第38話 一度きりの人生、死ぬまでに楽しんだもん勝ちだろ?


 突然、俺のスマホが鳴った。登録していない番号だ。


「ちょっと電話でてくる」


「なぁーに? 早くも浮気ですかあー?」にやにや目を細めるチアキ。


 チラリと横に座るユメにも目をやる。あたふたした様子で俺のことを見ていた。


「そんなわけないだろ」


 チアキの頭をコンと叩いて、教室を出る。階段を上がった踊り場で画面をタップ。


「……もしもし」


『よォ……俺だぜ俺』


「……まず名乗れよ。典型的な詐欺商法じゃないか」


『声でわかんだろォが……てかよォ……電話番号ぐらい登録しとけっつうんだよォ!』


「……アンタの名前知らないし」


『イケメンサイドカーだっつってんだろが!』


「そんな名前で俺の電話帳に残っていいんだな!? アンタ本当にそれでいいんだな!?」


 いつか絶対にペンネームの由来を聞き出してやろうと思った瞬間だった。


『……読んだぜ』


「ああ。どうだった?」


 なんでもないように軽い口調で訊ねる。だが実際のところ、ユメやチアキに見せるよりも俺は緊張していた。きっと、一番認めてもらいたい相手だったからだ。


『面白かったぜ』


「……マジですか!?」つい敬語になってしまった。この男がいくつなのか知らないけど。


『ああ。……ただ、気をつけてはいるんだろうが未だに文章が冗長的すぎる点がある。キャラクターに関しても、序盤は悪くねェが終盤になってくるにつれてテメェの考えに従うだけのコマみてェな印象になっちまってる。もっと自然に、そのキャラクターらしい行動にお前自身が寄り添ってやるといいんじゃねェか。あとは不必要なキャラクターが多いな。出したい気持ちもわかるが、役割がねェんじゃ別に居なくたっていいことになる。物語ってのは、削れば削るだけ美しく、面白く、伝わりやすくなる。あとはそうだな――――』


 電話越しのサイドカーの言葉に耳が痛くなった。少し前の自分だったら聞く耳を持たなかっただろう。だけど、彼は頭ごなしには否定せず、作品に真摯に向き合い具体的な問題点まで提示してくれている。


 ユメ以外にここまで力になってくれる読者を、俺は知らない。いや……、違う。サイドカーは俺にとって、一度同じ土俵に立った戦友。ライバルなんだ。


 彼にだけ向く闘志の正体に、俺はようやく気が付いた。


『――っつうわけでよ、全体的には全然ダメなんだが、物語の核みたいなものは感じたぜ。作者が魂込めて書き殴ってる姿が想像できた。読み終わった後、体温が上がっちまうような作品ってのは、面白ェ作品の鉄則だろ?』


 画面の向こう側で、イケメンサイドカーがニヤリと笑った気がした。


「……イケメンサイドカーさん」


『ああ? なんだ』


「読んでくれて、ありがとうございます」


『何を今更言ってやがんだ。『さん』もいらねェ。敬語もやめろ、気持ちわりィ』


「……そっか。じゃあこれからはサイドカーって呼ぶことにしようかな」


『おいおい、イケメンはどこに行っちまったんだよ!?』


「アンタは一昔前のヤンキーって感じだからなあ」


 そして、俺はそのまま言葉を続けた。「……残念だったな。二次選考」


『ああ、それな』サイドカーの声はとてもあっさりとしたものだった。


『久しぶりの公募作品だしなァ。ウェブで求められる面白さと、新人賞で求められる面白さっつうのは、やっぱり違うモンがあると俺ァ思ってる。今回は二次で落選しちまったが、良い経験できたと思ってるぜ。俺ァよ』


「……悔しく、ないの?」言ってから、すぐに失言だと気付いた。


『んな当然なこと聞いてくるっつうことは、何か理由があるのか? まあ別に隠すことでもねェから言ってやる。提出する前に八回は推敲した。立ちふさがる“つまんねェ壁”もたくさんぶち破ってきた。でも、それでも足りなかった。だから、俺の作品は落選した。そんなもん、悔しいに決まってるだろうが』


