第17話 一緒に推敲!
「…………」
幼馴染とはいえ、俺は歴とした男だ。あと三年もすれば成人する。そんな男と同じ部屋で、ユメは眠っている。
ちゃんと異性だと思ってくれているなら、そんな危険なこと、出来るわけが無いんだ。
母親が同じ屋根の下にいるからと、安心しているのかもしれない。あるいは俺が小さいときのままの幼馴染だと思っているのかもしれない。
ユメが子供のときのままだというなら……それもありえた。
でも――もうそれはないだろう。
ユメは……俺を男だと思っていないのかな。――無害だと、そう高をくくっているの?
心の中で、ユメにそう問いかける。彼女の真意がわからなかった。昔は考えていることが手に取るようにわかっていたのに。今じゃ、全然……。
ユメの柔らかそうな身体に触れたいと思ってしまった俺は、もう彼女を小さいときのままのユメだと思って接することができなかった。
ユメの元へ近づいていく。
小さな寝息が聞こえる。良く二人で川の字で昼寝をしていたことを思い出す。
さらさらの黒髪を乱れさせて長い睫毛を伏せる彼女に、そんな面影は微塵も感じない。薄桃色の瑞々しい唇に、つい視線が引き寄せられてしまう。
顔を近づけてみる。
荒れ一つ無い、つるつるの陶器のような肌をしていた。女の子らしく手入れには力を入れているのだろう。学校では少しばかり化粧をしているようだけど、このままでも十分可愛い。
まるでおとぎ話の眠り姫のようなユメをじっと見つめていると、だんだん妙な気持ちになってきた。
――――マズい。
身体の一部が膨張してきていることに気が付いて、俺は慌ててユメから離れた。
俺は小さく溜息をついた。隅に追いやられていた羽毛布団を取り上げる。
「……風邪、引いちゃうぞ」
起こさないようにゆっくりと布団をかけて、俺はデスクチェアに戻った。
ぐっすり眠るユメを見ていると、笑みが漏れた。ユメの寝顔は口角が微妙に上がっていて、少しだけ笑っているように見える。
その表情だけは、昔のユメのものとまったく同じで――それが、たまらなく可愛らしかった。
くるりと身体をデスクに向けると同時に、背後から何かが聞こえてきた。
「…………え? 何? 何時?」
「あ、起きたの? 今は、えっとね……」
モニターに表示される時刻を伝える。
「ああ~、それじゃあダメだね。全然ダメだ」
「…………ユメ?」
「……どこに売ってるの? 欲しい」
さっきから意味不明なことを呟くユメを、俺はポカンと見ていた。そして、つい吹き出す。
「え、何っ、それって寝言なの?」
途中まで自然に会話が成立していただけに、面白く感じた。
「すこぉぉぉぉぉ…………すぴぃー」
「はは、そのいびきまだ治ってないのか」
遠い昔、ユメとの数々の想い出たちが蘇る。そして、俺は口にした。
「…………そういえば、結婚の約束とかしてたけど、ユメってまだ覚えてるのかな」
机に突っ伏して、彼女の愛らしいすぴすぴ音を聞きながら瞼を閉じた。
「俺はね……覚えてるよ、ユメ。ずっと、忘れたことなんて無かったよ」
絶対に返事が返ってこないことがわかっているから、言えることだった。
「ユメ、俺……頑張るから」
* * *
「ユメ、出来たよ!」
ノックも忘れ、彼女の部屋に自信満々に訪れた俺は言い切った。
「本当!? すごい!」
「感想聞かせてよ」
「もちろん。任せて!」ユメは作業途中の手を止めて、席を立った。
執筆時間は約二週間。結構速筆なほうなんじゃないかと勝手に思う。小説という形で“らしい”執筆をしたのはコレが初めてだった。だけど、処女作としてはこれ以上無いくらい素晴らしい出来だと自負している。
ユメを連れて俺の部屋へ。自分のデスクチェアに彼女を座らせて、頭から読んでもらう。
少しずつマウスをスクロールしていくユメ。俺は、それをそわそわしながら待ち続ける。
真剣な表情でユメがモニターを凝視している。肩を震わせているのがわかった。
もしかして……感動してくれてる? そんなことを思った矢先――、
「……ぶふっ!」ユメが突然吹き出す。
「……ユメ?」
「……ふふ、あははははははっ!」
爆笑し始めたユメが、俺の服をちょいちょいと引っ張った。
「もうやだあ、お腹痛いよ! アオハル、ちょっとこれ、声に出して読んでみなよ」
「えっ? どゆこと」
主人公の登場シーンである。
