043 世界を救うことよりも、大切なことです。


「いや、すまん。ちょっと良いことを思いついたからさ」

「……良いこと?」

「ああ、結城にとっては悪いことかもしれんが……」

「は? どういうことよ?」


「ちょっと役を確認する。

 俺が狼、結城が賢人。そして諏訪が人。

 俺と結城が、諏訪に投票を合わせれば、狼陣営の勝利だ。

 普通にゲームをするなら、それが正解だろう。

 しかし、このゲームで負けた方は、生贄になって死ぬ。

 俺は愛する人が死ぬのに、自分だけが生き残ることが許せない。

 どうしても好きな人には生き残って欲しいんだ」


「それは諏訪さん、よね?」


 結城は嫌そうな顔で確認してくる。


「ああ、そうだ。

 俺は諏訪に死んで欲しくない。

 だから、俺は狼陣営の勝利を放棄して、人陣営に勝利をゆずる!

 もうゲームなんてどうでも良い!」


 俺は、そう高らかに宣言して、チラッと空中に視線を向ける。

 神狼が追加の褒美を与えると言い出すのを待つ。

 しかし、いつまでたっても神狼は何も言わない。


「おい、狼様! 聞いてるか? おーい!」


 ごうやした俺は、神狼に呼びかける。

 それを見た二人は、何をしてるの? と驚いていた。


『……なにか我に用か?』


「ああ、俺は狼陣営なのに、ゲーム外の事情を持ち込んで、相手側に勝ちをゆずると言っているんだ。

 何か思うところでも、あるんじゃないか?

 ゲームを壊しちゃうんだぞ?

 そういうの嫌だろ?」


『……勝ちをゆずるのは自由だ。好きにしろ。

 では、遊戯を続けよ』


「あれ?」


 神狼のしょっぱい返答に、俺は肩透かしを食らう。


 ……おかしい。神狼はゲームを壊されることが嫌いなはず。

 それなのに、俺の誘い乗ってこなかった。

 なぜだ? 前回と何が違う?


 俺は前回と今回の違いを考える。

 前回、俺が負け確定したところで、勝ちを相手にゆずらせた。

 今回、俺が勝ち確定したところで、勝ちを相手にゆずった。


 似ているが、微妙に違う。

 前回は、相手から無理やり勝利をゆずらせた。

 だが、今回は無理やり勝利をゆずるわけではない。

 俺の自由意志だ。決定権は俺に存在する。


 前回と同じにするためには、諏訪が狼陣営から無理やり勝利をゆずらせるしかない。

 だが、現状それは難しい。

 結城が狼陣営だし、ゲーム後の話を持ち出すことも出来ない。

 どうやら、今回も諏訪と一緒に生き残ることは出来ないようだ。


 俺がガックリと肩を落としたところで結城が口を開く。


「ねえ上野? 今のなんだったの?」

「……ゲームをぶち壊せば、狼様が何か譲歩してくれるかなーと思ったんだが、失敗した」

「譲歩? 具体的にはどんな?」

「負け陣営の一人を救って欲しい、ってな」

「それって……」


 結城が何かを考える。

 もう今回の作戦失敗は確定した。

 あとは、この世界の俺と結城のフォローにてっした方が良いだろう。

 ループが世界を複製していた場合、この世界の俺とループした俺は別々の存在になる。

 俺がクズ人間のままだと、結城と生き残った後、非常に気まずい。

 多少、クズ度を下げておいた方が良い。


「もし人陣営に勝ちをゆずって、結城を助けられるなら、犠牲は俺一人で済む。

 俺にはこのゲームを始めた責任がある。

 その責任を取るチャンスを得ようと思ったが、失敗した。

 すまん結城。

 人陣営の三人を助けることは出来ないみたいだ」


「え? そんなこと思ってたの?

