039 嘘つき世界は嫌いまみれです。


「ああ、そうしよう。

 つっても、もう十分話し合ったし、投票で良いよな?」


 大仲と藩出が頷くのを確認して、二日目の投票を始める。


「じゃあ、まずは俺から。俺は大仲に投票する」


「私は上野に投票する」


 大仲に一票、俺に一票。

 藩出がどちらに投票するかで、勝敗が決する。


「僕は……。僕は……」


 藩出の言葉が途切れる。

 顔上げてみれば、藩出は涙をポロポロとこぼしていた。

 その様子に、俺と大仲は戸惑う。

 だが、気を取り直して俺は道化どうけを演じる。


「おいおい、まさか俺の死を悲しんでくれてるのか?

 冗談だろ? 俺みたいな最低人間のために泣く必要はないぜ。

 いや、違うな……。

 俺のためじゃなくて、諏訪のために泣いているんだよな?

 あいつだけ誰かに悲しんでもらうのは、しゃくだから、泣かないでもらえるか?

 どうせ天国に行って二人で楽しく、よろしくやるんだ。

 お前の涙は重荷以外の何物でもない。諏訪も迷惑だと思うぞ?」


「……上野、あんたねぇ」


 大仲は俺にぶちギレてるようだ。

 心が痛むのをこらえて、俺はさらに続ける。


「あ、そうだ。

 最後に、これだけは言っておこうと思ってたんだ。

 藩出、俺はお前が……。嫌いだ。

 これで、お前の顔を見なくて済むと思うと、ほんっと清々せいせいする。

 お前が来ると楽しい天国生活が、台無しになるから、できるだけ遅れて来いよな」


「あんたは、自分が天国にいけると思ってるの?

 絶対、地獄に堕ちるから」


 大仲が辛辣しんらつな言葉を吐く。

 いつもなら、その言葉で心を痛めるところだが、今は逆に嬉しくなる。

 今の俺の目的は、二人に嫌いになってもらうこと。

 それが達成されることが何よりも嬉しい。


 俺は肩をすぼめて、軽口を続ける。


「俺は懺悔したんだぞ。悔い改めたんだ。

 きっと天国にいける。

 それに世界を救うための犠牲になってやるんだ。

 これ以上の、世界貢献はないだろう?」


「もう、やめて、ください」


 藩出は声を絞り出す。


「やめるもなにも……。今は、お前の投票待ちなんだが?」

「…………」


 藩出は涙をぬぐって、俺を正面から見据える。

 そして、


「嘘をつくのを、やめてください」


「「嘘?」」


 俺と大仲の言葉が重なった。


「わざと自分を悪者に見せようとしていることです」


「え? 上野が演技してるって言いたいの?

 いやいやいや、これがこいつの本性なんだよ藩出さん」


「大仲の言う通りだ。

 人間、追い詰められたときこそ本性が出る。

 お前は俺を良い奴だと思ってるみたいだが、それは俺がそう思われるように演技してただけ。

 良い奴のフリをした方が、生きやすい世の中だからな。

 処世術しょせいじゅつって奴だ。

 お前が俺を助けたいなら、助けてもいいぞ?

