034 巨乳好きのエロ大神さまです。


『……我を呼んだのは、お前らか?』


 頭の中に声が響く。おそらく目の前の狼が話しているのだろう。

 全員が呆然とする中、俺は意を決して口を開く。


「ああ、そうだ。偶然ぐうぜんだがな」


 まさか大仲の奇跡が狼を呼び出すこととは、夢にも思わなかった。

 しかし、この狼は只者ただものではないことは確か。

 まずは敵か味方かを探る必要がある。


『……偶然だと? 我を遊びで呼び出して、ただで済むと思っているのか?』


 狼の眼光が鋭くなる。その威圧感で鳥肌が立つ。

 もし巨大な前足が振るわれたら、俺の体は真っ二つに切り裂かれる。

 普通の人間なら、ビビってしまうだろうが、俺は違う。

 死んでもループすると分かっているので、怖気づく必要は無い。

 むしろ瞬殺しゅんさつしてくれた方が、じわじわ殺されるよりありがたい。


「呼び出したのは偶然だが、遊びじゃない。

 今、俺達は危機的状況にある。

 わらにもすがる思いで、色々やったらあんたが現れたんだ」


『……助けが必要ということか。……ん? その娘は』


 狼の視線が大仲に向けられる。

 大仲は巨大狼の前で、地蔵のように固まっている。

 しゃべることはまだ無理そうなので、代わりに俺が話す。


「こいつは大仲未音おおなかみおん。もしかして顔見知りか?」


 大仲の奇跡で呼び出された狼。

 何かしらの繋がりがあってもおかしくはない。


『……オオナカ。そうか、我をまつっている神社の』


 狼の雰囲気がやわらかくなった気がした。


 話を聞いて、ようやく狼の正体が分かった。

 大仲の家は神社で、この狼はそこの守護神しゅごしん

 まさに神。大神おおかみ


「……大神さま」


 呆けていた大仲がぽつりと呟く。その表情は歓喜に溢れている。

 自分の神社で祀っている神が姿を現したのなら、感動してもおかしくはない。

 このすばらしい出会いを祝ってやりたいところだが、今はそんな状況ではない。

 ゾンビをどうにかしないと、世界が滅んでしまうという大ピンチなのだ。


「それで、あんたは俺達を助けてくれるのか?」


 空気を読まずに、俺は狼に問う。

 大仲は邪魔されたことが気に触ったのか、俺をキッと、にらみつけた。

 俺はその視線を完全に無視する。


 とりあえず狼が敵ではないことが分かった。

 あとはこの狼が、どう役に立ってくれるか。

 もし役に立たないのなら、早々にお帰りいただく。

 こちとら猫の手も借りたいほど困っているのだ。

 役に立たないワンコロは、犬小屋で惰眠だみんむさぼらせるに限る。


『……願いを言え。その願いに応じた対価をもらう』


 狼がこちらを値踏みするように見つめる。

 ただで願いは叶えてもらえないらしい。

 払う対価がドックフードなら嬉しいのだが、そんなに安くはならない予感がする。


「周りにゾンビがいるのは分かるよな?

 俺達はそのゾンビをすべて元の人間に戻したい」


『……その願いを叶えることは可能だ。

 では、対価をもらうぞ』


 いきなりの先払い宣言に俺は慌てて止める。


「ちょっと待て! 払う対価はなんなんだ?

