035 狼人遊戯の始まりです。


「諏訪を対価で払うことは出来ない。ついでに俺も無理。

 だから残りの三人の魂で、手打ちにしてくれないか?」


『……はっはっは! 自分と愛する者以外を全て売り飛ばすとは、なんとも外道な奴』


 神狼が勘違いして、俺をあざ笑う。

 俺と諏訪は、神狼が思うような関係ではない。

 しかし、あえて否定はしないでおく。

 神狼にループの存在を気付かれるよりは、誤解させたままの方が動きやすい


「なんとでも言え。俺は諏訪と生き残れれば、それで良いんだよ」


「……最っ低」


 大仲がゴミを見るような目で、俺を見つめる。

 他の女子達も、それぞれ思い思いの表情を浮かべている。

 ループを知らない面々は、俺が自分の命ほしさに仲間を裏切ったように見える。

 真意を話して、誤解を解きたいところだが、神狼にループを知られれば、交渉に悪影響が出かねない。

 だから、俺は甘んじて最低野郎の称号を受け入れる。

 心が痛いが、ほんのちょっと悪役になるだけで、世界が救えるのなら安いものだと、俺は割り切る。


「それで、俺の提案を受け入れてくれるのか?」


『……我にとっては好条件。

 だが、そのまま聞けば、我も外道に落ちる。

 それに他の娘らは納得しておらん様子。

 だからといって、その案を無下むげにもするのも惜しい。

 ここは一つ。遊戯ゆうぎで、にえを決めようではないか』


「遊戯? ジャンケンか、あみだくじでもやるのか?」


『……すぐに決まっては、きょうが乗らん。

 お前たちには、かし合いだまし合いをしてもらう。

 事と次第で、贄は二人になる事も三人になる事もある。

 どうだ? 悪知恵の働く外道に相応しいとは思わんか?』


「それだけじゃ、なんとも言えないな。

 その遊戯のルールを教えてくれ」


『……良かろう。決め事は一度しか言わん。

 しかと覚えるように。

 名づけて狼人遊戯ろうじんゆうぎ

 悪党の人が住む村に、神のめいで一匹の狼が人の姿に成りて潜入。

 狼は夜な夜な悪党を一人また一人と成敗していく物語だ。

 …………。

 人陣営と狼陣営の二つの陣営に別れ、それぞれの陣営の勝利を目指す。

 人陣営は、人になりすましている狼を見つけ出し、処刑できれば勝利。

 狼陣営は、人を狼と同数以下にすれば勝利。

 昼の番では、狼だと思うものを多数決で一人処刑する。

 夜の番では、狼が一人を選んでかみ殺す。

 どちらかの陣営が勝利するまで、この番を繰り返す。

 …………。

 人陣営の中には、特殊な能力を持った役がある。

 占師うらないし。夜の番に誰か一人を選び、その者が狼か人かを知ることができる。

 狼陣営には、人でありながら狼に味方するかしこき者がいる。

 賢人けんじん。賢人は占師に選ばれたときに、人と結果を返す。

 配役は、人二、占師一、狼一、賢人一。

 我が無作為むさくいに、振り分ける。

 負けた陣営は、我の贄になってもらう』


 神狼が長々と遊戯の説明を話した。

 簡単に言えば、人狼じんろうゲームだ。

 俺の知っている人狼ゲームだと、狼は悪者設定。

 だが、この遊戯では、狼は正義側の設定になっている。


 西欧と日本で、狼の捉え方が違うのがおもしろい。

 西欧では、豚や牛などの畜産業を営んできたため、狼は大切な家畜を食べる害獣。

 対して日本は、稲作を中心とした農業を営んできた。

 畑を荒らす鹿や猪を獲物とする狼は、農作物を守る益獣えきじゅう

 間逆の存在だ。


 日本人は森羅万象に神性を見出してきた。

 狼もご多分に漏れず信仰の対象にされた。

 その結果が、目の前の神狼というわけだ。


「おーけー。狼人遊戯で犠牲者を決めよう。

 人陣営が勝てば、狼陣営の二人が犠牲に。

 狼陣営が勝てば、人陣営の三人が犠牲になる。

 みんなも良いよな?」


 狼人遊戯をやるのかどうか全員に確認を取る。

 俺以外は、あまり乗り気ではない。

 やはり犠牲者がでてしまうことに後ろ暗さがあるのだろう。

 しかし、他に良い案もなく、しぶしぶ遊戯をやることが決まった。


 犠牲の数が二人だろうが、三人だろうが大した問題ではない。

 重要なのは俺と諏訪が揃って生き残るチャンスがあるかどうか。

