第12話 ラノベのお色気描写ってすごくない?
月曜日の放課後、俺の襟足の毛が何者かによって引き抜かれた。
「痛っ!」
負傷箇所をさすりながら振り向くと、チアキがむすっとした表情で仁王立ちしていた。
「ふぁっきゅーあいらーびゅー」
「お前、なんでいっつも俺の髪の毛を抜くんだよ! ハゲたらどうすんだ!」
「だいじょぶっしょ。いっぱいあるし、ロン毛だし。減らしてあげてんだよーだ」
チアキは明らかに怒っている。先週の土日はゲームにログインするどころか、スマホのメッセージにさえ反応しなかったせいだろう。
「悪かったってば。色々忙しかったんだって」
言っていて、なんだか彼女のご機嫌取りをしてる彼氏みたいだなと思った。
「約束……してたのに。アプデ後は一緒に回ろうねって……あたし、楽しみだったのに」
「今度、お前が欲しがってたあの武器……ドロップするまでずっと付き合うからさ」
「それ……いつ?」
「え……そうだな、もうちょっとしたら」
「じゃあ今週の金曜からね。そうだなあ……久しぶりにスカイプ繋げてやろやろ!」
楽しそうに笑いながら、チアキが今週末の予定を語った。でも……、
「ああ、ちょっとごめん。しばらくは……俺、ゲームしないつもりだから」
少しだけ心が痛んだが、もうネトゲなんてやっていられない。それに費やす時間があるなら、執筆に回したい。チアキには悪いが、夢を叶えるためには犠牲にしなければならない。
「えっ……」
俺の言葉を聞いたチアキが、目を見開いたまま俺を見つめてきた。
「アオハルが……そんなこと言うなんて――」
なんだか消え入りそうな声だった。
「ちょっとやることができてさ。アプデ後のケモケモもそりゃ気になってるんだけど」
「そうだよ。アオハル、凄い楽しみにしてたのに。ストーリーだって、今が佳境で……」
「……チアキ?」
チアキにとって俺はゲームの相棒だ。レベル1のころからずっと一緒に冒険をしてきた、言うなれば戦友。だからしばらく俺がゲームをプレイしないことがショックなんだろう。
だけど、それにしたって彼女の気の落ちようはわかりやすいものだった。
「……今日、これから暇?」しゅんと落ち込んだ様子のチアキが言った。
「は? なんで突然」
「あたし、バド部今日休みなの。ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど」
「いや…………今日はすぐに帰らないとダメなんだ。他のヤツ誘えよ」
チラリと視界の隅でユメが友達と別れている姿が見えた。そして、あろうことかこのタイミングでユメはこちらに視線を向けてきた。
俺は、瞬時に目を反らす。その一部始終を見ていたチアキが、眉を寄せる。
「…………何?」
「え、いや……別に? とにかく、今日は予定があるから。ごめんチアキ、また明日」
「あっ……ちょっと! アオハルってば!」
鞄を肩に掲げて、彼女から逃げるように教室を走り去った。
* * *
――チアキ、なんの用事だったんだろう。
帰路についている最中で思う。もしかしたら人間関係で悩んでいたのかも。だとしたら、相談に乗るべきだった。それなのに、俺は自分の都合で彼女を見捨ててしまった。
『ホントゴメン。今度何か奢るから』という謝罪メッセージを一通送る。
ふとユメとのクリスマスイブのことを思い出してしまう。
彼女の部屋であのイラストを見た日から、俺とユメの関係は一気に進展した。お互いに色々と語り合ったときは本当に楽しかったし、忘れられない時間だ。
そのせいで、一時的に忘れてしまっていた。
俺は――過去に彼女を傷付けているんだということを。
うやむやになんてしたくない。心の底から悪かったと思っているから、真面目に、誠心誠意謝罪したいんだ。
