第9話 面白い物語をつくるには


 俺たちが視聴したアニメは、今期クール放送中の癒やし系日常アニメだった。視聴者ターゲットは主に仕事に疲れて帰ってきた二十代~三十代男性がメイン層で、可愛い女の子がたくさん出てくる(寧ろ男は出てこない)、少しばかりあざとい作品だった。


 三十分間の放送が終了し、時間が午前二時に近づいた頃。横目のユメを一瞥すると、やはり思っていたような表情をしていた。


「これ……面白いの?」眉を寄せながら、困惑気味に訊ねてくるユメ。


 ストーリーは平々凡々。物語の起伏も特に無く、ただただ可愛らしい女の子キャラが楽しくお喋りしているだけの作品。


「言うと思った。でも、こういうアニメは面白いとかじゃなんだよ。“可愛いがすべて”なんだ。世の中の疲れた男たちを癒やしてくれる重要な存在なんだよ。だから、現代には絶対に必要なジャンルなんだと思う」


 日夜理不尽な上司や残業たちと戦うオタクサラリーマンたちに変わって代弁する。


「アオハルも、こういう物語が書きたいってこと?」


「それは違うかな。もちろん俺も一視聴者としてこういうアニメは大好きだけど、俺が書きたいのは、その場限りの安らぎや満足感を得るよりも、心の奥にいつまでも残って消えないような、刺激や感動を重視した物語だから」


「なんか意識高いこと言ってる……」


「こういう萌えアニメ作品のキャラクター造形って、実際にその世界に生まれ育って、そこに生きている『人間』としては描かれていない気がするんだ。あくまでも記号化したキャラクターというか。そこまで踏み込んでないから、物語に深みが生まれない。あ、別に作品批判をしてるわけじゃないよ。俺だって萌えアニメ大好きだし。頭空っぽにしてただただ可愛い世界に浸かりたいときは、どんな作品よりも脳に染みるし。でも、こういうのは小説でやっても面白くはならないって個人的には思うんだよね」


「なるほど~、そういう考えは確かに必要かも。じゃあ、アオハルが書きたい物語ってどんなのになるの……?」


 その言葉を聞いて、俺は一考する。


「……ユメは、一番面白い物語ってどういうものだと思う?」


「ええ、そんなこと急に言われても……なんだろう。でも、キャラは凄く大事だと思う。特に……キャラクターたち同士の掛け合い! それが男女だっていうなら尚更!」


 やたらと食いつくユメ。まさか……。


「もしかしてカプ厨……?」


「ぎゃ、バレた! でもわたしは男女しか受け付けないから! “エドウィン”は尊い……」


 初めて見たけど、反応がもう完全に女オタのそれだった。彼女はハガレンが置いてある本棚に向かって拝み始めた。


「へえ……なんか意外」


「え、どしてどして?」


「い、いや……なんでもない」


「……?」


 成長したユメは、クラスの女子みたいに年相応に恋バナが好きなのだろうか。あまりユメとそういった性を連想させるようなことがらが、俺の中で結びつかなかった。


 こほんと咳払いをして、話を戻す。


「……キャラクターはもちろん必要不可欠な要素だと思う。でも、ここで議論したいのは、千差万別であるはずの“面白さの基準”これをどうしたら証明することができるのか、っていう点なんだ。だから、俺はこう考えた。……当人同士でしか伝わらない“身内ネタ”みたいな面白さがその物語のキャラクターたちを通して伝わる作品って凄い面白いと思わない? 俺、死ぬほど笑ったことって、過去に身内ネタくらいしかないし」


「ほあ~、確かに。それは面白いかも」


「作中に登場するキャラクターを、“こいつは俺の身内だ”と思えるくらいに作り込めれば、ジャンルを問わずどんな物語でも面白くなるかなって思うんだよね。例えば、もし物語の中に自分の知り合いが出てきたら凄く気になるし、感情移入するだろうし応援したくなるでしょ? きっとページをめくる手だって止まらないだろうし、先が気になって仕方無いと思う。……まあ実際作るってなると難しいだろうから、ただ言ってみてるだけなんだけどさ」


 ユメを見てみると、ふむーと俺の話を真剣に聞いてくれていた。


「……なんか凄いね。わたしもアニメやマンガは大好きだけど、そういう風に考えたことってなかったから、なんか新鮮。物語を作る人にはそういう風に見えてるんだ」


「そんな素直に感心されると……えっと恥ずかしい。これだけ大口叩いて出来た作品がカスみたいなのだと目も当てられないから、もう言うの辞めようかな……」


 顔の表面が少しずつ熱を持ってくる。赤面してるところを見られるのって苦手。


「そんなことないよ! どんどん言って! なんか聞いてるの楽しいし! アオハルの物語に対する姿勢みたいの、もっと聞いてみたい!」


 ユメは見えないマイクをこちらに向けてくる。そのとき、俺の顎に彼女の指が少しだけ触れる。白くてさらさらした指先だった。


 俺は近年のエンターテインメント作品を独断と偏見でプレゼンした。


「――ふ~ん……なるほどぉ。今までこんなに物語について人とお喋りしたことってなかったから、なんか凄い楽しい!」


「ね、実は俺もそう。凄く楽しい」


「なんだか嬉しいな。こうしてまた、アオハルとお話できて」


「…………お、俺も」


 なんだか突然恥ずかしくなって、熱く語ってしまったことを後悔する。


「ねね、もっと聞かせてよ! 次はね、小説! どうやったらデビューできるのかとか! これからアオハルがどうしていくのかとか、そういうこと」


 時刻はもう午前三時を越えていた。明日は休み。まだまだ、夜はこれからだ。


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