第14話 宮前千秋


 母さんの勧めでチアキはウチで夕飯を食べていくことになった。「うわあ、ウチに美少女が二人も! 興奮するわ!」などと意味不明なことを言っていたのが無視した。


 食事中、チアキは終始笑顔だった。学校だと掴み所の無い性格というか、全体的にテキトーであまり常識的な感じはしないのだけど、他人を前にするとかなり人当たりが良かった。こういうのを社交性というのだろうか。大人との会話の仕方を心得ているというか。チアキの違う一面を見た気がした。


「チアキちゃんは、いつからウチのアオハルと仲良くなったの? この子、女の子の友達がいるなんてこと一言も言ってくれなかったから」唐揚げを摘まみながら母さんが訊ねる。


「えー! アオハルくんってばあたしのこと何も言ってくれてないんですかー!? 男女の垣根を越えた超絶大親友だというのに!」


 わざとらしく騒ぎ立てるチアキ。じろっとこちらを睨み付けてくる。


「……別に良いだろ。あんまり学校の話とかするの好きじゃないんだよ」


「じゃあ、恥ずかしがり屋なアオハルくんに変わってあたしが言っちゃおうかなぁ。アオハルくんと初めて出会ったのはですね、中学二年生のとき初めて同じクラスになったときで――」


 チアキが遠い目をしながら、語り始めた。

 ――今からもう四年前になる。


 中学一年のクリスマスイブの日、俺がユメに対して酷いことをしたのは当然クラス全体に広がっていて、俺はみんなの敵になった。


 ユメが転校してしまった後も、それは続いた。そこまで酷くは無かったけどイジメられたりもしたし、友達だと思っていたやつも簡単に俺を見捨てた。


 俺は、それを当然のことのように受け止めることにした。ユメを傷付けてしまったのは事実で、ましてや他人にとって俺はただの酷い奴だったからだ。


 二年生になると、新しいクラスメイトの間で俺の悪行が噂されることはほとんど無かった。現場に居合わせたメンバーが新しいクラスに少なかったこともあるだろう。


 一年生のとき、俺はかなり活発なキャラだった。

 だけど、そんなものはすぐに一変した。俺は、他人の瞳の中に映ることが怖くなってしまった。長い前髪で視界を遮り、何より人と会話をするのが嫌いになった。

 当然友達と呼べるような奴は一人も居なかった。


 クラスで当時流行っていた萌え系のアニメやラノベを語っていた連中がときたま俺の席にやって来て、難解な一般文芸や古典作品ばかり読んでいた意識高い系オタの俺を小馬鹿にした。カチンとくることも多かったが、俺は必死に耐えた。


 気にしないふりをしていても、これ以上状況が悪くなるのは嫌だったから。

 そんなとき、俺と同じように教室の端っこでマンガを熱心に読む女子が居た。三つ編みに眼鏡なんて今時萌えアニメにも居なさそうな容姿の女の子、宮前千秋だった。


 俺は彼女のことが気になった。同種の仲間を作っていないという点で、俺と一緒だったからかもしれない。そうやって観察を続けていると、表情や仕草を見ていればなんとなくチアキが何をしたいのか、どんなことを考えているのかが俺にはわかるようになっていった。


 彼女は、俺と違ってクラスメイトたちの輪の中に入りたそうにしていた。

 一生懸命クラスの女子に声をかけようとしていたのだ。それも、中二にして髪の毛を脱色しているような頭の弱そうな女連中に。


 そしてチアキはそいつらとの接触に成功し、トントン拍子に成り上がっていき、数週間後には髪型を変え、数ヶ月後には眼鏡も辞めた。

 だけど……それも長くは続かなかったみたいだ。


「……ねーねー、これ見てみて。妹が面白いからって渡してきたんだけど、目ん玉超でっかいの。こういうのめっちゃキモくね?」


「うっわーきっしょ!」「あーわかるー」


「なになにー?」


 壁に寄りかかりながら一冊のコミックスをパラ読みしていた女の元に、チアキが向かう。


「これこれ、少女マンガ。ま、ウチも子供のときは見てたりもしたけどね~、今思うとめっちゃあり得なくね? チアキもそう思うっしょ? つかここ見てよここ! なんでここで告白すんだよありえねー! 古くせー!」


 ぎゃははははと高笑いをするボス女。その隣で、僅かに肩をしゅんとさせるチアキ。


「…………あー、あたしは……このマンガ……好き、なんだけど」


「…………え?」三人の女子が、一斉に声を合わせる。


 信じられないといった表情で目配せしあって、半笑いの視線がチアキに注がれる。

 しばらくの沈黙……。やがて、チアキは笑った。


「なーんて……えへへ。うっそー!」


「ウチ等の価値観すれ違っちゃったかと思っちゃったじゃーん! すれ違い通信的な~!」


「やだーヨーコおもしろーい」謎の比喩に大爆笑する女子連中。

 その中で、チアキが引きつった笑みを浮かべながら、声を漏らす。


「……あたしもこんなマンガ――」


「嘘なんて付く必要ないだろ」


 気が付くと、俺は勢い良く席を立っていた。


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