義瞞(ぎまん)のペストマスク

及川 輝新

プロローグ

第0話:怪人の存在意義

 黒く燃え盛る炎の渦を見つめ、僕は下唇をかむ。


 彼の、彼女の、これからの人生を想うと、暗澹たる気持ちになる。


 だがこれは彼が、彼女が、何より僕がたどり着いた答えだ。義に反し、禁忌を破り、平凡を捨て、仮面を被る道を選んだのは、他の誰でもない。


 渦が縮小していく。


 その中から現れた異形の存在に、僕は語りかける。


「おはよう、そして、はじめまして」


☆ ☆ ☆


 問・ヒーローは、何のために存在するのか?


 正義のため?

 平和のため?

 たった一人の愛する者のため?

 

 答・経済のため。


 現在のアイドル市場が約二千億円であるのに対し、ヒーロー市場はその遥か上をいく三千億円近くにまで達している。強さと美しさを兼ね揃えた女性ヒーローがコンサートを開けば、チケットは即完売。筋肉と武術が絡み合うイケメンヒーローたちの大運動会には、カメラを構えたファンやマスコミたちが押し寄せる。

 

 彼らが活躍すれば関連グッズは飛ぶように売れ、メーカーや小売店が潤う。人々は英雄に己を投影し、駆逐されていく悪に自身の不満と責任を押しつける。

 

 世の中が物騒なのは怪人のせいだ。自家用車がないとおちおち外にも出られない。街中で戦闘が始まったら逃げないといけないし。

 国の借金がひどいのは怪人のせいだ。破壊されたビルの再建設に、いくらかかると思っている。建築、不動産、製造、商社、色々な業者を巻き込んだ大事業になってしまう。まぁ、定期的に国から受注が入るのはありがたいけど。建物も老朽化して近々改修の予定だったし。

 私が貧乏なのは、怪人のせいだ。推しのヒーローが戦闘で大怪我をしたから、お見舞いのフルーツバスケットを贈らなきゃいけない。最近怪人の討伐数が増えているのは嬉しいけれど、武器が消耗品の弓矢だからそろそろ差し入れもしなきゃ。

 

 正義を愛し、悪を憎む。

 

 株価が上がらないのも、自殺者が減らないのも、政治家が不祥事を起こすのも、ミュージシャンが不倫をするのも、応援している球団がリーグ最下位なのも、好きな子にデートをドタキャンされたのも、仕事でいつも損な役回りなのも、ぜんぶ全部。

 

 おのずと、怪人の存在意義も決まってくる。

 

 学校や職場、ひいては社会にネガティブな感情を抱いている国民にとってのガス抜き。それが彼らに与えられた役割だ。地球征服のためでも人々を絶望に陥れるためでも世界を平らかにするためでもない。

 

 世の中を健全に運用するために、怪人は存在する。

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