 場合によっちゃ、他の願いに変更するかもしれん」


『……ここにいる五人の魂をもらう』


 狼の言葉に全員がざわつく。

 つまりここにいる五人の命を払って、ゾンビ事件を解決させる、と言っている。

 色々と手を尽くして、他に解決手段がなくなったときの最終手段としてならアリだが、現状では、あまりに代償が大きすぎる。

 それに勇者である結城がいなくなってしまっては、今後起きる魔物事件を解決できなくなってしまう。

 そして諏訪のループが発動中の今、願いが叶うことはない。

 正確には叶うが、すぐに事件解決前に戻される。

 諏訪が死んだら、間違いなくループする。

 それでは意味がない。


「その対価を払うのは無理だ。願いを変更する」


『……良かろう。では、他の願いを言え』


 狼の視線、そして他の面々からの視線を浴びながら俺は思考する。


 ……事件解決をすべてやってもらうとなると、御代おだいが高くつく。

 もう少し安上がりなメニューを頼まなければ、こちらは破産。

 今、俺達が困っていることは、ゾンビの親玉が分からないということ。

 容疑者が多すぎて、対処不能に陥ってる。

 逆を言えば、親玉の正体さえわかれば、対処は可能になるはず。


「このゾンビ化現象を引き起こしている元凶げんきょう

 それが誰なのかを知りたい。

 あと願いを叶える前に支払う対価も教えてくれ」


『……良かろう。対価はこの場にいる一人の魂をもらう』


 五人から一人になって対価は安くなった。

 とはいえ誰かが人柱ひとばしらにならなければならない。

 本来なら、そんな犠牲を払えるわけがない。

 しかし、俺達にはループがある。

 誰かが犠牲になって、狼から情報を聞き出した後で、巻き戻しをすれば犠牲をなかったことに出来る。

 神様をだますという不信心ふしんじんな行いで、ばちが当たりそうだが、今はそうも言っていられない。


「分かった。その対価でかまわない」


 俺が狼との取引を承諾すると、人間側が動揺する。

 一番に牙を剥いたのは、結城だ。


「おに、上野! ちょっと、待って。

 それってこの中の誰かが死ぬってことよね?

 そんなの私は許さないから」


 俺は狼に少し待ってくれと言ってから、結城に向き合う。

 そして耳元で、狼に聞かれないよう小声で話す。


「……結城、大丈夫だ。誰も犠牲にはならない。

 俺を信じてくれ」


「…………」


 結城が俺の瞳を覗き込み、言葉の真偽しんぎを見極めようとする。

 そこに藩出が、手をバタつかせて割って入る。


「二人だけで内緒話をしないでください!

 僕達にも相談してください!」


「……分かった。信じる」


 結城はそう言うと、俺からすっと離れていく。


「ああ、すまん藩出。それでお前に頼みがあるんだが……」

「え? ぼ、僕にですか?」


 頼りにされて嬉しいのか、藩出の目がキラキラと期待に満ちる。


「お前の魂を、対価として払わせて欲しい」

「……え? それって……」


 藩出の表情が絶望に変わる。そして、


「それって上野くんは、この中で僕のことが、一番嫌いだってことですか?」


 藩出の言葉に、俺の胸は締め付けられる。

 まさか、そういう意味で捉えられるとは思ってもいなかった。

 嫌いだから死ねと言われた、そう思われたことがショックだ。

 俺が好き嫌いで、人の生き死にを選ぶような軽薄な人間だと思われてしまったことが残念でならない。


「藩出、違う。お前が嫌いってことは一ミリもない。

 むしろ……、今は違うな。

 俺は好き嫌いを抜きにして、お前が適任だと思った。

 ……それだけだ」


 俺や諏訪は死んだらループしてしまう。

 結城は勇者としての役目がある。

 大仲は狼を呼び出す奇跡を起こした。

 そして藩出。

 藩出はあまり役に立っているとは正直、言えない。


「……分かりました。

 僕の命で全てが解決するのなら、その役目を引き受けます」


 藩出の表情は浮かない。

 お前が好きだと、大声で叫びたいところだが、藩出の決意が揺らいでしまうと良くないので、ぐっとこらえた。


「待たせて悪かったな。

 願いの対価は、藩出由良はんでゆらの魂で払う」


 話がまとまったところで狼に向き直る。


『……その娘では駄目だ。そちらの娘の魂をもらう』


 狼の視線が藩出から、諏訪に移動する。

 まさかのり好みに、俺は慌てる。


「え? ちょっと待て。それは困る」


 諏訪が死んだら、その時点でループしてしまう。

 親玉の情報を得る前に巻き戻ったら、意味がない。


「それなら、先にゾンビの元凶の情報を教えてくれ」


『……駄目だ。先に対価を払ってもらう』


 狼は先払いしか、受け付けていないらしい。


 ……エロ狼め、一番の巨乳である諏訪を選ぶとは、けしからん!

 もしくはオーブが入っているから、魂がおいしそうに見えているのかもしれない。

 それならば大仲でも良いはず。

 結局は、身内びいきってやつだ。

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