 彼の言葉がしばらく耳から抜けない。それは重低音のように俺の身体に響いている。


『でも、だからなんだ。落選したからなんだっつうんだよ。こちとら新人賞一次を二十六回、二次を九回、三次を二回、最終選考を一回落ちてんだ。今更傷が増えたところで痛くも痒くもねェよ。そんなもんを後悔するよりやらなくちゃいけねェことがあんだろ?』


 俺のようなワナビが。実力も。知恵も。何もかもが足りないやつがやるべきこと。最初から何も持っていないやつでもできること。それはとても難しいけれど。単純で素直な――、


『「もっと面白い物語を書く」』


 電波を伝って俺とサイドカーの言葉が完全に重なった。


『フン、わかってんじゃねェか。世界中の創作者が目指す先なんて、結局みんな一緒なんだよ』


「それは……アマチュアでも?」


『当然だろ。プロアマ問わず、小説家も、マンガ家も、脚本家だって一緒だ』


 サイドカーは少し言葉を詰まらせながら、続けた。


『……小説家ってよ、孤独が常だとかって言われてんだろ? 自分だけの妄想世界に引きこもってやがるんだから、そう見えるかもしれねェ。でもよ、俺ァそうは思ってねェ。――新しい人間との出会いっつうのは……それだけで面白ェ物語が開けてくるとは思わねェか? 俺ァそういう出会いを大切にしたいと思ってる。……だから、今回テメェと出会ってガチでやり合ったのは良かった。……楽しい物語に浸れたぜ、春夢青叶』


「アンタ……」


『言っとくがよォ、今までのはただの綺麗ごとだぜ。プロになった俺だからこそ言える言葉だ。ワナビであるテメェにどれだけ伝わったのか俺にはわからねェ……でもよ、テメェはもう選んじまった。物語を創作する人間の、答えのない迷宮に迷い込んじまった。これからテメェの辿る道は普通の人間が進む道よかよっぽど過酷だ。しかも、その起伏の激しさを決めるのは自分自身っつうクソマゾい世界だ。……でも、きっと面白いぜ。そこではテメェが未だ見たこともねェ面白ェ物語がゴロゴロ生み出されてんだぜ。泣ける物語も。アツい物語も。数十年語り告げられるような伝説になるかもしれねェ。しかも、それはお前が書くモンかもしれねェんだ。俺は――その境地を一緒に見てェ。同じ志を持った仲間でありライバルと呼べる連中と、クソ面白ェ物語が爆誕する瞬間を』


 そして、彼は言った。


『一度きりの人生だ。死ぬまでに楽しんだもん勝ちだろ?』


 徐々に身体の芯から温かくなっていく。静かに燃え上がる闘志のような。この感覚には既視感があった。


 面白い小説やマンガ、映画を観たとき――俺はこうなる。

 ならば、俺とサイドカーの出会いはきっと面白い物語のスタートに繋がっているはずだと、そう確信した。


「……サイドカー、アンタも恥ずかしいやつだな!」


『なんだとテメェ! 俺ァクソ真面目に言ってんだよ!』


「……でも、小説家って感じだ」


『何を笑ってやがんだ。ポエムみてェな小説を書いといてよ』


「あれは小説だからだろ。リアルで言っちゃう奴は稀だと思うわ」


『そ、そんなことねェよ!』


 ちょっと焦りながら反論してきた。あわあわしているサイドカーの顔が頭に浮かぶ。

 そこで、俺はサイドカーに言ってやらなくちゃならないことを思い出した。


「あ、そうだ。ユ――――WanWanとのことだけど。俺がデビューした後だって、絶対渡すつもりなんかないから」


『……そういうのは拳と拳で語り合うもんだろ?』


「だから……そういうのが恥ずかしいんだよ。なんか古い少年マンガみたいでさ」


『……そうなのか。因みによォ……テメェの一番好きなマンガっつうと何になるんだ?』


「え? 『HUNTER×HUNTER』だけど」


『そうか。ああ、あれ……面白ェよな。俺ァ……な……『カードキャプターさくら』が――』


 彼が愛に溢れた心優しいヤンキーである理由がわかった気がする。


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