第7話 十七歳になった俺たちの新たな夢


「小説家! アオハル、小説家になりなよ!」


「どうしてそうなった!?」


 話の筋道が見えてこなかった。しかし対面のユメはにこにこと愛らしい笑みを浮かべている。転校生としてやってきたときは相当変わってしまったと思っていたが、こういう脈絡が無いところは変わってない……気がする。


「小説家なら一人で書けるじゃん! それに、きっと会社員やりながらとかでもできるんじゃないかな。マンガ家よりは現実的だよ!」


「……それは、そうかもしれないけど」


「ていうかアオハル、中学のときノートに小説っぽいの書いてなかったっけ?」


「ちょっ……なんでそんなことまで覚えてんだ!」


「『DEATH NOTE』の二次創作みたいなやつ」


「ごめんもうお願いだからやめて! 俺の黒歴史を掘り返さないでくれ!」


 急激に顔が熱くなってくる。あれは相当恥ずかしいやつである。話の展開とかトリックとかモロパクりだったし。


「まあネットでなら小説書いてたことはあるけど――」


「やっぱり! やってたんじゃん!」


「……でも、大きな問題点があるんだよ」


「何?」


「俺、国語の成績が『1』なんだ」


 なんか言ってて自分で恥ずかしいんですけど。


「……だから?」


「大問題だろ。小説家が国語の成績悪いとか、そんなの聞いたことないよ」


「絵が上手じゃないマンガ家の人だってたくさんいるよ? 小説家にとっての文章力って、マンガ家にとってのデッサン力ってだけだと思うんだけどな。だから下手でも面白ければわたしは良いと思う。必要なのは強い想いとか、そういう精神的なものじゃないかな。それに――」


 ユメは胸の上に置いていた手のひらを開いて、五本指を立てる。


「わたし、国語の成績『5』なので、勉強なら教えてあげられる」


「……漢字ロクに書けないんだぞ」


「小説家だからって難しい言葉や漢字を使えば良いってものじゃないと思うし。読みやすい文体の書き方さえマスターしちゃえば、後はある程度パソコンに任せられるんじゃないかな。平気だよ、勉強すればどうにでもなるよ。それにほら、受験勉強にもなって一石二鳥だ!」


「そんな無茶苦茶な……」


 確かに可能かも知れない。ユメの言う通り、マンガ家よりは現実的な夢だ。だけど、急に目指せと言われたって……俺は……。


 ふとユメの顔を見上げると彼女と目が合った。綺麗な唇が、ゆっくりと動く。


「アオハルの夢はさ……なんだった?」


「…………俺の、夢?」


「うん。マンガ家? 小説家? 絵本作家? 脚本家? ……きっと、どれも違うんだと思う。たぶんアオハルはね――」



「物語を、つくる人になりたいんだよ」



 その一言が。


 俺の何かを突き動かそうとしている。身体を巡る血液が、急に沸騰したように熱くなった。頭の中が空っぽになって、その後すぐにたくさんの情報が生み出されていく。


 ユメにとっては何気ない一言だったのかもしれない。

 だけど、俺にとってはとても力強い言葉だった。


「叶えたい夢への道筋がたくさんあるのなら、きっと小さなリスクで挑戦できる夢が現実的だよ。アオハルの言いたいことは良くわかるよ。失敗したときのこと、考えたら怖いもんね。それだけで夢を叶えようなんて気力なくなっちゃう。だけど、大学に通いながら、就職しながらでも目指せる小説家なら……アオハルは物語をつくる人になれると思う」


「…………」


 言葉が出なかった。何か反論をしたかった。そんなの無理だよと、言いたくなった。だけど、


「そうかも……しれない」


 対面のユメをしっかり見つめる。


「……俺、どれもやってみたい。正直に言うと、俺の考えた物語が世に出せて、たくさんの人に読んでもらえるなら、どれだって構わない。小説家デビューしてから、マンガ原作だって手がけられるかもしれない。オリジナルアニメの脚本だってできるかもしれない」


 ユメと目が合う。彼女はどこかニヤニヤしていた。


「それにね、聞いて聞いてアオハル」


「……何?」


「わたしがイラストを描いて、アオハルが物語を書く」


 頭の中に一瞬浮かんだものが、明確になっていく。それは、一つの作品の形。

「二人で一緒にライトノベルとか出せたら楽しそうじゃない?」


「えっ、マジで?」


「……昔、二人でマンガ家になろうって約束したの、覚えてる? マンガは難しいかもしれないけど、一枚絵なら少しは描けるし。文章も多少はサポートできると思う」


「待って待って。ユメが俺の書いた物語にイラストを描いてくれるの!?」


 とても興奮していたせいか、ユメのことを名前で呼んでいた。


「もちろん! それでわたしたちの作品が本屋さんに並んだりしたら、凄くない?」


「何ソレそんなんめっちゃ買うわ! ああ、なんかまた身体熱くなってきた」


 席を立ち上がり、おもむろに部屋中を歩き回る俺。まったくもって落ち着かない。


「実はね、ラノベの仕事依頼一回だけ来たことあるんだよ。そのときは断っちゃったけど」


「なん、だと……!」


「わたしたちの作品がもしヒット作になって、将来的にアニメ化! ってなったらいいなあ……っていう妄想を勝手に描いてしまいました!」


「アニメ化とか夢すぎる! でもユメのイラストはアニメ映えしそうだね」


「やだ照れるっ」とユメは両頬を押さえた。


 今までの気まずさが嘘のように、俺たちは興奮しながら語り合っていた。


「やろうよ。それやろうよ!」


「さっきまで全然乗り気じゃなかったのに……この入れ替わりよう! アオハルめ!」


「なんだよそれ、あんなちっこいゴキブリにヘンな悲鳴あげてたくせに!」


「うわああぁ~、それは忘れてぇ!」


 夢を追いかけることもせず早々に諦めてしまう人間というのが、俺はいると思う。その人たちはとても保守的な人間で、常に失敗したときのことを考えてしまうんだ。


 だけど、そんな人たちでも――誰かの些細な一言で変われることがあるかもしれない。


 何故なら、俺はユメの一言で変われたから。

 二足のわらじ、保険をかけるなんて、と言われてしまうかもしれない。それ一本を本気で目指している人たちに後ろ指を指されるかもしれない。


 でも、それは悪いことじゃないんだ。より現実的に夢を追うための手段に過ぎないんだから。


 俺がライトノベルの本文を書いて、ユメがそのイラストを担当する。そしてそれがヒット作になって俺たちの作品がアニメ化すること。


 たった一度の人生だ。限られた時間を、やりたいことに使うべきだ。

 ――二人が大人になったら、一緒にマンガ家になってマンガ家夫婦になろうね!

 あのときの約束とは少しだけ違うけれど。


 それが、十七歳になった俺たちの新たな夢となった。




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