第23話 男子高校生の脳内


 ああ……勉強したくないなあ。なんの努力もしないで大学入りたいなあ。あわよくば同時期に大賞取ってプロ小説家になってデビュー作で発行部数百万部突破! 出鼻からミリオンセラー作家の仲間入り。そして就職などぜずに夢の印税生活で暮らしていくのだ。だが……飛ぶように売れた一作目とは対照的に二作目が大爆死してしまう。無駄な贅沢を楽しんだおかげで貯金もスッカラカンになり路頭に迷った俺。この世のすべてに絶望し、下ばかり向いていたせいか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。その瞬間すべてを失ったことを悟る俺に対し、車の主、暴力団員岡崎が言い渡した示談の条件とは…………。


「ふぁっきゅーあいらーびゅー? ちょっとおにーさんってばー」


 目の前で小麦色に焼けた手のひらが左右に揺れている。おかげで正気に戻る俺。

 夏期講習の場だというのに物語のことばかり考えてしまう頭になってしまった。


「チアキか……なんだよ」


「んやー? ぼーっとしてるから。叩き起こしてやろうかと」


 バド部で鍛え抜かれたチアキの上腕二頭筋が唸る。力こぶちっこいけど。


「……お前、小学生みたいな腕してんな」


「なっ……! もしかしてアオハルってば、あたしのこと小学生体型とかそういうセクハラなこと考えたでしょ! ちょっと嫌らしいことも考えたんでしょ! やだもーサイテー最悪!」


「被害妄想のこじつけ方ハンパないのなお前!」


 俺たちが不毛な争いを続けていると、一人の生徒が近寄ってきた。


「二人とも、何話してるの?」


 ユメだった。彼女はかしこまった様子で俺たちの会話の中に入ってきた。


「聞いてよユメちゃん、アオハルがめっちゃエロいこと言うー」


「えっ……エロ……い?」


 ユメが頬をひくつかせながら、ぎぎぎ――と首を俺のほうに向けてくる。そんなロボットじゃないんだから。やっぱり、ユメは下ネタ関連の話題は苦手らしい。


「信じなくていいよ。コイツがテキトー言ってるだけだから」


「うわーん、アオハルがあたしのことめっちゃテキトーに扱うよう……しくしく」


 わざとらしくハンカチを押し当てるチアキ。がさつなアンタが持ち歩いていることに驚くよ。


「テキトーなヤツにテキトーで返して何が悪い!」


「きー! ムカつくんですけど! 激おこスティックトリニティムカムカちゃんだよ!」


「なんか色々違うけど結局何が言いたい」


「もういい! あたしは怒ったんだから! 明日三人で一緒に海行こうね!」


「なんでっ!?」


 突然のチアキの提案に驚愕する俺。確かに夏休み中にそれらしいイベントを一度くらいは体験したい気もする。小説の取材にもなるし。……だけど、新人賞用の執筆はまだ途中だ。


「いや、海ってなあ……急過ぎない?」


 ユメのほうを見ながら訊ねる。彼女もインドア派だ。きっと断ってくれるに違いない。


「うーん……海かぁ……行ってみたい気もするんだけど」


 あれれ、意外な展開なんですけど。マジで明日海行く感じ? 女子二人の中で俺超アウェイなんじゃないかしら奥さん。


「……水着が無いから」


「あ、ならあたしもちょうど新しいの買おうと思ってたとこだし、帰りに水着見に行こうよ。ショッピングモールでセールやってるらしいし」


 スクールバッグから丁寧に折りたたんだチラシを取り出すチアキ。この情報化社会の時代で、割引クーポンが載ったチラシを持ち歩く女子高生が居ようとは恐れ入った。


「主婦かよ」思わずツッコんだ。


「エロス・アオハルはエロいこと考えそうだから、来ちゃダメ! アンタは大人しく家に帰りなさいよね。ぜ、絶対に付いてきちゃダメなんだかんね。あとでまた連絡したげるから」


「お願いだからその呼称だけは止めて。イエス・キリストかよ。それから何その絶対押すなよ!? 的なやつは。普通に付いていかないから安心しろ」


「だいじょーぶだいじょーぶ、神聖な感じがチミのエロスパワーを良い感じに中和してくれてると思うよ。てかなんだようっ、付いてこないのかよー、つまんなっ!」


「でたでた、チアキ様の逆ギレだよ!」


「わっ! アオハルがあたしを様付けで呼んだ! やだっ……ちょっと癖になりそうっ」


「アホ過ぎる……」


「あはは、二人って本当に仲良しだよね」


 俺とチアキの会話を聞いていたユメがくすくすと笑いながら、口元を抑えた。俺はそんな彼女の表情を見て、なんだか後ろめたい気分になってしまった。……咄嗟に考えつく。


「ていうかさ……二人で海に行けば良いんじゃないの? 俺、男だし」


 そもそも論を提案してみる。


「ちょっとアオハルくーん! あたしたちがイケメンお兄さんにナンパでもされちゃったらどーするつもりなの!? そのままランデブーナイトに突撃でもしちゃったら、あたしたち……もう……お嫁に行けないっ」またハンカチ出した。


「イケメンなら良いじゃん。優しそうなお兄さん辺りで手を打っとけよ」


「もぅー! 分からず屋だなあ! いいからアオハルも来るの! ね、ユメちゃん!」


「あっ……うん……わたしは、その……どっちでも」


 ユメが俺のことをチラチラ見ながら言う。結構……いやかなりショックだった。


「アオハル、ユメちゃんがテメェのことなんてどうでも良いから消えろカスだって」


「口悪っ! お前が居ればそれだけでナンパ防止策になると思うけどね俺は!」


 結局俺たち三人で海に行くことになり、ユメとチアキはそのまま買い物へ行ってしまった。

 一人で家路に就きながら、俺は執筆途中の物語のことを考えていた。


 ――講習中に思いついたスマホのメモをパソコンに移さないと。あそこの台詞はもう少し練ったほうがいいし、キャラの心情はもっと掘り下げるべきか? となるとビキニは絶対白が一番良いと思うし、デザイン的には紐になるのか? あーでも俺的には、もっとこう…………ん?


 いつの間にか、俺の思考がユメの水着姿へと変換されていく。

 一度そうなってしまうと、男子高校生の脳内はもう修復不可能だった。


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