040 二回目の狼人遊戯です。


 俺は暗闇の中を漂っていた。

 すべてが暗闇で、自分がどこにいるのかも分からない。

 行く当ても目的もなく、ただふわふわと漂っている。

 そこに、一筋の光が射す。


 手足をバタつかせて、俺は光の元に向かった。

 光は、球体から発せられていた。

 俺は右手を伸ばし、その球体に触れる。

 てのひらが、じんわりと温かくなる。

 だんだんと世界は光を取り戻していった。


 気が付いたら、目の前に諏訪がいた。

 このシチュエーションは、前にも体験したことがある。

 それも二回。

 右手にある温かくてやわらかい感触は、諏訪のおっぱい。


 俺はさっそく、その豊満な胸を三回揉む。

 なぜ三回なのか?

 それは、この世界が三週目だからだ。

 俺は二度死んだ。そして二度世界を巻き戻した。


 この先もまた、死ぬ可能性がある。

 それは十回かもしれないし、千回かもしれない。

 数を重ねれば、やがて今が何週目なのかが分からなくなる。

 それを阻止するために、回数をきっちり数える必要がある。


 ただ数えるだけだけでは、すぐに忘れてしまう。

 心に刻むように、祈るように、決して忘れないように、数えなければいけない。

 そのために、俺は諏訪の胸を揉む。

 決して、俺が諏訪のおっぱいを堪能したいからという、よこしまな考えの行動ではない。


 俺が三回揉むと、諏訪はあっと吐息を漏らして、何かに気付いた様子。


「……また、戻ったんだね?」

「ああ、今は、三週目の世界だ」


 俺は頷いて、諏訪の胸からそっと右手を離す。

 諏訪は俺と同じように、ループ前の記憶を保持している。

 だが他の三人には、その記憶はない。

 出来れば、諏訪と情報を共有して協力関係の強化をはかりたい。


「諏訪には、俺の作戦を教えておく」

「うん、どんな作戦?」


「今回も、狼を呼び出してゲームをやる。

 ゲームに勝って、狼からゾンビの親玉の情報を得る。その後でループする。

 そうすれば犠牲者を出さずに情報だけをゲットできる」


「そういうこと、だったんだね。良かったぁ」


 諏訪は安心したように微笑む。


「……で、だ。

 ゲームに勝つっていっても、俺か諏訪のどちらかが勝てば良いってわけじゃない。

 俺と諏訪が揃って勝たないと、情報を得る前にループが発動する。

 だから、俺と諏訪が同じ陣営になった状態で勝って、初めて作戦が成功する。

 もし陣営が分かれたら、その時点で作戦は失敗だ」


「うーんと、つまりそれって。

 いつでも、あたしと上野ちゃんは同じ陣営だと思えってこと?」


「察しが良くて助かる。

 別に普通にゲームをやっても、そのうちに成功するだろう。

 でも、もしループに回数制限があったら、まずい。

 だから、なるべく少ない回数で成功させたいんだ。

 同じ陣営なのにもかからず、疑いあって負けてたんじゃ回数が余分に掛かる。

 それだけは避けたい」


「分かったよん。

 どんな時も、あたしと上野ちゃんは仲間」


 諏訪は嬉しそうににっこりと微笑む。

 次の瞬間、


「「「ああああああああああああああああああああ!!!!」」」


 例のごとく結城、藩出、大仲が叫びながら走りよってくる。


 ここからは前回と同じように話を進ませる。

 大仲にオーブを入れ、神狼を呼び出す。

 色々と問答をしたのち、神狼に狼人遊戯を提案させる。

 狼人遊戯をやることを受け入れ、俺達は光に包まれた。


 和風の部屋に、全員の格好が和服に変わったところで、神狼が告げる。


『……まずは配役。

 我が順に伝える。

 終わるまで静かに待て』


 そう言って神狼は黙り込む。

 もし前回と同じ配役ならば、かなり有利だ。

 諏訪に作戦を伝えてあるし、連携すれば間違いなく完勝できる。

 神狼と会話をしたが、前回の記憶を持っている様子はない。

 十分に同じ配役の可能性がある。


 そして俺の順番が回ってきて、神狼の声が頭に響く。


『……この声は、お前にのみ聞こえている。

 まずは、お前の名を聞く。

 声に出さないで心の中でとなえよ』


『俺の名前は、上野悠真うえのゆうま


『……上野悠真。

 お前の配役を伝える。

 お前の役は狼。狼だ』


 役を伝え終えた神狼は再び無言になった。


 前回の役は、ただの人。だが今回は狼。

 今回も人なら、配役が同じ可能性があった。

 しかし、狼になってしまっては、前回と配役が変わっていることは確定。


 前回と大まかな流れは同じだが、完璧に同じではない。

 まばたきの回数や、つばを飲んだ回数など、些細な動作で違いがある。

 その些細な違いが、神狼の思考に少しずつ影響を与え、配役を変化させた。


 ――バタフライ効果。

 小さな蝶の羽ばたきが、遠くの地でトルネードを発生させる。

 非常に些細なことが、様々な要因を引き起こし、だんだんと大きな現象へと変化すること。


 俺がそんなことを考えていると、神狼は遊戯の開始を告げる。


『……全員に役を伝え終えた。

 では一日目、昼の番、始め』


 まずは全員が様子見で、それぞれの出方を伺っている。

 参加人数は五人。

