044 三回目の狼人遊戯です。


 暗闇に漂っていた俺の意識は、一筋の光に導かれる。

 手を伸ばして、温かい光を放つ球体に触れると、俺は自分の体を取り戻す。

 ハっとして目を開くと、そこには諏訪がいた。


 俺は、三回目のループをしたのだと、すぐに気付いた。

 そして、ここは四週目の世界。

 俺はそっと諏訪の胸から右手を離す。

 前回を踏襲とうしゅうすれば、四回揉むのが正解。

 だが、それはやめだ。


 いつしか諏訪の胸を揉むのが、自分へのご褒美になっていたと気付いた。

 失敗をしてループすれば、また諏訪の胸を揉める。

 そう思っていては、成功するものも成功しなくなる。

 俺は諏訪の胸を揉むためにループしているのではなく、世界を救うためにループしているのだ。

 目的を違えてはならない。


「……上野ちゃん、ごめんね」


 諏訪が申し訳なさそうに謝る。

 本来なら、このループで作戦は成功。ゾンビの情報をゲットしていた。

 そうなっていないのは、諏訪のわがままで作戦を失敗させたからだ。

 そのことを諏訪は謝っている。


「そのことは、もう謝ってくれただろ。気にするな。

 別陣営になった時点で、作戦は失敗していた。

 それを小細工で無理やりに、作戦成功させようとした。

 最初から、無理があったんだ。

 今回、頑張れば良い」


「ありがとう、上野ちゃん」


 沈んでいた諏訪に笑顔が戻る。

 やはり諏訪は笑顔が一番だ。


「それより体に変化はないか?

 三回もループをしているし、どこかに負担が掛かってるかもしれない。

 痛いところはないか?」


「うーん、とくには。……あっ?」


 諏訪は自分の体を確認して、何かに気付く。


「どこか痛むのか?」

「うん、……肩が」

「それは、おそらく違う」


 諏訪の肩の痛みはループではなく、別の要因なのは明らか。


「よし、じゃあ。俺が肩を揉んでやる」


 俺はそう言って、うしろに回り諏訪の肩を揉み始めた。

 諏訪はくすぐったいと、笑いながらも気持ちよさそうにしている。

 次回のループからは、肩を揉んでねぎらってやろうと思ったところで、扉の方から三人の叫び声があがる。


 俺は心の中で、よしっと気合を入れる。

 これが三回目の狼人遊戯。今回で作戦を成功させる。


 そして前回と同様に話を進め、神狼を呼び出し、狼人遊戯が始まった。


『……まずは配役。

 我が順に伝える。

 終わるまで静かに待て』


 和風の部屋に変わったところで、神狼が告げた。

 自分の役が何になるのか、この瞬間が一番ドキドキする。

 おそらくバタフライ効果で、今回も役が変わるはず。

 人陣営が三人、狼陣営が二人。

 人陣営の方が人数が多いので、諏訪と同じ陣営になる可能性が高い。

 できれば、人陣営になって欲しい。


 俺がそう思っていると神狼の声が頭に響く。


『……この声は、お前にのみ聞こえている。

 まずは、お前の名を聞く。

 声に出さないで心の中でとなえよ』


『俺の名前は、上野悠真うえのゆうま


『……上野悠真。

 お前の配役を伝える。

 お前の役は占師。占師だ』


 人陣営になれたことに、ほっとした。

 これで諏訪と同じ陣営になれた可能性が、少しだけ高くなった。


『……全員に役を伝え終えた。

 では一日目、昼の番、始め』


 配役は今までと同じ。

 人二、占師一、狼一、賢人一。の計五名。


 占師は夜に一人を選んで、狼か人かを判別できる能力がある。

 しかし、その能力を使うには、一日目の処刑と、夜の噛みを生き残る必要がある。

 もし占師COをすれば、処刑は免れるが、夜に噛まられる可能性が高くなる。

 できれば、潜伏して一日目をやり過ごしたい。


 俺は全員の様子を伺う。

 そして一人、明らかに落ち着かない人物を発見する。


「結城、どうした? トイレにでも行きたいのか?」

「え? 別に。ど、どうしてそんなこと聞くの?」

「なんだか、落ち着かない様子だったから」

「そ、そう。こういうゲームはじめてだから、勝手が分からなくて」


 結城は不安げな瞳を向ける。

 前回の時と結城の様子は似ている。前回、結城は賢人だった。

 今回も賢人の可能性がある。


「簡単だよ。まずは狼っぽい人を探し出す。

 それで自分が人陣営なら、狼の処刑を目指す。

 自分が賢人なら狼を陰ながら助ける。

 自分が狼なら、なるべく人のフリをする。これだけだ」


「……上野は狼?」

「いや、俺は人だ」

「そうなんだ」


 結城は明らかに残念そうな顔をする。

 これは、賢人で間違いないだろう。


「上野の今の発言、ちょっと怪しいな」


 大仲が俺に疑いの目を向ける。


「どこが怪しいんだ?」


「今、狼陣営へのアドバイスをしたでしょ?

