037 勝敗は最初から決まっていたのです。


 四人の投票が終わり、大仲が二票、諏訪が二票となり互角になった。

 最後の結城の一票で処刑者が決定する。

 全員の視線が残された結城に集まる。


「……私が最後か。

 私は占師。だから諏訪さんは間違いなく偽者。

 偽者だから狼陣営だと思う。

 だけど、諏訪さんの出方でかたが少し気になってる。

 たしか、占師が名乗り出ると、狼に殺されるから良くないみたいな話になって。

 そのすぐ後に諏訪さんが、自分も占師だって出てきたはず。

 もしかしたら、狼から私を守るために、人が嘘をついたのかなって、少し思った」


 結城の考えは、俺の思っている結論と同じだ。

 しかし俺は本心を隠し、諏訪を賢人というていで話を進めてしまった。

 結城が俺と同じ考えならば、素直に話を進めた方が良かったかもしれない。

 だが、もう過ぎてしまったこと。後戻りは出来ない。


 結城は、俺に一度視線を向けてから、さらに言葉を続ける。


「でも、みんなは諏訪さんを、狼か賢人だって言う。

 誰も人だとは思ってない。

 諏訪さんが人陣営かもって思ったのは、私だけ。

 だから、きっと私の思い違い。

 ……諏訪さんは狼陣営。

 狼か賢人かは分からないけど、処刑した方が良いと思う。

 私は、諏訪さんに投票する」


『……全員の投票が終わったな。

 投票結果。大仲未音おおなかみおんが二票。諏訪来夢すわらいむが三票。

 よって、昼の番の処刑者は、諏訪来夢。

 諏訪来夢、言い残すことはあるか?』


 神狼に問われて、諏訪はうーんと唸る。


「あたしは本物の占師だよん。

 そして結城ちゃんは偽者の賢人。

 狼の人は、結城ちゃんを噛まない方が良いよ。

 もし噛んだら仲間を減らすことになって負けちゃうからね。

 それじゃあ、人陣営のみんなは頑張ってね」


『……これにて昼の番は終わり。夜の番に移る』


 パチンと電気が消えたように、周りが暗闇に変わった。

 自分の姿は、昼間のようにはっきりと見えるが、それ以外はすべてが闇。

 まるで宇宙空間に投げ出された感覚に陥る。

 この夜の番では、占師が誰か一人を占って、人か狼かの判定が出来る。

 そして狼が、一人をかみ殺すことが出来る。

 占師と狼以外は、夜の番にやることがないのでヒマだ。


 俺は諏訪の最後の言葉を思い出していた。

 諏訪の言葉は、明らかに狼へプレッシャーを与えるものだった。

 もし諏訪が賢人ならば、絶対に言わないだろう。

 そして諏訪が狼ならば、遊戯は終了。

 遊戯が続行しているということは、諏訪は狼ではなかった。

 諏訪は、人。

 俺と諏訪が同陣営だと確信した。

 これで人陣営が勝利すれば、目的が達成できる。


 光明こうみょうが見え、一安心したところで神狼が告げる。


『……これにて夜の番は終わり。

 では二日目、昼の番、始め』


 暗闇が一瞬で晴れ、視界が戻る。

 和室には俺を含め、三人しかいない。

 俺、大仲、藩出。

 諏訪と結城の姿はない。

 諏訪は処刑され、結城が夜の番で狼にかみ殺された。


 俺は現状を確認しつつ、表面上の意見を述べる。


「結城が噛まれた。

 おそらく結城が本物の占師。そして諏訪が賢人。

 残った三人の内訳は、狼が一人、人が二人」


 そう口にしたところで、俺は間違いに気付き絶望する。

 表面上は諏訪を賢人だと扱っていたが、内心では人だと分かっている。

 だとすると、占師と人が一人ずつ死んだことになり、残された三人の内訳は、狼一、賢人一、人一となる。

 俺が人なので、大仲と藩出が狼と賢人。


「僕は来夢さんが賢人だとは思いません。

 彼女は人です。

 だって、僕が賢人ですから」


 藩出がぽつりと口を開く。

 狼と賢人は仲間だ。しかし誰が仲間なのかは知らされていない。

 諏訪を賢人ではないと、はっきり言うということは藩出が賢人だという証明。

 狼陣営が二人、人陣営が俺一人。

 この不利な状況を打ち破るには、――かたるしかない。


「おお! 藩出が賢人だったのか!

 実は、俺が狼なんだよ。

 だから、大仲を処刑すれば、狼チームの勝ちだ。やったな!」


「待って! 私が狼だから!

