第11話 デビューするには?
翌日の土曜日、直近で応募できそうな新人賞の募集要項をチェックしてから、ユメと二人で応募する賞を決めた。
そして、さっそくプロットの作成を始めることにした。いざ小説を書くときに物語の筋道がわからなくなったり、辻褄が合わなくなったりするのを避けるために作られる簡易な設計図みたいなものだ。実際に作ったことは無かったけれど、ネットで調べてみるとやり方は人それぞれらしい。頭の中で膨らむ妄想を、テキストに落とし込んでいく。
「プロットできた?」
デスクチェアでキーボードを叩く俺の背後で、ユメが質問してくる。昨日は深夜のテンションでアドレナリンが過剰分泌していたこともあって大分ハイな感じなっていたが、翌朝は(昼だったが)俺もユメも大分落ち着いていた。
「……大体、こんな感じのやつなんだけど……その、見てもらっても良いかな」
デスクチェアを引きながら、ベッドの上にちょこんと座っているユメに、モニターいっぱいに開かれたテキストファイルを見せる。スクロールしていくと、あらすじや細かなエピソードの流れ、主要な登場キャラクターたちの設定資料が用意されていた。
「ど、どう……?」
ドキドキしながらユメの返答を待つ。こんな風に頭の中を見られたのは初めてだった。それも、一昨日再開したばかりの幼馴染に見てもらうだなんて。本当に不思議な縁だ。
「うん……うんうん。面白そう! 実際に本文読んでみたいなって思うよ」
「ホント!? それは嬉しいな」
「凄い早かったね。一日で作っちゃったの?」
「まあ、構想自体は昔からあったしね。頭の中のぐちゃぐちゃをテキストに纏めただけだよ」
ふふんと得意げに眼鏡を持ち上げる。ユメは嬉しそうにくすくすと笑った。
それからユメはもう一度プロットのキャラクター資料をじっくりと見て、それから部屋を出て行った。もう少しだけ居てくれるかと思っていたので、少しだけ残念だった。
とは言いつつ、執筆は基本的に孤独との戦いだと言う。俺はBGMを流しながら、小説を書くための基本的なルールをネットでおさらいした。
文頭の描き始め、段落を一字下げること。三点リーダーやダッシュを使用するときは必ず偶数個にすること。感嘆符や疑問符を使った場合、その後一文字開ける――などである。
かつて小説を書いていたときには全然意識していなかったけど、俺の部屋に置いてある小説のすべてがこのルールを守っていた。マンガ家が当然の様にコマの中に絵を描くみたいなものか。デビューしてから編集さんに聞いてみても良いかもしれない。
思えば、ウェブで活動していた頃は小説を書いているという意識すらなかった。本当に、ただ思いついた言葉を綴っていただけだった。
だけど、今は――違う。俺は、これから商業出版されることを想定した小説を書くんだ。
新しい世界を生み出す。自分だけしか知らない世界を――作るんだ。
キーボードに指を乗せる。いざ、執筆――――!