 だけど、そのときは、大仲を指名する。

 俺はお前が嫌いだから、絶対に指名しない。

 それでも良いなら、ご自由にどうぞ」


 俺は見苦しく嘘を重ねる。

 藩出には俺の嘘が見破られているようだが、いまさら後には引けない。

 一方の大仲は、俺を見てドン引きしている。


「……ごめん、なさい」


 藩出は唐突に謝る。

 俺は謝罪の意味を訊ねる。


「なんで謝るんだ?」


「……僕が。僕が弱いから、上野くんに嘘を付かせてしまった。

 僕には誰かの死を受け止めるだけの、心の強さはない。

 そう上野くんは思ってるから、少しでも自分の死を軽くしようと悪者を演じている。

 ……そうですよね?」


「お前の中の俺はそんなに美化されてるんだな。驚いた。

 ちょっと優しくしてやっただけで、俺を聖人か何かと勘違いしてやがる。

 まったくチョロ奴だ。

 そんなだと悪い奴に騙されるぞ。気をつけろよ」


「ありがとう、そこまで心配してくれるんですね?」


「し、心配して言ったわけじゃない。

 ただバカにしただけだ。

 どこまで好意的に変換すんだよ、ったく」


 俺が吐き捨てると、藩出は小さく笑う。

 そしてほがらかに宣言をする。


「分かりました。

 このまま上野くんだけに嘘をつかせるのは、しのびないので、僕も嘘をつくことにします」


「……嘘?」


「はい、嘘です。

 上野くんは、僕のこと嫌いなんですよね?」


「……ああ、そうだ」


 吹っ切れた様子の藩出に、俺は押され気味に答える。

 藩出が何をしようとしているのか分からない。


「僕も上野くんのことが嫌いです。

 すっごくすっごく嫌いです。

 世界で一番、大嫌いです」


 満面の笑みで、俺に悪口を言う藩出。

 嫌いの三連発。普通ならば俺の心は痛むはずだが、逆に心が温かくなった。

 そこには言葉の通りの意味はない。ただの嘘だから。

 でも、俺は言葉通りに受け取ることにする。


「……気が合うな。俺もお前が嫌いだよ」

「嫌い合う者同士が近くにいるのは、良くないですよね?」

「ああ」

「なら、一番遠くまで離れましょう」

「ほう、それは良い案だな」


 これはくだらない茶番ちゃばんだ。

 ばかばかしく滑稽こっけいで、ひどくまぬけなやりとり。

 だが、藩出にとっては必要なこと。別れの儀式。

 この茶番で、藩出の心の整理が付くのなら、いくらでも付き合う。

 ……いや、逆だ。

 俺の付いた嘘に、藩出が合わせにきている。

 どちらが合わせてるとかは、どうでも良い。

 ただ一つ言えることは、この茶番は〝やさしさ〟で出来ているということ。

 お互いがお互いを思いやるやさしい気持ちで、この茶番は成り立っている。

 それは、とてもとうといものだろう。


「天国と現世げんせに分かれるなんて、どうでしょう?」


「そりゃ良い。

 現世では良い人を演じるのに疲れたところだ。

 天国なら、そんな面倒なことをしなくても、楽して暮らせるだろうし。

 まさに渡りに船」


「それは良かったです。

 すぐに天国に逝かせてあげます」


「ああ、頼む」


「……僕は、上野くんに、投票します」


 ゲームに戻り処刑者の投票を藩出が告げた。

 そして神狼がゲーム終了のアナウンスを告げる。


『……これにて全員の投票が終わった。

 投票結果。大仲未音が一票。上野悠真が二票。

 よって、昼の番の処刑者は、上野悠真。

 この時点で人が狼と同数以下になったため、狼陣営の勝利とする。

 ……内訳を発表する。

 人、上野悠真、諏訪来夢。

 占師、結城紗瑠。

 狼、大仲未音。

 賢人、藩出由良。以上五名。

 ……約束通り負けた陣営の魂を贄としてもらう。

 勝った陣営は、負けた陣営から一人を選び、贄を免れさせることが出来る。

 さて、誰を選ぶ?』


 神狼に問われて、大仲と藩出は顔を見合す。

 そして、藩出が助けたい一人の名を告げる。


「結城紗瑠さんを指名します」

『……結城紗瑠で、相違そういないな?』

「はい」


『……では、選ばれなかった上野悠真と諏訪来夢の魂はもらう。

 これにて狼人遊戯の終幕とする』


 神狼が告げると、世界が壊れ始める。

 世界がひび割れ、そこから光があふれ出てくる。

 この世界が完全に壊れたら元の部屋に戻るだろう。

 しかし、そこに俺と諏訪はいない。


「……上野くん」


「なに寂しそうな顔をしてんだよ。

 これで嫌いな奴の顔を見なくて済むんだ。清々するだろ?」


「上野くん、僕は……。本当は――」


「――おっと。それは無しだ。

 本当はは無し。有るのは嘘だけ。

 悪いが、藩出。お前には俺の嘘に一生付き合ってもらう。

 この先ずっと、上野悠真を大嫌いな藩出由良として生きる。

 お前が死んで、天国で俺と再会したときに。

 ……そのときに、本当の話をしよう。

 それで良いよな?」


「はい、分かりました。

 僕は死ぬまで、上野くんを嫌いでい続けます」


「それで良い」

「さようなら、僕の大嫌いな悠真くん」

「ああ、天国で待ってるよ。由良」


 それが俺と藩出が交わした最後の言葉だった。

 目の端では、大仲が呆れ顔をしていた。

 世界が光で満たされて視界がホワイトアウトしていく。

 その中で、うっすらと藩出の唇が動くのが見えた。


〝だいすき〟


 そう言っている気がしたが、おそらくは俺の勘違い。

 そう結論づけて、俺の体も意識も光に溶けていった。

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