第26話 アオハルってさ……


 焼きそばとかき氷を簡易なお盆に乗せて、俺はユメとチアキの待つシートへと戻った。シートにはスマホをいじっているチアキしか居ない。


 海辺のほうを見てみると、先ほどチアキと子供たちが作り上げた城がより立派な建物へと進化していた。どうやらユメが引き継いだらしい。目指せ、サグラダ・ファミリア。


「ちょっと! アオハルってば遅いー!」


「悪かったよ。はい、これ」


 注文の品を渡すと、「ありがと」としっかりお礼を言ってきた。こういうところは抜け目のないヤツだ。律儀に財布から小銭を出そうとするところも主婦っぽい。

「いいって。奢ってやるから」


「え、アオハルのくせに……どうしたの? ドケチなくせに」


「俺はケチなんじゃない、節約家なんだよ。お前もわかんだろ、似たようなもんなんだから」


「……そうかな」


 遠い海を見つめながらチアキがぼやいた。どことなく、いつもと違う雰囲気だった。


「どうかした? なんかヘンだぞ」


「そう見える?」


 そういった返し自体がもう妙だと感じた。ここ最近のチアキは、良くわからない。冗談を言っていたかと思うと、突然真面目な顔になったり。

 二人でしゃくしゃくとかき氷を食べながら、ユメのファミリア完成を待っていると、


「…………アオハルってさ、ユメちゃんのこと好きなの?」


「…………ごはっ」かき氷吐いた。


「何ダメージ喰らってんの? 因みに今のなんダメくらい?」


「お、お前が突然ヘンなこと言うからだろっ……」こほこほと咳き込みながら言う。


「……結構、真面目なんだけどな」


 最近頻繁に見るようになったお澄まし顔で、そう言ってくる。少し前まではこんなこと全然なかったのに。


「……お前、急にどうしたんだよ」


「やっぱり言えないような関係なんだ」


「そうじゃないけど」


「じゃあ好きじゃないの?」


「なんでそうなるんだよ……」


「……なんで二人ともお互いのこと呼び合わないの?」


 チアキに気が付かれていた。約四ヶ月ちょい、俺とユメは人前でお互いの名前を呼んでいなかった。


「同じ家に住んでるのに、おかしいじゃん。『ねえ』とか、『待って』とか、あたしを巻き込んで『二人は~』とかさ。明らかに名前呼ぶの避けてるじゃん。ヘンだよ……そんなの」


 足下の砂を弄くりながら話すチアキは、いじける小さな子供のように見えた。


「ユメちゃんがきっかけで夢を追いかけてるんでしょ? それぞれ有名なイラストレーターと小説家になって、二人の作品がアニメになるのが夢なんでしょ?」

「お前……海の家来てたんだろ」


「……聞こえちゃっただけだよ。それに、この前の喫茶店で大体のことはわかってたし」


「確かに、俺とアイツは同じ夢を目指して頑張ってるところだよ。でも、別にヘンな関係じゃない。同じ家には住んでるけど、本当に……あくまでもクリエイター仲間として……」


「またアイツって言った」


「…………」


「あたしとユメちゃんの扱い……ちょっとだけ違うよね。アオハルって」


「扱いって……なんだよ」


「言葉遣いとか。あたしにするような言葉遣いをアオハルはユメちゃんにはしないから」


「そんなこと……してねえよ」


「ほらまた。『してねえよ』なんて、ユメちゃんに向かって使わないでしょ?」


 たった今、チアキに言われて初めて気付いた。確かに、俺はチアキに対して男友達のような感覚で接していた。でも、ユメは違う。クラスの女子とあまり喋る機会はないけど、どちらかというとそちら側の扱いをしている。


「アオハルはさ……ユメちゃんとどうにかなりたいとか、そういうこと思ったりするの?」


「どうにか……」


「そこまで鈍くないでしょ? 誤魔化さないで真剣に言ってよ」


 チアキが、真っ直ぐな瞳で俺を見つめてくる。

 これまで、彼女がこんなに綺麗な目をしているだなんて思ったことが無かった。こんなに女の子っぽい表情ができたなんて、思いもしなかった。


「アオハル……答えてよ」


「…………俺は、」


 言葉に詰まりながら、懸命に頭の中で言葉を探した。だけど、見つからなかった。

 これだ、とまっすぐチアキに響いてくれそうなものが。


 そうこうしている間に、城の建設をしていたユメがこちらに引き上げてくるところが見えた。


「あ~、焼きそばだ! 美味しそう」


 仔犬のようにキラキラした瞳で、ユメが焼きそばを指差した。


「ああ、食べて良いよ。俺のおごり」


「ユメちゃんユメちゃん、ここの紅ショウガめちゃウマだから!」


「紅ショウガなんかどこでも一緒だろ」


「……そ、そんなことないもん」


「…………二人とも、どうかした?」


「「え……?」」俺とチアキの声が重なる。


「ううん、なんでもないならいいの。ゴメンね」


 そう言って、彼女はシートの端っこで焼きそばを食べ始めた。


 暗くなる前に片付けを開始。そのまま電車に乗り込み、オレンジ色の夕焼けが差し込む座席でユメとチアキは頭を預け合いながら眠ってしまった。


 青春マンガで良くあるありきたりなシーンだ。最初は嫌々だった海水浴だったけど、過ぎてしまえば楽しいことばかりだった。

 二人の寝顔を横目で見ながら、一席分空けて座った俺はチアキの言葉を考えていた。


 ――アオハルってさ、ユメちゃんのこと好きなの?


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