041 願望と推理の狭間です。


 俺が結城に感心していると、大仲が茶茶ちゃちゃを入れてくる。


「結城さん、すごく怪しいんだけど?

 絶対、占師じゃないよ。私は賢人だと思うな」


「確かに結城は怪しい。だがそれはワザとそうしている。

 つまり演技だ」


「どういうこと?」


 理解できていない大仲に、俺は結城の真の目的を説明する。


「挙動不審を演じることで、狼に自分は賢人ですよ、とアピールしている。

 そうすれば狼からの噛みを避けられる。

 狼と賢人は仲間だから、賢人を生かしておきたい。

 そう思うのが狼の心理だ。

 その心理を利用して、少しでも自分が生き残る確立をあげている。

 生き残ることで、占い結果を人陣営にもたらし、勝利に貢献できるって寸法すんぽうさ」


「……すごい。

 そこまで紗瑠さんが考えていたなんて……」


 藩出が感嘆かんたんの声を漏らしていた。

 俺は、それに同意しつつ結城に視線を向ける。


「ああ、結城はすごい奴だ。そうだよな?」

「え? ええ、うん。たぶん、そうだと思う」


 結城はあいまいに返事を返した。

 すぐさま大仲が反応をする。


「今、たぶんって言った!

 結城さん、絶対そこまで考えてなかったでしょ」


「大仲は、まんまと結城の術中じゅっちゅうにはまっている。

 答えをぼかすことで、賢人の可能性をあえて残しているんだ。

 占師だと全員から確信されては、狼にかみ殺される」


「……妙に結城さんの肩を持つのね?

