第10話 キャッチボールと僕。
「キャッチボールをしよう!!」
「やだ」
執筆活動に行き詰ったナオトは、ヒロトをキャッチボールに誘った。
「キャッチボールは嫌かー、なら野球がやりたいんだな?」
「兄ちゃんのことバットで殴っていいならいいよ」
「それは野球とは言いません!!」
あいかわらず物騒なヒロトである。
「なぁ~、キャッチボールしようよキャッチボール~」
「だから嫌だって言ってるじゃん」
この後もいつものようにナオトがゴリ押して、なんとかヒロトを連れて公園までやってきた。
「今日はブランコやんないの?」
「ヒロトが降ろしてくれないからやりません!!」
「なんで僕が悪いみたいになってんの」
ごもっともである。
家から持ってきたかばんや道具などを置くためベンチに陣取り、持ってきたバットやグローブなどを並べた。笹川家の押し入れから掘り起こしてきたグローブは、一つは大人用、もう一つは子供用だ。
「いやー、俺もちっちゃいころは父さんと二人でよくキャッチボールしたんだよ」
もう左手にはめるには小さすぎる子供用のグローブを、懐かしそうな目で見ているナオト。小さいころに付けた細かな傷や、ほどけかけているグローブの紐の一つ一つに、思い出が詰まっているのだ。
ナオトがこの子供用グローブを受け取った場所も、この公園のこのベンチだった。父親から行先もすることも伝えられず、ただついてきたこの場所で、バックから取り出された新品の小さなグローブは、父親からの贈り物であり、そんな夢と愛情が詰まったグローブにナオトは目を輝かせ、大いに喜んだことを今でも覚えている。
そしてもう一つのグローブは、幼い頃にひたすらそこだけをめがけて投げ続けたグローブである。それを今となっては自分が使うようになったのだ。自分の成長、時の移り変わり、昔の思い出など、いろいろなことを考えながらしみじみとしているナオトであったが、隣を見れば、そこにはヒロトがいる。目こそ輝かせてはいないものの、少しだけあの頃の自分と重なる。
「このグローブは俺のだったんだけどな、もう小さくて俺には使えないから、ヒロトに継承します」
そう言ってヒロトにグローブを渡そうとする。が、
「くさそうだからいらない」
「あっれええええぇぇええええええ????ヒロトくうぅん???????いますごくいい雰囲気出てたんだけどなぁああああ???????」
ヒロトの思わぬ言葉に一気に現実に引き戻されたナオトであったが、たしかにしみじみとしていたのはナオトだけであり、ヒロトにとってはただのボロボロなグローブである。鼻をつまみながらこちらを見ているヒロトに、ナオトはめげることなく、
「そんなこと言わないで使ってくれよ、俺の大切なものだからさ」
苦笑いしながら再度ヒロトに渡そうとしたグローブを、少しためらいはしたものの、今度は受け取ってくれた。
「わかったよ.....ありがとう......」
ヒロトは、ナオトの気持ちを察したのか、諦めたのかはわからないが、グローブを受け取り左手にはめる。
それを見たナオトは、静かに喜びを感じつつ、今度は自分が父親のグローブを譲り受け、左手にはめる。
「よーし、準備万端!!始めようか!!」
ナオトの仕切り直しの声と共に、二人はキャッチボールを始めた。
「いくぞヒロトーー!!」
ボールを持った右腕を高らかと掲げ、ヒロトに合図をおくる。ヒロトも左手を力なく上にあげ合図をし返した。
「ナオト選手第一球、投げました!!」
元気いっぱいの声とともに投げられたその球は、ゆっくりと下から投げられた、山なりのとトスだ。
ヒロトはグローブを構え、球がグローブに届くのを待ち、見事キャッチに成功した。
「おーうまいじゃないか」
正直なところ、ヒロトは立っていた場所を動かず、グローブを動かすこともなく構えていただけである。こればかりは、ナオトが上手というほうが妥当であろう。
「今のは兄ちゃんがうまかっただけだよ」
「そんなことないぞー、始めてから一球目で取れるなんてすごいじゃないか」
ナオトはヒロトを褒めながら、キャッチボールの楽しさを教えようとしている。
「よーし、最初は兄ちゃんの真似してでもいいから、ここまでボールを届けてくれ」
いつでも動けるような体制をとり、ヒロトにグローブを向けるが、
「やだ」
「え?」
『やだ』という言葉に気を取られている間に、ヒロトは投球フォームに入っている。
ヒロトは、ナオトの真似をして下から投げるのではなく、しっかりと上から振りかぶり、そして日々辞書を投げることで鍛え上げられた右腕にすべてを任せ、力任せで何とも強引な剛速球が、ナオトめがけて一直線に飛んでくる。
「パアンッ!!!」
ナオトのグローブからスターターピストルを打ったような音が聞こえる。
持ち前の運動神経でキャッチはできたものの、思いもしない剛速球に、ナオトは震えあがっている。
(あれぇーーー????、これもしかしてキャッチボール誘っちゃダメだったやつーーーー????)
ナオトの恐怖の顔を見たヒロトは、
「早くキャッチボール続けようよ」
そう言ってグローブをクイクイッとしてナオトを煽る。
ナオトの希望とは裏腹に、この日から新しい『二人』のキャッチボールが始まったはずであるが、幼少期に経験したキャッチボールとは、まったく違ったものであった。
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