第28話 イケメンにしてください
「い、いくよ……」
「うん……」
緊張した面持ちのユメが頷いたのを確認して、マウスを移動させ――クリック。
俺の書いた物語が、インターネットを介して新人賞へと向かっていく。
デスク上に散らばる栄養ドリンクの数が、最後の追い込みの大変さを物語っていた。
一つの作品を生み出すこと。そして、終わらせること。そんな当たり前なことがどれだけ難しいことなのか。改めて身に染みる。
「うぉぉぉぉ!! 終わったァァァ!」
「本当にお疲れ様ぁ! アオハル、良く頑張ったよ!」
「……ユメのおかげだから。ホントに…………ありがとう」
ユメに手を向けながら言った。一人だけじゃ、この作品はきっとこんな形にはならなかった。
彼女は俺の手のひらをぎゅっと掴んで、視線を向けてくる。
「……アオハル」
手を握り合いながら二人で見つめ合ってると、何故だか瞳が潤んだ。
「やば、なんか泣けてきたわ」「やだ、なんか涙出てきた」
二人で同時に涙ぐむ。それから二人の泣き顔を見て笑い合った。
「この小説、面白いよね」
「うん、大丈夫! 面白いよ。ラストシーンも凄い良くなったし」
「ウェブ公開用に作った作品と、新人賞に提出するんじゃやっぱりドキドキ感が違うね。選考発表は……二ヶ月後だって。結構待たされるみたいだ」
「じゃあ存分に受験勉強できるねっ」
「くっ……それからは逃げられないのか」俺は脱力したようにベッドに倒れ込む。
「まずは兼業作家を目指さないと。それでヒット作出して、うーん……そうだなあ。とりあえず百万部越えのベストセラー作品を書いてもらわないと」
「ハードル高っ!」
悪戯に微笑むユメが俺の隣に腰を下ろした。彼女はモニターに映る俺の校了原稿をぼうっと見つめながら、「わたしたちの第一歩になるかもしれないね」と笑う。
夏が終わり、もう秋だ。時間は俺とユメの離れていた距離をゆっくりと縮めていく。
俺は瞳を閉じた。ユメがこの家にやって来てからのことを振り返る。今の俺が恍惚した気持ちでいられるのは、彼女が隣に居てくれたおかげだ。……本当に、感謝している。
隣に腰掛けていたユメが、俺と同じようにごろりと寝転ぶ。
「……ねえ、アオハル」
「……何?」
「えっとね、気分転換にさ……」こちらを見もしないで、ユメはぎゅっと布団を握っている。
「……受験勉強とか言わないでよ?」
「い、言わないよ! ……えっと、その……今週末、デ、……デ…………」
「デ?」
「…………っ、その、二人で一緒にどこか出かけたり……してみない?」
――デートだ!
「え、と…………それは……また、どうして」
バカか俺はこういうときにどうして素直に「はい」と言えない死んだら良いのに死ね!
「だ、だから……気分転換だってば……」
「……わ、わかった」
こうして俺とユメは週末にデートの約束をした。ユメがそそくさと部屋から出て行ったのを確認すると、俺はすぐにデスクチェアに座った。
――やらなければいけないことがたくさんある。
俺は童貞だ。女性と付き合った経験はゼロである。当然デートもしたことが無い。
……というわけで、俺は焦っていた。何から手を付ければ良いのやら。
そうだ。まずは身だしなみから始めなくては! いつもは近所の千円カットでちびちび短くしている俺だが、今回は美容院に行く必要がある気がする。
俺はさっそく、『髪 イケメン』でググる。すると、モニターの中は選ばれしイケメンたちで埋め尽くされた。みんな似たような髪型をしていた。
はっ――! そこで気が付く。そもそも美容院なんてお洒落施設に行くために着ていく服が無い! ということは第一に洋服を購入しなくてはいけない。しかし――いや待てよ。
服屋だってお洒落だ! とんだ無限ループに陥ってしまった俺。だけど、よくよく考えれば今の世の中はネット社会。服など通販サイトを利用すればどうってことはないのだ。
イケメンたちのヘアスタイルをタブ固定。そしてファッションサイトへとジャンプ。トップページにデカデカと写し出される最先端の奇抜なお洒落ファッションに目がくらむ。最近目にしたまとめサイトでネット民に笑われていた服だった。……お洒落って、なんだよ。
オマケに値段も結構するものばかりで、俺の財布事情じゃ手に入らないものばかりだ。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
女子……いや、ユメってどんな服装が好きなんだろう。ユメが普段来ている服といえば、あまり奇抜な感じでは無かった。もっとシンプルな格好だった気がする。
そうか……わかったぞ。デートする相手に合わせるという考え方こそが真のお洒落なのでは!? よし、来た! ここはシンプルにいこう。シンプルイズザベストだ!
すぐさまユニクロの通販サイトに飛び、レビューが良くてシンプルな洋服をいくつかポチる。さあ今すぐにでも持って来てくれ宅急便のあんちゃん! じゃないと髪が切れない!
嵐のように次の行程へと進んで行く。次はデートコースだ。俺とユメは物語で繋がった関係……となると、映画は外せない。デートの定番のはずだ。昼過ぎに映画館、終わったらそのままカフェに入ってお互いに感想を言い合って、どこかで時間を潰しつつそのままディナーが定石か!? ……まずい。色々予約とかしなくちゃいけないんじゃないのか。お店に電話するの得意じゃないのに! あっ、ネットに落ちてる恋愛術のいくつかに目を通しておかないと! 女性とのデートは男がリードしたほうが良いに決まってる。どんな物語だって古今東西そうしてきたはずだ。マズい、なんか色々忙しくなってきやがった!
――数日後の金曜日、すっきりめで爽やか系の服を装備した俺は、予約した美容院を訪れた。
女性客やリア充共で満たされた店内で俺の存在は明らかな異分子だったけど、めげない。
担当らしい女性美容師が和やかな表情で近づいてくる。開口一番、俺が言った言葉は。
「…………イケメンにしてください」
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