 じゃあ、諏訪さんが好きだって話は?」


「もちろん嘘だ。

 あらかじめ口裏を合わせて、ゲームを台無しにしてやろうと画策していた。

 狼野郎に一泡吹かせることができたら、何か譲歩を引き出せるかもと思ってな」


「そう、なんだ……」


 結城はほっとして、表情を和らげた。

 勇者の兄である俺が外道ではないことが分かって、嬉しかったのだろう。

 これで一応のフォローも完了した。

 とっととこのゲームを終わらせて、次のゲームを始めよう。


 そう思った次の瞬間、神狼の笑い声が響く。


『……はっはっは。

 外道が綺麗事を吐くとは、なんとも滑稽な。

 本心では、その様なこと思ってもいなかろう』


 まさかの乱入に俺は少し驚く。

 神狼は俺が外道だと思っている。

 そんな俺が自己犠牲という聖人のような言動をとったことが気に触ったのだろう。

 これはチャンスだ。

 もしかしたら何かしらの譲歩を引き出せるかもしれない。


「俺は誰の犠牲も出したくないと思ってるし。

 もし犠牲が出てしまうのなら、俺が犠牲になると決めていた。

 これは俺の本心だ」


『……戯言ざれごとを。

 己の勝利を確信したから、綺麗事を吐いているに過ぎん。

 己が負けそうになれば、醜く命乞いをするに決まっておる』


「いや、俺はそんなことはしない。

 いさぎく死を受け入れ、生き残った人の幸せを静かに祈るのみ。

 俺は狼陣営。俺が勝てば人陣営の三人が犠牲になる。

 だから、本当は人陣営に勝ちをゆずりたい。

 だけど、結城が狼陣営にいる。

 ゾンビを倒せるのは結城だけだから、ゆずりたくても出来ない。

 もしゆずることができるのなら、俺一人の犠牲で済むのに……。

 とても残念だ」


『……まだ戯言を続けるか。

 ならば、勝利した陣営は、敗北した陣営から一人を選び、贄を免れさせることが出来る。

 と条件を加えたら、お前はどうする?』


 神狼はまんまと俺の話術にはまり、望んでいた提案をようやく口にした。


「そんなの決まってる。

 俺は勝ちをゆずり、人陣営には結城を指名してもらう。

 そうすれば、俺一人の犠牲で済む。

 俺はみんなのために、喜んで犠牲になる!」


『……ほう、外道がよくぬけぬけと言ってみせた。

 その言葉が嘘か真か。確かめるのも、また一興。

 ならば、先ほどあげた条件を加える。

 外道の化けの皮がいつ剥がれるのか、楽しみにしているぞ』


 そう捨て台詞を吐いて、神狼は会話を終了させた。

 神狼としては、綺麗事を吐いていた俺が、直前で命ほしさに勝ちをゆずることをやめると踏んでいる。

 望みどおりの外道を演じても良いが、どうにもしゃくさわる。

 ギリギリまで騙す感じで行こう。その方が神狼も楽しめるだろう。


「……というわけだ。二人も聞いてたよな?

 勝利陣営は負けた陣営から一人を助けることが出来る。という条件がプラスされた。

 これで俺は心置きなく勝ちをゆずれる」


「おに、上野。それ本気なの?」


 結城が不安げな瞳を向ける。


「ああ、本気だ。

 俺一人が犠牲になれば、ゾンビの情報をゲットできる。

 犠牲者の数は少ない方が良い。

 情報さえあれば、結城がゾンビ事件を解決してくれる。

 そうだよな?」


「うん、そうだけど……」


「これでゾンビ事件は解決できる。

 だけど、次の魔物事件が発生したら、俺は助けてられない。すまんな」


「謝らないでよ。

 私がもっと……。もっと強ければ、こんなゲームをする必要もなかった。

 私にゾンビを全て倒せる力あれば……。

 おに、お兄ちゃんが死ぬ必要もなかった」


「……お兄ちゃんか。

 それを言えば、勇者の兄である俺になんの力も無い方が悪いだろ。

 俺にお前と一緒に戦える力があれば、結果は変わっていたかもしれない」


「お兄ちゃん? 二人は親戚か何かなのん?」


 諏訪が首をかしげている。


「実は、俺は結城の兄なんだ。

 といっても血の繋がりはまったくない。

 結城は勇者の生まれ変わり、そして俺はその勇者の兄だったらしいんだ。

 大仲に奇跡を起こさせたのは、俺の力の一部みたいなもんだ」


「私、お兄ちゃんに死んで欲しくない。

 もっとずっと一緒にいたい!

 このまま狼陣営で勝っちゃダメなの?」


「わがままを言うな。

 お前は勇者なんだろ?

 犠牲を少なくし、より多くの人間を助けるのが勇者の役目。

 それを勝手な私情で曲げるのは、良くないことだ」


「でも……」


「ありがとう。

 紗瑠が俺のことを大切に思ってくれて、嬉しいよ。

 でも、これはもう決めたこと。

 勇者の兄として、少しは俺にも役に立ちたいんだ」


「そう、分かった。

 わがまま言ってごめんね。

 ゆ、悠真お兄ちゃん」


 照れくさそうに俺の名前を呼ぶ結城から、諏訪に視線を移す。


「俺達は人陣営に勝ちをゆずる。

 諏訪、作戦は覚えてるよな?

