第16話 創作者の悩み
「――だからですね、あたし……アオハルくんには本当に感謝してるんです。他人から見たらなんでもないことかもしれないんですけど、あたしにとっては……すっごく大きな一歩だったんです。感謝してもしきれないくらい。あたしの大好きなものを……守ってくれたので。だから、お母さまが思っている以上に、とっても良い子なんですよ、アオハルくんって。だから、あのときアオハルくんに出会えて良かったなって今でも思ってます」
長い話を終えたチアキが、白い歯を見せながらにししと笑った。
「……そんなこと今まで言ったことなかったくせに。心にも思ってないだろ、そんなこと」
「さてどうですかねぇ~女の子の気持ちって複雑ですからぁ」と猫かぶりを続けるチアキ。
すると話を聞いていた母さんが、そっとテーブル上のティッシュを手に取った。
「アオハル、チアキちゃん泣かせたら許さないからね。大事にしなさいよ、こんな良い娘」
「いや待てなんかおかしくないか、絶対誤解してるだろ」
「あはは。でもお母さま、あたしとアオハルくんはホント、そんなんじゃないんで」
母さんは涙を拭い終わると、ユメのほうをチラチラと見つめる。
「……?」ユメが、きょとんとした顔で応答する。
「…………アオハルも、罪な男ねぇ」
「だから違うって言ってんのに!」
* * *
「…………これ、本当に面白いんだろうか」
この間の休日で一気に書き進めたときは筆も乗っていたのに、今日の進捗はあまり良くなかった。俺はデスクチェアから立ち上がり、無意味に机の引き出しを開けたり、本棚を眺めマンガをぺらぺらとめくる。……完全に詰まっていた。
プロの小説家になるなら、きっとこういうときも己の力で乗り越えなくちゃいけない。だけど……誰かに相談してみるのもいいかもしれない。
部屋を出て、ユメの部屋の扉の前に立つ。
やっぱり緊張するな。少しは仲良くなったと言っても、それは日常会話が問題無くできるといったレベルであって、興奮状態に陥らないと創作の熱い会話なんて出来ない。
子供のときの俺は、ユメとどんな風に話をしていたっけ。
そんなことを思っていると、ガチャリ――と、扉が開いた。
「わわっ……!」
目の前に俺が居たことに驚いたらしいユメは、精一杯の作り笑いを向けてきた。
「あっ、ゴメンね。実はわたし……ちょっと……うっ……お、おトイレに……あぁっ、くっ……い、行きたくて」
良くわからないがユメは膝をぷるぷるさせたまま、苦行に耐えるような声を絞り出した。
「え、うん。どうぞ……」
「用事……あとでも大丈夫だよね。お部屋で……待ってて。そ、それで、あの……」
「いや、もういいから早く行っておいでよ」
「……う、うん」
ユメは瞼をぎゅっと瞑って、廊下をとたとたと駆けていった。
やがて、乱暴にトイレが閉まる音。
……我慢、してたのかな……? トイレなんてすぐそこなのに。
――まさか、そういう性癖なのか? という危ない思考パターンがやってきたところで、俺はユメの部屋にお邪魔する。
作業中であろうモニター画面に目が移る。見覚えのあるキャラクター。そう、俺が今執筆している作品のヒロインのイラスト。線が足され、色鮮やかに着色が施されていた。
白のワンピース姿の少女がこちらに向かって微笑んでいる。
俺の頭の中で生み出たキャラクターが、しっかりとこの世に誕生していた。
――ずっと、イラストを描いていたんだ。トイレも忘れてしまうくらい、熱中してたんだ。
「わっ……見られてた! …………えっと、ごめんね。その……い、色々と」
部屋内戻ってきたユメは顔を俯けてもじもじしながら、消え入りそうな声で言った。
「……イラスト、もう完成したんだね。やっぱりユメって凄いよ!」
「ふふ、ありがと。小さいときから、いっぱい描いてきたからね」
「そうだよね。それに引き替え俺は今までなんて無駄な時間過ごしてきたんだろう」
「何言ってるの。この前始めたばっかりなのに。夢なんて何歳から目指し始めたっていいんだよ。……才能は自分で磨くものだって、わたしは思ってるんだ。だから、アオハルもわたしと一緒に磨こうよ。まだまだお互い未熟者だから、二人の……夢のために……」
恥ずかしいのか、後半になるにつれが声が小さくなっていくユメ。
「そのためにはまず俺がデビューしないとね」
俺は照れ笑いを浮かべた。ユメも照れくさそうに笑ってくれた。
「そうだ。何か意見とかある? アオハルの物語のキャラクターだし、イメージと違うとか」
「ところがどっこい。イメージ通りっていうか……このイラストを見て、完全にこの子のイメージが完成した。つまりは最高ってこと」
「本当!? それは嬉しい!」
「ただ……そうだなあ。今後のユメの成長を見越して言わせてもらうと、ユメは小物とかのイラストをまだ書き慣れてないようにも見えるかな。ほら、ここのゴーグルとか、もうちょっと生活感出して汚したりすると良いかもしれない」
「ああーなるほど。確かに……汚れって雰囲気出るかも知れないね」
「ラノベのイラストを描くようになったら、剣とか機械とかの無機物を描く機会も増えるだろうから、練習しておくに越したことはないかも。何偉そうに言ってんだよって話だけど」
「あはは、確かに」
「そこは『そんなことないよっ』じゃないんだ!」
「それはマンガの読み過ぎ~」
と……ここで俺は本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。執筆が難航していることをユメに打ち明け、二人で俺の部屋へ向かった。
ユメと自作についての会話をしていて不思議に思ったのは、誰かに相談するという行為自体がこんなにも力をくれるのだということ。
ユメに「この場面でこの人はどういう風に考えているの?」とか「このシーンで一番重要な部分って何?」といった、ごく当たり前の質問を投げかけられることで、俺は再考し、状況の整理をすることができた。
あれほど悩んでいたことが嘘のように、道が開けた気がした。気が付けば、真っ白だった俺のノートはボールペンのインクでいっぱいになっていた。
俺たちは時間を忘れて語り合ってしまい、時刻はいつの間にか深夜零時を迎えていた。ノートにぎっしりと書かれた現状の問題点と睨めっこしながら、再びキーボードを叩き始める。
ふとユメはどうしているかなと思い、伸びをするついでに背後を振り返ると、彼女は俺のベッドで横になったまま寝息を立てていた。
生地の薄そうなパジャマ一枚の無防備すぎるその姿に、心臓がどくんと跳ね上がる。すぐに視線を反らしてしまったが、結局二度見してしまう。
ボタンの隙間から覗けてしまいそうな大きな膨らみ。腹部に至っては少しシャツがはだけていて、白い肌が見えていた。
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