第10話 小説家になるための道


 自室から使い慣れたデスクチェアを持って、ユメは俺の隣に腰を下ろした。二人で白く光るモニターを覗き込む。そこには、小説家としてデビューするための方法が記載されていた。


 小説家になるためのデビューの道は、大きく分けて三つあるらしい。


 一つ目は、新人賞を受賞し、応募作品を改稿後にデビューする方法。

 二つ目が、受賞は逃すも編集者の拾い上げによりデビューする方法。

 三つ目が、ウェブ小説で人気を博し、出版社から書籍化の打診を受けてデビューする方法。


 一般的に小説では、マンガのような持ち込みというのは受け付けていない。数百ページもある活字原稿を持ってこられて、「さあ読んで下さい」と言われても、確かに困るだろうな。


 この中で、得に最近目立っているのは三つ目。ウェブ小説からデビューするという方法だ。


「別に小説だけに限ったことじゃないんだけど、最近は素人が書いたウェブ上の人気作を出版社が本にするっていう流れも一般的になりつつあるみたいだね」


「イラストもそうかも。『ぴくもっぷ』でアップしたイラストがランキング上位に入ると、企業からお仕事の依頼とか来るみたいだし」


「何処も一緒ってことか」


「小説もそういうサイトがあるの?」


「あるよ」俺はゲーミング用キーボードを叩く。そういえば、今日はケモケモ14にインしていない。とても久しぶりな気がする。休み明けにチアキに怒られるかも知れない。


 エンターキーを叩くと、とあるサイトが開かれた。俺は自分のマイページにログインしっぱなしだったことに気が付き、すぐさまログアウトする。


「『うぇぶ物語』って小説投稿サイト。多分ここが一番大きくて人気のサイトかな。『ぴくもっぷ』とかと同じで、ここでたくさんの読者を獲得して、書籍化するって人もいるみたい」


「へー、世の中にはプロの人がたくさんいるのに、素人さんの作品を本にするなんて不思議」


「いや、逆なんだよ」


「逆?」ユメが首を傾げる。


「新人賞を受賞してデビューした作家の作品って、実際に手にとって読んでみるまでそれが本当に面白いかどうかなんてわからないじゃない。出版社側から見ても、どれくらいの売り上げを見込めるかなんて売ってみなきゃわからない。こういったネットの人気小説って、人気の度合いを数値化しているんだ。で、それがイコール注目度に繋がってるから、ある程度売り上げの予測もできるし、プロ作家の作品よりも安定して売れるんだって。ま、それにしたって最近は増えすぎて飽和状態にあるとは思うけど」


 俺はランキングページへと飛び、日刊ランキングの一位を確認した。


『世界最強のチートスキル、俺TUEEEEを相殺できる俺TUEEEE異世界冒険譚!』


 著者名には“イケメンサイドカー”と書かれていた。


「イ、イケメン……サイドカー? なあに、このヘンな名前。作者なのかな」


「ハンドルネームみたいな名前多いからね、ウェブ小説家の人って。まあ、らしいというか」


 ウェブ小説は、タイトルだけでどんな物語なのかがわかるように工夫されている。日毎に増え続ける作品群に埋もれて読んでもらえないからだ。それは、とても重要なことだと思ってる。


「ランキング一位だと、やっぱり面白いのかな」


 どうやら気になっているらしく、ユメがモニターを覗き込もうとしている。顔が近づいてきて、ドキッとする。


「……どうだろうね」


「え、どうして……?」


「最近のウェブ小説って、とにかく主人公に都合良く物事が進んでいく傾向が強いんだ。読んでくれる読者に何かストレスを与えると、すぐに読んでもらえなくなっちゃうから。だから、昔から言われているような、“友情、努力、勝利”みたいなものは薄めかもしれない。とにかく読者を気持ちよくさせるための物語というか……もちろん、全部の作品がそうだと言ってるわけじゃないけどね」


 俺は慌てて補足する。「ユメがどういう感想を持つかはわからないけど」


 どうにも今のこのウェブ小説の一時的なブームを、俺は面白いとは思えなかった。

「現代の日本に求められてるのは、気軽に読める軽い物語なのかもしれない。ほら、小説って基本文章の羅列だし、読書家じゃない人からしたら気軽に読めないものじゃん。だから主人公の葛藤も苦悩もないストレスフリーな世界が人気出るのも良くわかるし、時間の無い現代人が辿り着いた新たな娯楽の形だとも思うから、そういった物語を求める層がしっかり居るんだっていうことは理解してるんだけどね」


 隣で黙って聞いているユメの様子を見てみる。彼女はまっすぐ俺を見たまま、「アオハルは書きたいと思った物語を書けば良いと思うよ」と笑った。


「ブームとか気にしないで、アオハルが面白いと思ったものを書けば良いよ。それが本当に面白ければ、流行とか関係無いというか、寧ろ流行の原点になれるって思うから! わたしね、アオハルにはそれができると思ってる。だって――」ユメは椅子から立ち上がって、


「アオハルの考える物語って、すっごく面白いから!」


 ユメの嘘偽り無い言葉が、俺の胸にすっと入り込んでくる。


「もちろん。そうするつもりだよ」デスクチェアから立ち上がり、


「何が売れるか、何が評価されるかなんて、俺にはわからないけど……俺がするべきことは、ただただ面白い物語を書くこと。それだけなんだ!」


 途端に身体中の体温が上昇してきた。興奮するといつもこうだ。


「うんうん、でも、今日は驚いちゃった。なんかアオハル凄く詳しいし、もしかして本当はずっと小説家になりたかったんじゃないの~?」


「まさか。ユメに言われなかったら、なろうだなんて思わなかったよ」


「にひひ~、もしそうなら、わたしは嬉しいけど」


 ユメは、懐かしい笑い方で瞳を細めた。


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