第十話 首都観光
花毬屋は基本毎日営業、千鈴ちゃんの気分次第で数日前に突然休みが決まることがある。
そして今日はその降って沸いた定休日。
千鈴ちゃんは朝から買い出しでどこかへ出て行ってしまった。退屈そうにしていたリュカに西の国の話を聞こうと持ち掛けると「それなら図書館だ!」と言われ、東の国で一番大きな図書館へ行くことになった。
「朧車ってまるでタクシーのように使われるんだね」
「貴族とか偉いあやかしは自分たちの移動船とか色々持ってるんだけどな。オレたちは朧車しか遠出するものがないからなー。頼りっきりだぜ」
図書館へ向かう朧車の中でくつろぎながらなんて事の無い話をする。
リュカと二人でどこかへ出かけるのは初めてで少しわくわくするなあ。
「あ!そういや"ひんやりあかりセット"すげー人気だぞ!」
「本当にその名前にしたんだ…」
ひんやりあかりセットとは、クリームあんみつをベースにバニラアイスと抹茶アイスをふたつ盛り、生クリームの上に金平糖やカラフルなおいりを使って可愛く飾った花毬屋の新作スイーツだ。
ころんとした二つの白玉も、小春ちゃんリクエストのあんこも入っていて今の時期は新茶とのセットになっている。
全部美味しいものだから不味いわけがない。
名前だけが最後まで決まらず、花毬屋のみんなであーだこーだ言いながら結局この名前に決まったらしい。
「おっ、そろそろ首都だ~」
スライド式の窓を開けて見下ろすリュカ。ふわりと風が入り込んで気持ちいい。
隣に行って窓から外を覗くと、ビルのような縦長の建物が密集している。東京みたいだと反射的に思ったがモチーフはやっぱり和で少し不思議な感じ。
そして目を引くのが白一色の造りで雲まで届いているんじゃないかというほど高い建物。
どうやって作ったんだろうか。
「あの真っ白のでかい建物に
「水銀龍?それもあやかしなの?」
「時雨様は三妖を纏める東の国の代表みたいなあやかしだな!あやかしを仕切って動いてるのが三妖だとすると時雨様は内で東の国を支えてるって言うといいのかな。三妖と会議したり外の国とのやり取りをしたり…放浪癖もあるらしくて滅多に出会えないんだ」
へえ、校長先生と担任の先生たちみたいな関係なのかな。と思いつつ上からこの国を見下ろすとよく地形が分かる。
この東の国はまずざっくりと四つの領土に別れる。東の国の真ん中に小さいがとても栄えている首都がある、この国の顔だ。そこを中心として三つに領土が別れそれらの土地を三妖が取り仕切っている。
それぞれの土地に入るには国内旅行のようにどこでも好きな時に遊びに行けるが、東の国を出て他の国へとなると通行証などいろいろ必要になるのだそう。
「あ、ついた?」
カタンと朧車が停まり、図書館に着いたのだと分かる。話してたらあっという間だったな。
外に出ると目の前には大きなどっしりとした図書館への扉。洋風の建物だが暗くおちついた雰囲気を醸し出しているせいなのか街並みに馴染んでいる。
中に入ると本の香りが私を満たす。紙の香りって落ち着くよね。
「こっちこっち」
朝早いからか図書館の中にあやかしは数人ちらほら居るだけだったけれど、静かな空間を邪魔しないようにひそひそ声でリュカが案内をしてくれる。
案内されたのは隠世コーナーと書かれた本棚。そこにはそれぞれの国の特徴を書いた書籍、旅の仕方の本まである。
その中からリュカは『ひとつめ旅~西の国へ~』という本を手に取った。表紙は西の国の風景を背に一つ目のあやかしが写っている写真。そこに写っている建物はまるでヨーロッパそのもの。
「この
「どれどれ」
近くの椅子に座って本を捲る。
内容は現世にもあるような旅の本とほぼ同じだ、何がおいしいだとか有名な場所やお土産だとか写真と一言で綺麗に可愛く纏めてある。見ているだけで旅行に行きたくなる本だ。
「西の国はなんとなくヨーロッパとかあちら方面っていう事が分かったけれど、あやかしはどんな感じ?」
「西の国は今一人のあやかしが支配してるんだ」
東の国で言う時雨様ってあやかしみたいじゃなくて?と聞くと、そうなんだけど違っててと言葉に悩んでいる。言い表しにくいのかな。
「西の国は三妖みたいなものが居ないんだ。だからその一人の…いや、とある一族で本当に国全体を支配してるってことだな」
「一族?ちなみにそのあやかしってどんな?」
「吸血鬼だよ」
とびきり有名な名前が出た。日本でも吸血鬼は広く知られていて、かっこいい印象もついている。
なるほど、吸血鬼もあやかしに入るんだ。