出だしはすこぶる順調で、時刻は午前の零時を越えていた。プロットの流れ通りに進めているけれど、実際書いてみると大分印象が変わる。それは、俺が新たな物語に触れるときにとても似ていて、つい笑みがこぼれる。
もしかするとこの作品が受賞して本になって、全国の書店に並ぶかも知れないのだ。
処女作でデビューか……悪くないな。そうしたら、あとがきにはなんて書こう。ああそうだ。ユメとのことは絶対に書こう。疎遠になっていた幼馴染と同居することになって、憧れの世界で活躍する幼馴染に焚きつけられて、ここまで来ました的な格好いいことを……。クゥッ――何そのめっちゃ燃える展開。もうそれだけで物語になりそうじゃん。ああ、有名になれたら作家インタビューとかも受けてみたいな……作家同士の対談とか凄く憧れるよね。多分俺喋り下手だから上手く出来ないと思うけど、やっぱり夢だよね。
有頂天で筆を進めていると、ノックの音が響いた。
「ユメだけど、入ってもいい?」
自分のことを「ユメ」と言っているのを聞くと、昔を思い出す。いつでも俺の後についてきた小さな彼女を。
「どうしたの? こんな遅くに」
「にひひ~、実は見せたい物があってね」
ユメは、背中に隠していた液晶タブレットをじゃーんと見せつけてくる。そこには、白いワンピースを着たブルーの瞳の白髪少女が居た。未だラフの段階ではあるけれど、元々一つひとつの作業が丁寧なのだろう。かなり繊細に描かれていた。
「まさか……これ――」
「うん。アオハルの今書いてる小説に出て来るヒロインのサンゴちゃん。プロットに載ってたキャラの設定と、ストーリーの流れから描いてみたの。イメージ……違うかもしれないけど」
「凄い! 可愛い! そうか、サンゴってこんな感じだったのか! ……っていうか凄い感動した! 自分のキャラクターがイラストになるってこんな感じなんだ! ……うわぁ~…………なんか泣きそうになってきちゃった」
「ふふ、それは言い過ぎだよ」
「いや、全然言いすぎじゃない! ユメはそれだけ凄いことをしてるんだよ!」
「いやいや、物語を考えつく人のほうが凄いよ。わたしそういうの全然ダメだから」
「まだ十ページしか書けてないけどね」
「もうそんなに書けてるんだ! 見たいみたい!」
「えっ、そんなのダメに決まってるじゃん! 書き終わって推敲した後に読んでもらうよ」
「楽しみだなあ。わたし、アオハルの作品の読者第一号になるのかなあ」
「そうだね。なんでも意見言ってくれて構わないから! それにしてもサンゴのイラスト見たせいか、執筆意欲が沸騰してる!」
もう一度彼女の腕の中にあるイラストの少女と目を合わせる。
俺が想像していたよりもずっと華奢で、儚いイメージだった。そのおかげか、俺の頭の中のサンゴ像がさらに進化する。彼女なら、きっとこんなことを言うだろう。好きな物や、嫌いな物――各キャラクターとの掛け合いも次々に浮かび上がってくる。
「ユメが描いてくれたおかげか、サンゴの新しい一面が見えた気がする!」
「ホント!? 描いてよかった~!」
「…………待って。この作品、新人賞じゃなくて『うぇぶ物語』に投稿してみようか」
「えっ、でも昨日は……」
俺が昨日話した内容を気にしているのか、ユメが口ごもる。
「何もああいう作品だけがウェブ小説ってわけじゃない。中には一般文芸っぽい小説だってあるんだ。でも、そういうのは埋もれてしまってるんだよ。流行に乗った作品ばかり目立ってしまうから、本当に面白い作品たちは日の目を浴びることができないことが多い。……でも、そこでユメのイラストだ」
ぴしっとサンゴを指差す。びくっとユメが身体を竦める。
「ウェブ小説は本文と一緒に画像の掲載もできる。だから、俺の作品にユメのイラストを合わせて投稿しよう。そしたら、本来なら埋もれてしまうかもしれない作品でも目立てるかも知れない。いや――ユメのイラストの魅力は俺が一番良くわかってる。今の状態で本屋に並んでいてもおかしくないくらいなんだ。それでアクセス数を稼いでランキングに乗れば――」
「ネットからデビューができるってこと?」
「そう。今の時代新人賞受賞のプロ作家より、ネット小説から拾われた素人の小説のほうが人気を博しやすい。それで上手くいくならそれに越したことはないよ。新人賞からのデビューだとイラスト担当をユメにできるかわからないし。でも、これならできる可能性が高い」
「わあ~、なんかそれ面白そう! やろうよそれ!」
「うん! 盛り上がってきた!」
「もう深夜なのに、こんなにうるさくしてたらアオハルママに怒られちゃうよ」
「そうじゃなくても大体ネトゲしてるとうるさいから、俺」
言いながら、そういえば二日間もケモケモをプレイしてないことに気が付いた。ふとスマホの画面をチェックして見ると、チアキからのメッセージがたくさん届いていた。
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