 上野は人。人が騙ってるの。

 だから、上野を処刑すれば、狼側の勝ちだからね。

 騙されないでよ藩出さん」


 慌てて大仲が後追い狼COをする。

 大仲が本物の狼で間違いない。

 だが俺の方が一足早く狼COしたので、俺の方が狼っぽく感じるはずだ。

 これで藩出を騙せれば、ギリギリで人陣営の勝利になる。


 藩出は、俺と大仲を交互に見て、どっちが本物の狼なのかを吟味ぎんみしている。


「僕には、どちらが本物の狼なのか分かりません。

 ですが上野くんの方が狼っぽいかなと思ってます。

 諏訪さんを賢人だと思っていながら、かたくなに処刑対象からはずそうとしていたので」


「そうだよ! その通りだ藩出!

 賢人を二日目に残せれば、狼陣営が二人、人陣営一人になって、数で圧倒できる。

 まさに今の状況になる。

 まさか藩出が賢人だとは思っていなかったから驚いたが。

 とにかく狼側の勝ち確定だ」


「はい、狼側の勝ちは確定ですね」


 どうやら藩出の信用を、俺が勝ち取れたようだ。

 藩出に釣られて、俺も笑顔がこぼれる。


「ちょっと、藩出さん?」


 藩出の信用を取れなかった大仲が、絶望したような表情を見せる。

 本物の狼が賢人に分かってもらえないという、なんとも滑稽な姿だ。

 人間様の力を愚かな狼に、わからせる良い機会だ。


「あ、心配しないでください。

 大仲さんが狼の場合でも勝ちですから」


「え? 私に投票するんじゃないの?」


 不思議なことを口走る藩出に、大仲はきょとんとする。


「上野くんと大仲さんは、僕に投票してください。

 僕は最後に、どちらかに投票します。

 そうすれば、狼側が必ず勝ちます」


 藩出は、そう必勝法を口にした。

 賢人である藩出を処刑して、人と狼が同数になった時点で狼陣営の勝利でゲームエンド。


「た、たしかに良いアイデアだ藩出。

 しかし、俺は完全勝利を目指したいと思う。

 そういう、ハメ技みたいなのは、な、無しにしないか? な?」


 俺は震える声を抑えて、藩出の説得を試みる。

 一方の大仲は、絶望から一変して希望に満ち溢れた笑顔をしている。


「私は、藩出さんの提案に賛成よ」


「……上野くんは、人陣営なんですね」


 藩出は寂しそうな表情を浮かべた。

 この遊戯で負けた陣営は、神狼の生贄になって死ぬ。

 ループを知らない藩出にとっては、今生こんじょうの別れになると思っているのだろう。


 今まではゲームのルールにのっとって、勝利を目指してきたが、藩出の必勝法で人陣営の負けが確定してしまった。

 このままゲーム内のルールで進めても、勝利はできない。

 だから、これからはゲーム外のルールを持ち込んで勝利を目指す。

 あまり使いたくなかったが、世界を救うためには、外道もやむなし。


「……ああ、俺は人だ。

 そして勇者である結城も人。

 覚えてるか? このゲームをやる理由を。

 負けた陣営の命を代償に、ゾンビ化の元凶を教えてもらうってことで、このゲームを始めた。

 このまま狼陣営が勝てば、大仲と藩出は生き残る。

 そしてゾンビ化の元凶が誰なのかを知る。

 だが、それまでだ。

 ゾンビ化の元凶を知ったところで、二人には解決できない。

 結城が生き残らないと意味ないんだよ。

 だから、頼む。

 俺を、人陣営を勝たせてくれ!」


 俺は頭を下げる。

 頭の上で、二人が息の飲む気配を感じる。


「……大仲さんに、投票していいですか?」


 藩出の問いに、大きくため息を吐いて大仲は答える。


「はあぁ、……しょうがないよね。

 二人だけで生き残っても、ゾンビ達をどうすることも出来ない。

 あの部屋で、どうせ餓死がしするだけだし。

 結城さんと別チームになった時点で、負けが確定してたのね」


「ありがとう二人とも!

 必ず結城とゾンビ事件を解決する。

 お前たちの命は無駄にしない! 約束する!」


 二人の説得に成功し、俺は感謝の言葉を述べる。

 生贄になって死ぬと思ってるためか、二人は悲しそうな笑顔を浮かべる。

 ループがあるので大丈夫だと、安心させる言葉を伝えたいところだが、それは出来ない。

 このゲームの主催者である神狼に、ループのことを知られるのはまずい。

 ループ前提でゲームをやってるとバレたら、変な条件を付け足される可能性がある。

 そのリスクは避けたい。

 だから、ループのことは、藩出たちに黙っておくことにする。

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