 配役は、人が二、占師が一、狼が一、賢人が一。

 処刑できる回数は、二回まで。

 この二回を、狼である俺が逃げ切れば狼陣営の勝ち。


 そして俺は諏訪と一緒に勝利しなければならないので、必然的に諏訪が賢人になる。

 もし諏訪が賢人でなかった場合、その時点で作戦は失敗。

 だが、その可能性は無視して、諏訪が賢人だと信じてゲームを続ける。

 それが諏訪との約束だ。


 俺が狼、諏訪が賢人。

 だとすると、残りの結城、藩出、大仲が人陣営として確定。

 人陣営の誰かを処刑し、夜に一人をかみ殺せば、二日目の昼で狼陣営の人数が、人陣営より多くなる。

 そうすれば、PPパワープレイで勝ちだ。


 俺は人陣営を見回して、適当な奴を怪しむフリをする。


「結城、なんだか、そわそわしてないか?」

「え? 私? べ、別にそんなことないけど」


 結城は明らかに動揺していた。

 前回、結城の役は占師。

 その時は、真っ先に名乗り出て、有り余る正義感を振りまいていた。

 だが、今回は違う。

 挙動不審に周りを伺っている。


 嫌な予感が湧き上がるのを感じつつ、さらに探りを入れる。


「狼を探してるのか?」

「え? さ、探してなんかないよ」


 俺の問いを結城は慌てて否定する。

 そこに大仲がツッコミを入れる。


「ちょっと結城さん、これは狼を見つけ出すゲームなんだから、探してくれないと困るんだけど?」


「え? ああ、そうだよね。あはは、ごめんね。

 ちゃんと、探すから」


 結城はわざとらしく、誰かなーと言いながら全員を見回した。


 狼人遊戯は、基本的に全員が人陣営のフリをして、狼を見つけ出すというゲームだ。

 役が人陣営なら、そのまま素直に狼を探せば良い。

 しかし狼陣営は、違う。

 狼本人は、自分が狼だと知っているので狼を探す必要はない。自分が狼だとバレないように、狼を探すフリをして人陣営に紛れ込む。


 そして賢人。

 賢人は狼陣営だが、誰が狼かを知らない。

 人陣営と同じように狼を探すが、探し出した上で、守る・・という役目がある。

 それは狼から疑惑を反らしたり、時には自分を犠牲にすることだったりする。

 他よりも考えることが多く、一番難しい役どころと言っていい。


 そんな役に、もし結城がなったどうなる?

 バカ正直が取りの結城は、間違いなく混乱する。

 おそらく人陣営のフリもままならない。

 狼を探し出すという前提にもかからず、私は狼を探していないと、言ってしまうぐらいに。


 ちょっと結城の思考をトレースしてみよう。

 結城は賢人で、味方・・の狼を探していた。

 そこに狼を探しているのか? と尋ねられる。

 味方・・の狼を探していることが、バレるのはまずいので、探していないと嘘をついた。

 結城の中に「狼=味方」の図が出来上がってしまっている。

 俺の考えが間違いでなければ、結城は賢人だ。


 結城が賢人だとすると、作戦の失敗が確定する。

 失敗だからといって諦めるわけにはいかない。

 俺の推理が、間違いの可能性も、わずかだがある。

 間違っていることを願いつつゲームを続ける。


「結城ちゃんって、もしかして占師だったする?」


 ストレートに諏訪が質問をした。

 諏訪には前回の記憶があり、結城が占師だったことを知っている。

 この質問で、前回と同じ配役なのかを諏訪は探っている。


 結城の言動は明らかに前回と違う。

 それは諏訪も分かっているはず。

 それなのにも、探りを入れるということは、諏訪はまだ配役が変わったことを認識していない可能性が高い。

 つまり、諏訪の役は前回と同じ、人。


 俺は殴られたようなめまいを覚える。

 次々に作戦失敗の可能性を高める推理が頭をよぎる。


 ……いや、この推理はすべて間違いだ!


 邪念を振り払うように、俺は自らの推理を投げ捨てる。


「挙動不審なのは、お前が占師だったからか。なるほど」


 俺はポンッと手を打って納得する。

 賢人が諏訪だとすると、他に挙動不審になりそうな役は占師しか残っていない。

 きっと、結城は占師。

 バタフライ効果で、前回と同じ役にもかかわらず、違う挙動をとっている。

 そうに違いない。


「え? 私は……。ええと、そのー」


 結城は目をキョロキョロさせて、言いよどむ。

 一日目に占師COすれば、必ず狼にかみ殺される。

 それが分かってるとは、さすがは勇者。

 勇者の兄として、俺も鼻が高い。


「いまさら誤魔化さなくてもいいぞ。

 最初から怪しかったし。占師なんだろ?

 まさか狼? それとも賢人なのか?」


「賢人ッ!? わわ、ワタシはケンジンじゃないアルヨ」


 俺の言葉にビクンと体を震わせて、結城は片言に答える。

 占師からすれば、もっとも警戒する役が賢人なのは間違いない。

 賢人は占った時に、人と判定される。

 もし賢人を占い、仲間だと勘違いしてしまっては、間違った推理をしてしまうことになる。

 それを分かってる結城は、賢人を必要以上に警戒している。

 やはり結城はこのゲームを良く分かっている。

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