第24話 あれはファンタジー


 さんさんと煌めく真夏の太陽。潮の香り、波の音。きゃいきゃい騒ぐ若い男女たち。

 俺は海パンの上に薄着のパーカーを羽織り、セッティングしたシートの上で体育座り。波打ち際で遊んでいる子供たちをぼーっと眺めていた。


 ――ああ、早く帰って小説書きたいな。そんなことを考えていると、ぱたん、ぱたんとビーチサンダルが足裏を叩く音が聞こえてきた。


「ふぁっきゅーあいらーびゅー! ちょっとそこのお兄さーん、ナンパ募集中?」


 日光に照らされたせいか、チアキの元々明るかった髪が余計に派手になった気がする。彼女はパチンとウインクをしながら、アホっぽく身体をくねらせている。


「……遅いんですけど」


「あっ、ごめんね。女子の更衣室……結構込んでて」


 チアキの後ろからひょっこりとユメが顔を出す。彼女にしては珍しく髪をアップに上げていて、少しだけ活発な印象を受ける。


 二人とも上着を羽織っていたが、下は何も履いておらず、白い柔肌が剥き出しの状態になっていた。その布の下が水着しか纏っていないことを考えると、無性にドキドキしてしまう。


「ふう、それにしても結構良い場所じゃない。アオハルにしては良い場所取り」


「そりゃどうも」


「じゃあさっそく……脱いじゃおっかなぁ」


 チアキが上着のファスナーに手をかけながら、チラッと――視線を寄越してくる。


「なんだよ」


「……見たい?」


「別に見たかねーから! 勝手にやってろ。俺は一人で泳いでる」


「あーうそうそ、ゴメンって! ほら、ユメちゃんも一緒に……せーのっ」


 チアキが慌てながら上着をシートの上に脱ぎ捨てた。


 オレンジ色をしたパンツスタイルのビキニ。健康的な小麦色の肌が眩しい。無駄のない引き締まった身体ではあるが、女子らしさを忘れずに柔らかさをしっかりと残した鮮やかボディ。失礼な話だが、身体の凹凸は大人しいと思っていただけに意外と大きく感じた。全体的にスポーツ女子! って感じで活動的な印象の強いチアキには凄く似合っていた。うーん……九五点! って最低か俺は。


 チアキを三秒以上じっと凝視してしまってから、慌てたように目を背ける。


「ど、どう……?」


 いつもそんな表情しないくせに、偉く真面目な様子で訊ねてくる。そんな彼女に戸惑う。


「え、どうって……い、いんじゃね」


「何よ。このこの、なんかもっと感想ないのかよぅ」


 男女の距離感をわきまえてくれないチアキが、俺の腋を肘で突いてくる。


「痛い」


「欲しいのは水着の感想! って、ユメちゃん脱いでないし! あたしだけ脱ぎ損じゃん!」


 どんな損だよそれ……と思いながら、先ほどからもじもじしているユメに目をやる。


「で、でも……なんか……恥ずかしくて……うぅ」


 緊張しているのか、あたふたしたユメがファスナーを摘まんだり離したりしている。困っているそんな顔を見ていると、なんだか俺が脱がせてるみたいになるから止めて頂きたい。いや、寧ろそんな背徳感の中でこそ脱いで欲しい。そこに萌えるから……なんつって。


 なんだか複雑な気持ちになる。いつの間にやら男子の前で恥じらうというごく当たり前な女子としての反応をしているユメに。家に行ったときなんか、風呂上がりだと全裸で玄関まで出迎えに来たことあったのに。

 ――女の子なんだなあ。


 もちろん健康的な水着を披露してくれたチアキとて女子は女子なわけだが、ユメとは何か違う気がした。俺がヘンに意識し過ぎているせいかもしれないけど。

 そんなとき、ユメと一瞬目が合う。覚悟を決めたのか、彼女は一気にファスナーを降ろした。


 真夏の空の下――二つの乳房がふわりと揺れた。

 ユメは袖から腕を抜き、そのまま上着を脱ぎ捨てようとしたが、ファスナーが降りきっていなかったせいか、服が引っかかってもぞもぞしている。そのたびに俺の目の前で柔らかなものが静かにふるふると揺れ続けている。


「あ、あれ……脱げないっ」


「…………っ」


 ――くはぁっ! どうにかなってしまいそうだっ!

 ユメがようやく上着を脱ぎ終えると、可愛らしいドット柄のピンク色ビキニが目に入った。下はフリルが付いていて、若い女の子たちに人気がありそうなデザインだ。


「お待たせ……しました」消えそうな声で、ユメが言った。


「…………う、うん」


 なんだよ、うんって。思わず自分にツッコんだ。そんなとき、ピッー! と笛の音が鳴る。


「……なっ……なんだ!?」


「はい、アオハル! ユメちゃんのおっぱい見過ぎ! 退場!」


 むすっと頬を膨らませたチアキが、俺を指差しながら小さな笛を吹き続ける。彼女の言葉に気が付いたユメは、さっと俺から胸を隠すようにする。大丈夫、怖くないんだよ。俺だよ俺。


「お前……そんな笛どこから持ってきたんだよ」


「ああこれね、来る前に百均で買ってきたの」


「まさか……」


「そう、このときの為にね! めっちゃやりたかったんだぜよ!」


 ケラケラ笑いながら、チアキはユメの背後に回り込み、ユメの肩にそっと手を乗せる。


「因みに……これ天然Eカップよ。良いカップ、なんちゃって。もう超羨ましいんですけど」


 チアキが物欲しそうにユメの胸元に視線を落とすと、ユメの頬がぽっと赤くなった。


「あっ、言ったらダメなのに! チアキちゃん!」


 ユメが紅潮した頬のまま背後のチアキに向かって声を荒げる。

 ――Eカップ……だと。脱衣所で裸を見てしまったときからある程度大きいとは思っていたが、カップサイズを聞かされるとそれはそれで生々しさが増すな!


「はい見た! アオハルくんまた見た。くそっ、結局アオハルも巨乳派かよ! そんなにデカパイがいいのかよ! 男なんてみんなおっぱいに埋め尽くされて窒息して死ね! いっー!!」


 綺麗な歯を剥き出しにしてそんなことを言ってくるチアキ。あとデカパイ言うな。なんか価値が下がる。でも彼女の提案はとても幸せな死に方のような気がしてきた。


 ふんっとチアキは顔を反らして、「巨乳に罪は無いけど巨乳好きは滅べ」と怖いことを言う。


「まったくもう、せっかく水着見せてるのに面白くないなぁ。もっと気の利いたこと言えないわけ? 似合う凄い可愛いよ天使か! とか、似合う最高セクシー綺麗か! とか」


「俺をなんだと思ってるんだよ……普通の高校生はそんなこと言いません」


「純愛系少女マンガ的な感じで照れながら口元隠して、『すげえ似合ってるよっ』でも可」


「知ってるか? あれはファンタジーなんだよ!」


「マジ……?」


 とんでもない顔で驚愕するチアキ。いやなんでだよ。


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