 ちゃんと指名してくれよな?」


「うん、もちろん」


 俺の確認に諏訪は力強く頷く。

 諏訪には俺と二人で一緒に生き残る作戦を伝えている。

 このまま人陣営に勝ちをゆずり、諏訪に俺を指名してもらえれば、作戦成功だ。

 狼陣営で勝利して、諏訪を指名してもOKだが、それだと俺は神狼の言うとおりの外道になってしまう。

 それだと嫌なので、俺が外道にならずに済む方法を選択する。


「よし、投票をしよう。

 俺が狼だから、二人は俺に投票をしてくれ。

 俺は結城に投票をする」


「私は、おに、上野に投票する」

「上野ちゃんに、投票するよ」


『……全員の投票が終わったな。

 投票結果。上野悠真が二票。結城紗瑠が一票。

 よって、昼の番の処刑者は、上野悠真。

 狼が処刑されたため、人陣営の勝利とする。

 ……まさか、外道が言葉通りに勝利をゆずるとは驚きだ。

 どうやら我の評価が間違っていたようだな』


 神狼が俺の評価を改めてくれたようだ。

 でも、それは見せかけ。

 諏訪が俺を指名する手はずなので、俺は自己犠牲でみんなを助けることはしない。

 むしろ神狼の考える外道を超えた、超外道な行いをすると言ってもいいだろう。

 今から、神狼が驚く顔が楽しみだ。

 といっても、声だけしかないので、驚いた表情は見えないのだが。


「当たり前だ! 俺は勇者の兄だぞ! 見くびるなよ!」


『……ふむ、存外に面白い人間のようだな。

 決着は付いた。役の内訳を発表する。

 人、藩出由良、諏訪来夢。

 占師、大仲未音。

 狼、上野悠真。

 賢人、結城紗瑠。以上五名。

 ……約束通り負けた陣営の魂を贄としてもらう。

 勝った陣営は、負けた陣営から一人を選び、贄を免れさせることが出来る。

 さて、誰を選ぶ?』


 神狼が諏訪に訊ねる。


 ついに、この瞬間が来た。

 神狼は、諏訪が結城を選ぶと信じきっているはず。

 だが諏訪は、俺を指名する。

 勇者の兄として、綺麗事を言っておいてのからの、高速てのひらがえし。

 あいにくと俺は勇者の兄だが、魔王の兄でもあるのだ。

 神狼は、鼻っ面を殴られたように驚くに違いない。


 俺は満面の笑みで、諏訪に目配せをする。

 諏訪はそれに頷く。そして、


「――結城ちゃんを指名するよん」


 諏訪はそう宣言した。

 俺は驚きのあまり固まった。


『……結城紗瑠で、相違そういないな?』

「ないよ」


『……では、選ばれなかった上野悠真の魂はもらう。

 これにて狼人遊戯の終幕とする』


 神狼が告げると、世界がひび割れ、光があふれ出る。


「悠真お兄ちゃん!」


 結城が俺に抱きついてくる。

 しかし、今はそれどころではない。

 なぜ諏訪が俺を指名しなかったのか。それが知りたい。

 抱きつく結城をそのままに、俺は諏訪に言葉を投げる。


「諏訪! どうしてだ! どうして……」

「ごめんね、上野ちゃん」

「さ、作戦は覚えてるよな?」

「もちろん覚えてるよ」

「……なら、なぜ?」


 諏訪は一度目を伏せて、


「どうしても許せなかったんだ」

「……許せ、ない?」


 俺には諏訪が何を言おうとしているのか分からなかった。


「狼様、上野ちゃんのこと外道って言ってた。

 それがあたしは、すごく腹が立った。

 上野ちゃんは、やさしくて誰よりもみんなのことを考えてる人。

 それはあたしが一番よく分かってる。

 だから、狼様を見返したかった。

 上野ちゃんは、別の意味で見返してやろうと思ってたみたいだけど」


「…………」


 諏訪は俺の考えが分かった上で、作戦の失敗を選んだ。


「あたしが上野ちゃんを指名すれば、作戦は成功する。

 でも、それだと上野ちゃんは、外道になっちゃう。

 あたしはそれが嫌。上野ちゃんは良い人だってみんなに知ってもらいたい。

 良い人のままで、こんなズルしないで正々堂々と勝って欲しい。

 ごめんね、あたしのわがままで、作戦を台無しにして」


「いや、ありがとう。

 諏訪は俺の代わりに怒ってくれたんだな。

 俺も別に、好きで悪者になってるわけじゃない。

 これしか方法がないから、しかたなく悪者を演じてるだけだ。

 悪者を演じれば、それだけ心が磨り減る。

 心配掛けて悪かった。もう少し自分を大切にするよ。

 できるか分からないけど」


「お兄ちゃん、何を話してるの?」


 抱きついていた結城が不思議そうな顔をしている。


「なんでもないよ。

 紗瑠。みんなのことを頼んだぞ。

 お前ならきっとゾンビを倒せる。

 俺は天国で見守ってるからな」


「うん、分かった。絶対倒す。約束する」

「そうだ。その意気で頼む」


 俺は結城の頭を優しくなでる。

 結城は嬉しそうにニコッと笑う。

 そして世界は光に溶けていった。

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