 そして狼の提案した遊戯には、そのチャンスがある。

 同じ陣営になって、勝利をすればゾンビの元凶を知れる。

 その後で、ループをすれば、犠牲をチャラにできるのだ。


 円状に並べた椅子に俺達五人は座る。

 俺の左隣に諏訪、その隣が結城、大仲、藩出、そして俺で一周。

 準備が整ったところで、狼が開始を宣言する。


『……では遊戯を始める』


 周囲に光が集まり、俺達五人を包み込む。

 視界が白に染め上げられ、気付いたら別の場所に変わっていた。

 木造の建物、和風の部屋。

 それに全員の服装が変わっていた。

 ほぼ下着姿のボロボロだったのが、今はちゃんとした和服を着ている。

 女性陣の和服姿は、見慣れていないこともあり、かなり魅力的だ。

 俺達は、まるで江戸時代にタイムスリップしたような感覚を味わっていた。

 おそらくゲームを盛り上げるために、神狼が設定通りの幻を見せているのだろう。


 ざわつく俺達を無視して、神狼は告げる。


『……まずは配役。

 我が順に伝える。

 終わるまで静かに待て』


 そう言って狼は黙り込む。

 少し待ち時間があるようなので、俺は女性陣の和服姿を眺めて眼福がんぷくを味わう。

 ボロを着ていたよりも、圧倒的に素肌率は下がった。

 だが和服の方があでやかで、逆にエロさを増していると思う。


 俺が女性陣の和服を満喫していると、神狼の声が頭に響く。


『……この声は、お前にのみ聞こえている。

 まずは、お前の名を聞く。

 声に出さないで心の中でとなえよ』


『俺の名前は、上野悠真うえのゆうま


『……上野悠真。

 お前の配役を伝える。

 お前の役は人。ただの人だ』


 それだけを言って、すぐに無言になる。

 そして全員の配役を伝え終わった神狼は、遊戯の開始を告げる。


『……全員に役を伝え終えた。

 では一日目、昼の番、始め』


 話し合いは始まったが誰も口を開かず、全員が様子を伺っている。

 昼の番では、まず全員で話し合いをして、その結果を元に多数決で処刑者を決定する。


 五人という少人数なので、処刑の回数は少ない。

 一日目の昼で一人処刑。残り四人。

 夜に一人が噛まれて、残り三人。

 二日目の昼で一人処刑。残り二人。

 この時点で勝敗が決する。


 処刑の回数はどんなに多くても二回しかない。

 この二回で狼を処刑できなければ、人陣営の負け。


 そして俺は人陣営。

 人陣営の勝利を目指すが、ただ勝利しても意味がない。

 意味がある勝利にするための前提条件は、俺と諏訪が同じ陣営にいること。

 もし諏訪が狼陣営に振り分けられてしまっていたら、俺が勝利しても意味がない。

 諏訪が死んだ時点でループが発動してしまい、神狼から情報を聞き出すことができない。

 俺が負けて、諏訪が勝った場合でも同じ。

 俺と諏訪が揃って、勝利する必要がある。


 そんなことを考えていると、結城がすっと手を上げた。


「はい――」


 全員の視線が結城に集中する。

 そして、


「――黙ってても進まないから言うね。私は占師」


 結城は自分の役を告白した。

 人狼ゲームではこのことをカミングアウトComing Out。通称COしーおーという。


「良かったー。じゃあ僕と紗瑠しゃるさんは仲間ですね」


 藩出が安心したような表情でそう口にする。

 結城の告白をまったく疑っていない様子だ。

 しかし、これは狼人遊戯。騙しあいのゲーム。

 結城が嘘を言っている場合も考えられる。


「占師って、誰か一人の正体がわかるんだよね?

 結城さんは誰の正体を知ってるの?」


「え? し、知らないけど?」


 結城は大仲の質問に戸惑う。

 その慌てようは、嘘を見破られた狼のように見える。

 だが、おそらくはその反対。

 何も知らない本物の占師だろう。


 神狼は、夜の番に占いを行なうと言った。

 つまり初日の昼には、何の情報も持っていない。


「結城さん怪しいなー。もしかして嘘なんじゃない?」


 大仲が結城に疑いの目を向ける。

 諏訪と藩出もつられて、結城を怪しんでいるようだ。

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