ユメがこっちにいる一年間の間に、絶対に謝ろうと改めて心に誓った。
* * *
いつも立ち寄る本屋が目に入ると、気が付けば足はそこへ向かっていた。
自動ドアを抜け、新書の良い匂いで充満する店内を満喫しながら、ライトノベル、ライト文芸売り場の棚へと向かった。
平積みされている作品群をざっと確認する。有名レーベルから出ている人気作の続刊、アニメ化常連作家の新シリーズ。ウェブ作品の書籍化作品など、色とりどりの物語が揃っている。
この本屋はどの書籍にもビニールがされていないので、立ち読みをすることができる。流石に長居するのはどうかと思うけど、挿絵のチェックや文頭を読むくらいなら構わないだろう。
テキトーに何冊か拝借し、ぱらぱらとめくっていく。モノクロのイラストで目が止まる。
可愛らしい少女が、あられも無い姿で喘いでいる最中のシーンだった。露出された乳房には、なんと乳輪が微妙に描写されていた。もちろん肝心な部分は絶妙に隠されているが。
近年のラノベのお色気描写はちょっとやり過ぎなのではないか。これじゃ青年マンガと言われても仕方無い。……まあでも、最近は少年誌もそう違わないか。『ToLOVEる ダークネス』とか『ドメスティックな彼女』とか。……ていうか、いつの世も同じか。世代じゃ無いけど『BASTARD!!』とか『電影少女』も凄いもんな。どれも素晴らしいんですけどね。
そんなことを思いながら、改めてヒロインをチェックする。ウチのユメ先生の描くキャラクターだって負けてない。
俺は文庫本に顔を近づける。クンカクンカ。んーマンダム。
――うん。やっぱりここのレーベルの紙の匂いが俺は一番好きだな。
「……あれ? アオ……ハル……?」
隣の声に反応して俺はゆっくりと顔を上げた。そこには、文庫本を手にしたユメがいた。
心臓が跳ねる。俺の内緒の趣味、その瞬間を――ユメに目撃されていたということである!
「こ、これは……違うんだっ」
いきなり弁解から入る俺。書店の文庫本をスーハースーハーしてるなんて、変態以外の何者でもない。ああ、マジで最悪だ、時間戻したい。
「ち、違うの……?」
戸惑った表情のまま、ユメが俺の手元に目線をやる。「……あっ」とアホな声を上げる俺。
開いているページが、またマズかった。
紙面の全裸女子の横の文章には、『あぁぁんん! タクヤぁ……気持ちぃぃぃよぉぉ!』という謎の台詞がフォントサイズ大で印刷されている。
瞬時に文庫本を閉じる俺。
しかしもう遅い。彼女にガッツリと見られていた。裸の女性イラストに顔を近づけてクンカクンカしていた俺という変態の姿をな。……控えめに言って死にたい。
「…………立ち読み、してたの……かな?」
小さな声で、俺の様子を窺いながら訊ねてくるユメ。なんて良い子なんだ……。チアキだったらきっとこうはいかない。
「あ、ああ……このレーベルの…………その、好きだから」
匂いって言いそうになって焦る。ああ、もう辞めようかなあ! 本の匂い嗅ぐ趣味辞めようかなぁ! いや早急に辞めろよそんなこと喜んでやってるのお前だけだよアオハル!
「そ、そっちは……?」
外だからか、家の中みたいに『ユメ』と名前で呼べなくなっていた。
「あっ、わたしも一緒。ラノベの担当するかもしれないから、表紙と挿絵のチェックを」
「勉強熱心だね」
「うん。人気のイラストレーターになりたいし」
ユメは控えめに笑いながら、チラチラと俺が手にする文庫本に目をやっている。
「それで……その、さっきは本に顔を埋めて……一体何を……?」
「さて、家に帰ろうか」
「えっ、ちょ、ちょっと……ァ、アオハルっ!」
背後のユメの声は、後半掻き消えていた。俺は早足で書店を逃げ出した。
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