 それって言う必要ある?」


「アドバイスってほどでもないだろ?

 超基本的なことだ」


「ふざけないで! これは遊びじゃないの!

 負けた方は魂を取られる。命がけなのよ」


 大仲は激昂する。

 大仲達には、ループを教えていないので当然の反応だ。

 ループを知っている俺は、命がけのゲームだという認識が薄くなっていた。

 そして大仲のこの反応は演技ではない。

 狼陣営に、少しでも有益な情報を与えたことを本気で怒っている。

 つまり、大仲は人陣営だということだ。


「……悪かったよ。次は気をつける」


 俺は素直に謝る。

 人陣営っぽい大仲とは、なるべく友好関係を結んでおきたい。


「私も、ちょっときつく言い過ぎた。

 でも、上野が狼っぽく見えるのは変わらないから」


「このまま俺が狼だと思われて、処刑されるのはまずい。

 だから、先に俺は占師だって言っておく」


 俺の占師COに全員がざわつく。


「占師なら、誰か一人の正体を知ってるんだよね? それを教えて」


 大仲が鎌を掛けてくる。

 もし偽者の占師ならば、慌てて適当な嘘をつくだろう。

 しかし占師は二日目にならないと、その能力を使えない。

 だから、大仲の質問には『知らない』と答えるのが正解。

 俺は手で待ったを掛けて、周りに呼びかける。


「その前に、俺の他に占師はいないのか?

 もし我こそが本物の占師だという者がいるのなら今、出てきてくれ。

 後から出てきても、狼か賢人が騙っていると思われるぞ」


「……はい」


 結城は力なく手を上げた。


「おっ、結城が占師か。

 ……実は、さっきのは嘘だ。俺は占師じゃない。ただの人だ」


 俺は占師COをすぐさま取り下げた。

 そこに結城が驚いた表情で訊いていくる。


「え? 上野が占師じゃないの?」

「今言ったとおり、俺はただの人だ。結城が占師なんだろ?」

「う、……うん、そう、だよ」


 俺は占師だ。しかしすぐに占師COを取りやめた。

 なぜそんなことをしたのか、それには理由がある。

 傍からみれば俺の行動は、かなり怪しい。

 潜伏していた占師をあぶりだして、狼側に利することをしたと見える。

 つまり賢人っぽい振る舞いだ。

 狼に俺を賢人だと思わせれば、噛み殺される可能性が下がり、結果的に生き残る可能性が高まる。

 それが狙いだ。


「それじゃあ、結城さん。

 結城さんは、誰の正体を知っているの?」


 大仲が改めて質問をする。


「ええーと。……上野が人」


 結城が俺を人だと宣言してしまい。見事に大仲の罠に引っかかってしまう。

 正解は『知らない』だ。

 誰かの正体を口にすることは、自分が偽者だと宣言しているのと同じ。

 その瞬間、なんともいえない雰囲気が漂う。

 結城だけが気付いておらず、あれ変なこといっちゃったかなと不安そうな顔をしている。


 見兼みかねた大仲が代表して、口を開く。


「結城さんは偽者、狼陣営だったのね?」

「なんで、わか……。違う。私はうら、占人うらじんだから!」


 結城は大慌てだ。

 そして占師と賢人を融合させた新しい役職、占人うらじんを爆誕させた。


「占人って。もしかして賢人と混じっちゃった?」

「…………」


 大仲に図星を突かれて、絶句する結城。

 結城のことを可哀相に思ったのか、大仲は優しい口調で種明かしをする。


「なんで分かったのって顔してるわね?

 結城さん以外、みんな分かってると思うけど、一応。

 占師はに一人を選らんで、その正体を知ることが出来る。

 そしてまだゲームが始まって、夜は訪れていない。

 スタートは昼の番だったから。

 結城さんが本物の占師だったら、まだ誰の正体も知らないはず。

 それなのに上野を人だと言ってしまった。

 つまり、結城さんは偽者なのよ」


「あは、やっぱり私に嘘は無理だ。

 そう私は賢人。狼陣営の一人だから、処刑しなさい」


 結城はいさぎよく言いきる。

 嘘を付くことを諦めた結城は、清々しい笑顔をしている。

 こうしてあっさりと、一日目の投票先が決定した。


『……全員の投票が終わったな。

 投票結果。結城紗瑠が四票。上野悠真が一票。

 よって、昼の番の処刑者は、結城紗瑠。

 結城紗瑠、言い残すことはあるか?』


「誰が狼かは分からないけど、ごめんなさい。

 私、こういう頭を使うの苦手なんだよね、あはは。

 じゃ、みんな頑張ってね」


『……これにて昼の番は終わり。夜の番に移る』


 神狼の一言で、世界は一瞬で暗闇に変わった。

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