなかったようであるが、なんとかおばあちゃんにそう告げる。ナオトとおばあちゃんの会話を後ろで見ていたヒロトも、おばあちゃんと仲良くなりたかったのであろう。




「そうかいそうかい、ならその飛行機はヒロくんにプレゼントするよ」




 この日一番のにっこりとした笑顔をしたおばあちゃんは、とてもうれしそうに、




「すこし待っててね、いま描くものを取ってくるから」




 そういって急いで店の奥へと入っていった。




 それをみていたナオトは、自分も自然とあふれ出してきた笑顔とともに、ヒロトの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。

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