 あなた、結城さんに何か特別な感情を抱いてるの?」


 大仲のその問いで、他の女性陣がすっと姿勢を正した。

 俺は不穏な気配を感じて、背中に悪寒が走った。

 結城は何かを期待する視線、諏訪と藩出は無の表情で俺を見つめる。


「もちろんだ――」


 俺がそう答えると、結城は目をキラキラさせて小さく「おに……」と呟く。

 一方の諏訪と藩出は目の光がスッと消える。


「――結城は勇者。

 世界を救えるのは結城しかいない。

 特別な感情を持たない方がおかしいだろ?」


「え? ああ、そうね。ごめんなさない。

 当たり前の質問だったわ」


 攻撃的だった大仲が毒気を抜かれたように、急に謝る。

 張り詰めていた空気も、今は元に戻っている。


「話が脱線したわね。ゲームに戻りましょう」


 大仲が仕切り直して、再びゲームの話題に戻る。


「上野は、結城さんを占師だと思ってるみたいだけど、他の人はどう思ってる?」


 大仲が藩出と諏訪に話を振る。


「他に占師がいないなら、僕も紗瑠さんが占師だと思います」

「右に同じー」


 藩出と諏訪が答えると、大仲はそうと小さく呟いて、


「本当は名乗りでたくなかったけど、偽者に占師を乗っ取られそうなんで言う。

 本物の占師は私よ」


「……なるほど」


 大仲の占師COに、俺は納得していた。

 妙に、大仲が結城につっかかるなと、思っていた。

 その理由がやっと分かった。大仲は占師騙りの前フリをしていたのだ。

 ……私が占師だから、結城さんは偽者よ、と。


 一旦、分かっている役職を確認しておこう。

 俺が狼。諏訪が賢人、これは確定事項。

 結城が占師。そして大仲が占師騙り。

 余りの藩出が人。


 ここで俺はおかしいことに気付く。

 大仲は人陣営なのに、占師騙りをしている。

 基本的に役を騙るのは狼陣営。

 だか、俺は前回のゲームを思い出す。


 前回のゲームでは、諏訪が人なのにも関わらず、占師騙りをしている。

 その理由は、本物を狼の噛みから守るため。

 つまり大仲も俺と同じで、結城が本物の占師だと思っているということだ。

 俺が人陣営ならば、結城と大仲を全力で守る。

 だが、あいにく俺は狼なので、全力で攻撃する。


「賢人が慌てて、出てきたな」

「違う、私が本物よ」


 俺と大仲の視線がぶつかる。


「じゃあ、質問だ。なぜすぐに占師を名乗り出なかった?」


「名乗りでたら狼に狙われて、占師の仕事が出来ないと思ったから」


「まあ、そう言うだろうな。

 それで、大仲は今日、誰を処刑したいんだ?」


「もちろん、結城さん。

 彼女が偽者なのは、私目線では確定だしね。

 その次が上野、あんたよ。

 結城さんの肩を持ちすぎ。

 一番狼の可能性があるのは、上野だと思ってる」


「俺は頑張って狼を見つけようと、推理しているだけだ。

 お前目線では、それが間違いでミスリードに感じるんだろう」


「それで上野は誰を処刑したいの?」


 今度は大仲が反対に訊いてくる。


「俺は結城が本物だと思ってる。

 だから、大仲を処刑したい。

 今日は結城と大仲の一騎打ちでいいじゃないか?」


「……へえ、そう」


 俺の提案に、大仲は何かが分かったように頷いた。


「私と結城さんで戦わせて、自分を処刑対象からはずしたいのね。

 それは上野が、狼だからでしょ?」


 大仲の推理は的確だ。

 まさに俺が狼で、処刑対象に選ばれるリスクを減らしたいという思惑がある。

 本当のことを言うわけにもいかず、適当な理由をつけて否定する。


「確立の問題だ。

 大仲と結城から選べば、二分の一で偽者を処刑できる。

 だが、他から選べば三分の一。

 より狼陣営を引き当てることが難しくなる」


「……詭弁きべんね」


「いや、ただの事実だ。

 俺は少しでも人陣営の勝てる道を示しているに過ぎない。

 そんなに一騎打ちが嫌なら、投票先縛り無しの自由投票でも俺はかまわない。

 どうする?」


「……いや、結城さんと私の一騎打ちでいいわ。

 投票がばらけると、狼側に有利になるから」


 ……はい、俺の勝ち。

 大仲も結城も、どちらも人陣営。

 これで100%人陣営の処刑が確定。

 明日、俺が狼だと名乗り出て、諏訪と投票を合わせれば勝利できる。


「今回は大仲と結城のどちらかに投票、他への投票はなし。

 みんなもそれでいいよな?」


 大仲以外の三人に確認を取る。

 三人に反対意見はないようで、こくりと頷く。


「よし、それじゃあ、処刑者の投票をはじめよう。

 投票は好きな順で」


 俺がそういうと、大仲が真っ先に声を上げる。


「じゃあ、私から。

 私が本物の占師。結城さんは偽者。

 私が遅れて名乗り出たのは、狼から隠れてやり過ごそうと思ったから。

 そうすれば、二日目に占い結果を出せる。

 あと、みんな気付いてる?

 結城さん、一度も自分の口で、自分が占師だって言ってないからね?

 いくら賢人に成りすまそうとしているからといっても、おかしいでしょ?

 結城さんは絶対に賢人。

 私は、結城さんに投票する」


 大仲はただの人なのにも関わらず、本物の占師になりきっている。

 狼から守るにしても大仲はやりすぎだ。

 このままでは狼に噛まれる前に、結城が処刑されてしまう。


 ……あれ? なにかが、おかしい?


 俺は自分の推理に違和感を覚える。

 だが他の可能性はありえない。

 俺は狼、諏訪は賢人。

 これ以外の可能性は、作戦の失敗を意味する。

 俺はかぶりを振って、不穏な考えを振り払う。


「私、投票するね。

 私は大仲さんの言うとおり、賢人。

 だから、本物の占師の大仲さんに投票する」


 結城はスラスラと言ってのける。

 その言葉に誰もがギョッとする。

 建前でも人のフリをする場面で、堂々と狼陣営だと告白した。

 俺がワザと賢人のフリをしているという言葉に、全乗っかりを決めたらしい。


 それにしても結城は嘘がヘタだ。

 嘘の時はカタコトで、本当の時はスラスラと話す。

 なんて分かりやすいんだ。


 ……ん? まてよ、もしそうなら結城が賢人にならないか?

 それだと諏訪が賢人では、なくなってしまうことになる。

 くそ、俺はまた間違った推理をしてしまった。

 俺が信じるのは、俺と諏訪が同陣営だということ。

 それ以外は、邪念として振り払う。


 俺は信じるべきものと、論理的思考から導いた推理の板ばさみに陥っていた。

 思考の迷宮から抜け出し、俺は変な空気を振り払うように言葉を発する。

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