「少し前までは人魚も居て二人で国を納めてたんだけどな。誘拐事件があってからは人魚は消えて吸血鬼がずっと政権を握ってるんだ」
「私その人魚たちに会わなくちゃいけないんだけど、会える可能性ってある?」
「ここ何十年目撃情報とかないから難しいかもなあ…」
言い辛そうに視線をさ迷わせるリュカ。
人魚ってことは海に住むあやかしだし、海なんて広すぎる。その中で探すとなるとやっぱり骨が折れる。いじめられてる亀を探したほうが早いかもしれない。
とにかく西の国で直接聞き込みをするしかないかな。
カウンターで一目入道の本を借りて図書館を出る。まだお昼前、せっかく首都に来たからとリュカが観光案内をしてくれることに。広く大きな道をリュカについて歩く。
「あかり、そういえば翡翠のお守り旭様に預けたんだって?」
「ああ、うん。お守りの力を一度失ってるけど、思い入れの強いものだからもう一度活かしてくれるって」
「妓楼でなんか危ない目にあったんだろ?あの日まさか夕霧様の所に行ってるなんて思いもしなかったし、その上帰ってこないし!めちゃくちゃ心配したんだからなー!」
「ごめんごめん、ちょっと驚かされただけだよ!」
あの日旭様に翡翠を渡した後、花毬屋まで送ってもらいしっかりと千鈴ちゃんのお説教を受けた。私を心配して怒ってくれていたのだけれど、雷が落ちるとはああいう事かと身をもって体験した。
その後、まず質屋に行き現世の紙幣を隠世の紙幣へと変えてもらった。そのお金で沢山買い物をし、おかげで私たちは今二人仲良く両手が紙袋で塞がっている。
首都は地方の物や他の国の物、そして現世の物まで色々売っていて財布の紐が緩んでしまう。誘惑が多い。
「うわあ凄い集まってる、人気店なのかな?」
歩いているとひとつの店を囲うようにあやかしが大勢集まっているのを見て自然と足が向く。少し空いた隙間から二人顔を覗かせる。
そこには飴を自由自在に操って色々な形にしている割烹着を着たお婆さんが居た。火で炙り飴を溶かして別の色の飴をくっつけて形にしていく。思わず目が釘付けになってしまう、なんて凄い。
出来上がったうさぎの飴を一番前に居た小さな子に手渡して次のリクエストは?ときょろきょろ野次馬を見渡す。その時ぱちりとお婆さんと目が合った。
途端。にこやかだったお婆さんが表情を変え、近くに置いてあった塩を鷲掴みして私に向かって撒いた。
周りのあやかし達は何事かと私を見る。
「あんたに売るもんはなんもないよ!帰ってくれ!」
その言葉にスッと頭が冷えた。そうだ、まだこの隠世では私は危険人物として見られているということを何故忘れていたの。何を浮かれていたの私は。
旭様やおじいちゃん、千鈴ちゃんやリュカたちが当たり前のように接してくれるから感覚が鈍っていた。もっと自覚しないと駄目だ。
頭や着物にかかった塩を手で払い落す。水でなくてよかった、借りた本が濡れたら危なかった。
周りを見ると私とリュカの周りからあやかしは一歩退き、今度は私が見世物になっている。なんだか来た当初を思い出す光景だ。
「素敵な飴細工だなと思ったんです。騒がせてすいません。行こう、リュカ」
「えっ、で、でもあんなの酷いじゃねーか!」
「いいからいいから」
文句を言うリュカの手を引いて足早にその場を離れる。
泣きたいだとか恥ずかしいとかそういう感情はなく、ただ申し訳ない。怖がらせてしまった。あの場の雰囲気を私が壊した。それが情けない。
適当にしばらく歩いた時、突然リュカが立ち止まる。手を繋いでいたものだから自然と私も足を止めてどうしたのかと見る。
「あかり、気にすんなよ!ほらさっきまで普通に買い物もできてただろ?だから平気だって、一部のあやかしがあかりの肩書きだけ聞いてあんな…!」
「ねえリュカ、ひんやりあかりセットの次にしょっぱいあかりセットとかどう?塩ってスイーツと合うと思うよ?現世でも人気でたからね」
「オレ慰めてるんだけど!?」
優しいリュカだ。でも気を使わせたくなくてついはぐらかしてしまった。
久しぶりの定休日なのにリュカにも悪いことをしてしまったな。
「あ。あのお店美味しそうなの売ってるよ。買って帰る?」
「…わかったよ、あかりがそうならオレも合わせる。買って帰ろうぜ、あれ好物だからなっ」
また二人で歩き出し、会話をして笑う。
わざと調子を合わせてくれるリュカはどこまでも優しい。だけど、その優しさに甘えすぎないようにしなければ。
やっぱり私はこの隠世では異端だ。
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