第27話 想い出のカンカン


 イケメンサイドカーが『うぇぶ物語』で活動報告を掲載した。そこには素人である俺と新人賞で対決することが丁寧な言葉で述べてあった。会ったときにも感じたが、あの男、実際の口調と文面での落差が激し過ぎやしないだろうか。


 彼の行動はまとめサイトに取り上げられ、俺の知らないところで勝手に俺とイケメンサイドカーの勝負は盛り上がっていた。


 新人賞に投稿するのは初めてだし、正直怖じ気づきそうになったのは認める。だけど、ここまで煽られて、一泡も吹かせてやれないのは悔しかった。

 小説に関しての技法はまだまだ未熟だと思うけれど、面白い物語を考える能力に関しては絶対に負けられない。


『なんか凄いことになっちゃったねえ』


 モニターから、音声通話ソフトを介したユメの声が聞こえてくる。


「負けないけどね」


『ふふ、負けず嫌いだね』


 モニター越しのユメがどんな風に笑ったのか気になった。壁の向こうに彼女は実在するのに、こうしているととても遠くに居るように感じる。


 俺のウェブ小説を公開して以降、ユメは様々な企業やサークル団体の目に留まるようになっていた。最近は彼女の作業時間が長くなっているので、こうして通話しているわけだ。ユメと今後の展望に思いを馳せながら何気なく引き出しを開けてみると、懐かしいものを発見した。


「ユメ、今からちょっとだけこっち来れる?」


『丁度切りが良いけど。詰まったの?』


 すぐに俺の部屋を訊ねてきたユメに、錆びたお菓子缶を見せつける。


「……カンカン!」


 可愛いなその言い方。俺は油性ペンで書かれた『アオハル/ユメ』の蓋を開く。


 中には数冊のノートと紙切れ、薄汚れた小物がたくさん入っていた。ユメと遊んだときに使った玩具やノートなんかを保管したお菓子缶だった。未練がましく捨てずにいたけど、まさかこうしてユメと一緒に開けることになるなんて。


 中から、一冊のノートを取り上げる。それを見ていたユメが嬉しそうに笑った。


「あー! それって」


「……覚えてる?」


「覚えてる覚えてる! ちっちゃい頃に二人で書いた漫画!」


 ノートをぺらぺらとめくってみる。あまりに黒歴史すぎる稚拙なマンガがそこにはあった。コマ割りさえもがフリーハンド。強い筆致で書き殴られたキャラクターたち。絵だけではない。台詞やストーリー構成、設定もハチャメチャのカオスな感じだった。


「これ思ってたよりヤバいね……えっと、普通に恥ずかしい」


「居たたまれないね」お互いのなんとも言えない表情を見て、笑い合った。


 お菓子缶の中はユメとの想い出だけかと思っていたのに、そこには中学時代暗黒期の手書き小説なんかも出てきた。なんで入れたんだ俺。それをユメに見られて爆笑されたり、他にも、画用紙を切って作った手描きのカードゲームなど、上げれば切りが無いほどの遊び道具が出てきた。大体は男の子が喜ぶようなものが多くて、あまり女の子らしいものはなかった。


 盛り上がっていると、一枚の写真が出てきた。

 ふてくされた顔でそっぽを向いている俺と、俺の腕に笑顔でぎゅっとしがみつくユメ。

 お互いの家の前で撮影したときのもので、小学校卒業記念のときに撮ったものだった。


 この頃から、俺はもう彼女を邪険にしていた。もちろん嫌いではなかったけど、男女間の距離をそれなりに理解していた俺にとって、彼女の純粋さは時に痛かった。


「わ、二人ともまだ子供だね」


 写真から顔を上げたユメが、俺の顔をじっと見て――、「ほんとに、大きくなったね」と笑った。その笑みには、一体どんな意味が含まれているのだろう。


「……なんか、色々懐かしいな」写真を見つめながら、ユメはどこか悲しそうに呟いた。


 ユメにとって、俺との想い出はどのように残っているのだろう。綺麗なことばかりではなかった。現に俺は後ろめたい想いを今でも引きずっている。ユメが転校してきたとき、嫌われているに違いないと疑わなかった。でも、彼女の反応はそうではなかった。それとも、ユメにとって俺という存在は小さな粒の一つでしかなかったのか。気にしているのは俺だけで、当人にそこまでのインパクトはなかった? でも……。


「あ、あのさ……」


「うん?」


 ――謝らないと。クリスマスイブの日のことを。


「……ユメが、覚えてるかどうか、わからないんだけど……」


 覚えてるかわからない? そんなわけないだろ、あの日から俺たちはロクな会話をしてない。別れの挨拶だってなかった。外国へ飛び立つ彼女を見送りもしなかったんだ。――俺にあれほど懐いていたユメを、突き放したんだぞ。


「……うん」


「………………あのっ」


 言葉が、一切出てこない。

 頭の中に思い浮かんだたくさんの言葉を伝えたとき、今のユメとの関係でいられるとは限らない。それが……俺は怖いんだろうか。


「……やっぱ、いいや。なんでもない」


 結局、俺は言い出すことができなかった。本当に、どうしようもないクソ野郎だ。


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