「えっと……、――ダリルは自分の根城である、緑青色にくすんだ、ジャンクショップの二階の小さな窓から、煙草を吸いながら、時間と共に幾層にも重ねあっていく、その都度どす黒くなっていく、雨雲をぼんやりと見ていた」
言われたとおり朗読すると、ユメがまた吹き出し始めた。どうやらツボにはまったらしく勝手に苦しんでいる。
「くふっ、ダメ。もうお腹痛い。実際読んでみて、その文章ヘンだと思わなかった?」
「言われてみれば、確かに違和感を感じるな、日本語がおかしいっていうか」
「あ、因みに……違和感って感じるものじゃないんだよ。言葉の中にもう「感」って入ってるでしょ? だから言葉の意味が重複しちゃう。違和感はね、覚えるものなの」
「……じゃあ、この文章はどこら辺がヘンなんだろう?」
「一文が長すぎるかな。もっとシンプルで良いと思う。同じ文章のリズムが二回以上続いたりしてるから、リズムも良くないし」
ユメの優しい手解きを受けながら文章を修正していく。
「おお、なんかわかりやすい……かもしれない」
「他の文章もそうだけど、同じ意味が重複してる言葉とか描写も多いかな。本当に必要最低限以外の文章は削っちゃって良いと思うよ。それと、曖昧な表現が多いから描写に具体性が無くて、全体的に説得力が足りてない。……小説だからって、小難しく書こうとしてるでしょう。言葉を使い慣れていないな、っていう感じがして、逆に格好悪いかも」
「……は、はい……すいません」
まるで先生に怒られる生徒のよう。日本人として、国語はしっかり学んでおくべきだった。
「文章力が高いに越したことは無いと思うけど、アオハルは国語得意でもないんだし、邪魔にならない程度にすらすら読みやすい文章を書けば良いと思うよ。ヘンに難しく考えないこと」
「良い文章って……一体なんなんだ。哲学か」
「一般的な文法が守られている文章。頭の中に映像が浮かびやすい文章。人それぞれだと思うけど、わたしは早く次の一行を! って思わせてくれるような文章が、良い文章かなと思ってるよ。難しいことだと思うけどね」
にっと笑顔を作って、ユメは再びモニターにかじりついた。俺は読みかけだった小説を片手に彼女のことを待った。
因みに、読んでもらっている小説は、孤独を抱えた青年と一人の少女の出会いと別れを描いたロードムービー風冒険活劇だ。
ときおり本から目を離して、ユメの背中をぼうっと見つめていると、鼻を啜る音が聞こえた。
ベッドから身体を起こして、「どうしたの?」と訊ねながら彼女の横に立つと、瞳を濡らしたユメがじっと見つめてきた。
「……読み終わったよ」
「……ど、どうだった?」
「……面白かった。感動した」ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、口元を隠すユメ。
「マジで!?」
「最初はあまりにも文章が酷かったから、どうなるんだろうとか思ってたけど、面白かった。アオハル凄い! これきっとなれるよ。小説家になれるよ!」
「いやぁ、俺も初めてにしては良く書けたと思うんだ!」
「二人が愛しくて切ない。もうダメ、尊い……この先のこと考えるだけで涙出てきちゃう」
「うわ~、……そんなんめっちゃ嬉しいんだけど!」
実際ラストシーンは書いた自分でも涙ぐんでいたくらいだから、良いシーンなのだとは思う。だけど、実際こうして読者が目の前で涙を流してくれたことに俺は感動していた。
「良い物語だと思う……でも、修正したほうがいいところも山ほどあるよ。はいこれ」
俺が渡したノートには、ぎっしりと丁寧な文字が手書きされていた。それらはすべて俺の書いた物語に対する疑問だったり、誤字脱字の報告だった。つまりは改善点。
そのノートを一目見て、心の中がふわっと優しく包まれた気がした。
「凄い……こんなに、書いてくれたんだ」
「う、うん……こんなの見たら、アオハル嫌になっちゃうかもしれないけど」
「そんなわけない。ユメが俺のために書いてくれたんだから。ダメなところ全部教えて欲しい。……作品の質が上がるなら、どんな意見でも聞きたい。……面白い作品、作りたいから」
「ふふ、じゃあ一緒に推敲頑張ろうか」
それからは彼女が付きっきりで一緒に推敲をしてくれた。
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