第18話 イケメンサイドカーからの手紙


「出来たぁ……」


「お疲れさま!」


 隣に座っていたユメがぱちぱちと拍手をする。


「あ、そうだ!」彼女が席を立つ。


「ユメ……? どこ行くの」


「うふふふふ。秘密~」


「え、何それ」


「ちょっとだけ待っててね」


 数分後、ユメは二人分のケーキとジュース、山盛りのスナック菓子が乗ったお盆を持って部屋に戻ってきた。


「何これ、どうしたの?」


「にひひ~脱稿祝いだよっ!」


「もしかして……このケーキって、ユメが作ったの?」


「うん……そうなんだけど、ごめんね。あんまり上手にできなくて」


 ユメが作ってくれたのは小さなショートケーキだった。少しだけ不格好なクリームが手作り感満載で俺は嬉しくなった。


「何言ってんの! 凄いよマジで! ねえ、食べても良い?」


「やだ、聞かれるとなんか恥ずかしい……でも、うん。召し上がってください」


「いただきます!」


 ケーキにフォークを突き刺して口に運ぶ。口内に濃厚なクリームがふわりと広がって、一緒に甘酸っぱいいちごの果汁がじゅわりと弾けた。


「美味しいッ……!」


「本当!?」


「マジで美味い! 俺ショートケーキが一番好きだし」


「ふふ、一緒に誕生日ケーキ買いに行ったとき、お店に入るなりアオハルってば大きい声で『いちごのが良い!』って言ってたよね」


「あ、またそういうこと覚えてる!」


「だって……可愛かったもん」


「か、かわっ……て――」


 急に照れてしまって、正面のユメを直視できなくなる。ユメも、後からはっと気が付いた表情に変わって、慌てながら口を開いた。


「そ、そういえば……ペンネームとかってもう考えてるの?」


「あ、ああ……一応」


「ええ、どんなのどんなの?」


 瞳をきらきらさせながら、ユメが顔を近づけてくる。

 流麗な黒髪が彼女の肩からパサリと落ちて、その毛先がフォークを握る俺の拳に接触する。


「……あっ、ゴメンね」そう謝りつつ、ユメは自分の髪をひょいと持ち上げた。


 ユメが引っ越してきて、もう三ヶ月が経っていた。ユメとの間にあったぎこちなさはすっかり無くなり、家族のように接することができるようになっている。お互い創作に関することになると熱くなってしまうし、学校では少し他人行儀なのも変わらないのだけど。


 それでも、ユメと昔のような関係に戻りつつあることに俺は喜びを感じていた。……思春期の男女になってしまったことによる障害があるのは昔と違う点だけど。


「ペンネームは……春夢青叶(はるゆめあおと)にしようと思ってる」


「……由来は?」


「えっと……まあ俺の名前と…………その、ユメの名前を……入れてみたんだけど」


 正直に告白するのがここまで恥ずかしいことだったなんて! これじゃあ君のことが好きだよと言っているようなものじゃないか! ――耳とか赤くなっちゃってるかも知れない!


「わ、わあ……こ、これは……光栄だなあ!」


「ちょっと、何その棒読み! 光栄感全然感じないんだけど!」


「光栄感は感じないの! 覚えるものって言ったよ! 忘れちゃったのアオハル!」


「光栄感を覚えるってなんだ! そんな言葉そもそも無いし口語くらい別に良いじゃん!」


「うっ……そ、それもそうだね」


「……ペンネーム……嫌だったら、言ってくれて良いから。変えるよ」


「ううん……そんなことない。嬉しいよ……その、ビックリしたから」


「それは光栄だなあ!」


「仕返ししないでっ! いじわる!」


 それから俺たちは軽く談笑しつつ、ユメが作ってくれたケーキを食べた。

 彼女が俺の為に作ってくれたケーキはとても甘くて、優しい味がした。


 * * *


 俺たちは、小説投稿サイトへの準備をそれぞれ始めた。宣伝用のSNSアカウントを作り、『うぇぶ物語』への作品投稿を開始すると同時に、ユメが描いてくれたヒロインのイラストを使って、宣伝ツイートを流した。宣伝ツイートは五十を超える人々に拡散され、小説自体のアクセス数は初日で八〇〇を越えた。


 同時期に公開していた他作品と比較しても、俺の作品は多くの人たちに見てもらっていると思ったし、実際嬉しかった。でも読者からの感想は付かなかったし、ブックマークの数もようやく二桁というところで、それらは俺の予想していたものよりもかなり低めの結果となった。


「アオハルアオハル、これ見て」


「ん?」


 ユメが手渡してきたスマホの画面を確認すると、それは誰かからのメールだった。


 ――WanWan様

 突然のメールで失礼致します。

『うぇぶ物語』で公開された小説のイラストを拝見させていただき、ご連絡させて頂いた次第です。可憐でありながらも美麗なWanWan様のイラストは、“美しさ”と“可愛い”を併せ持った大変素晴らしいもので、可憐な少女の笑顔に心を奪われてしまいました。


 しかもそれだけではなく、キャラクターにストーリー性を感じますし、一言で言ってしまうとあなたの才能に惚れ込んでおります。


 ここからは本題ですが、このたび私は最新作のウェブ小説を連載する予定です。その際は是非WanWan様にイメージイラストを描いていただきたいと思っているのですが、お仕事をお願いすることはできますでしょうか? 予算は、五十~百万円までとさせていただきます。


 依頼を受けても良い、もしくは悩んでいるという話であれば、是非とも一度お打ち合わせをさせて頂きたく思います。


 是非ともWanWan様と一緒に一つの作品を作り上げていきたいと考えております。ご興味がありましたら、ご連絡いただけると幸いです。何卒宜しく申し上げます。


                       ――イケメンサイドカー



 メッセージを読み終えた俺に、ユメが不安そうな表情を向けてくる。


「なんか、予算が凄いんだけど……」


 そんじょそこらの一般市民がフリーのイラストレーターに支払える報酬ではないはずだ。ではただスパムメール? それとも新手の援助交際?


 いや、それより――メールに記載されている名前……“イケメンサイドカー”。


「あっ、こいつ……少し前に『うぇぶ物語』の日刊ランキングでトップだったヤツだ」


「イタズラかな? 無視しても大丈夫?」


「……いや、本気で言ってるかもしれない。ランキング上位者だし、たぶん出版社から本を出してると思うよ。前も言ったけど、ランキング上位を取れるような人には出版社が書籍化の打診依頼をしたりするんだ。だから、歴としたプロの小説家だよ。この人は」


 すぐに『イケメンサイドカー』で検索をかける。複数の出版社で現在三シリーズ、累計で九冊の本が出版されていた。


「これなら、この依頼料も嘘じゃない可能性は高い。印税入ってるだろうし」


「……でも、なんか怖いかも」


「一回、打ち合わせするくらいは良いかもしれない」


「…………」


 このメールが、俺にとって面白くないものであることは理解していた。でも、だけど――、それ以上に俺は興奮していた。ユメのイラストが他者に評価されたことが単純に嬉しかった。一人のファンとして、彼女がイラスト業界の中で羽ばたいていくのを見たかった。


「やれって言ってるわけじゃないよ。今後のことも考えて、顔合わせくらいはしておいても良いんじゃないかなって思うだけだよ。ほら、業界話とか色々聞けるかも知れないし」


「……そうかなあ」ぽつりと呟きながら、ユメはうーんと顎に手を当てた。


「それに…………いや、いいや。一度、話だけでも聞いてみたら?」


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