032 親玉なんて楽勝です。



「さっき、変なお願いでも、何か意味がある。

 分かってるって言ってたよな?」


 怒りの目を向ける諏訪に問う。


「上野ちゃんが、ふざけるから怒ったんだよ。

 こんな時じゃなかったら、喜んだかもしれないけど……。今は別」


 頬を膨らませて怒る諏訪。だが逆にその仕草は可愛い。


「まあ、ふざけてるって思われても、しょうがないよな」

「え? ふざけてないの? 本気ってこと? それって……」


 諏訪の怒りが収まり、なにやら期待のまなざしに変わった。


 一般的に男が女の胸を触る場合、そこには性的な意味が含まれる。

 つまり相手を異性として、好きということ。

 俺が諏訪を好きだと、諏訪は思っているようだ。


 しかし、それは諏訪の思い違い。

 俺は諏訪の胸を性的に触りたいわけではない。オーブを体内に入れたいのだ。

 ただ、それだけ。

 オーブを見えない諏訪が勘違いしても仕方ない。


「分かった説明する。今この右手には、奇跡を起こす光の玉がある。

 この玉は、俺にしか見えない特別なモノだ。

 これを体内にいれることで、奇跡が起きる」


「ふえー?」


 諏訪は俺の右手を覗き込む。

 だが、オーブは見えていない様子。


「諏訪は覚えてないだろうが、一度お前は光の玉を体内に入れて、奇跡を起こしたことがある。

 その奇跡は、時間を巻き戻すループ。

 もしループが使えるなら、俺達が全滅してもまたやり直せる。

 だから、この玉を体に入れさせて欲しい。

 そのために、胸を触らせてくれ」


「……それって作り話じゃないんだよね?」


 諏訪が真意を確かめるように、俺の目を見つめる。

 俺は目を逸らすことなく、諏訪を見つめ返す。


「本当の話だ。俺がお前の胸を触りたいからって、作った嘘じゃない。

 触りたいだけなら、もっとマシな嘘をつく」


「そっか、てっきり今の状況に絶望して、エッチなことがしたくなちゃったのかと思ったよ」


 人間は死が迫ると子孫を残すために性欲が増す、と言われている。

 だが、俺にその実感はない。

 諏訪の胸を触るのは仕方ないことであり、俺が個人的に触りたいという訳ではない。


「まだ絶望はしてないから、安心しろ。

 それで、触って良いか?」


「……入れるのって、後ろからじゃダメなの? 背中は?」

「…………」


 諏訪の放った何気ない一言に、俺は言葉を失った。

 よく考えれば、前から入れろ、みたいな制限はない。

 俺の中の自覚できない性欲が、勝手な思い込みを作り出してしまっていたようだ。


「た、たしかに、背中からで良いな、あは、あはは。

 ……ゴホン! それじゃあ、背中を向けてくれるか?」


「ううん、上野ちゃんなら、前からでいいよ」

「えっ? ちょ、おま……」


 諏訪は俺の右腕を掴むと、自らの胸に押し当てた。

 俺の右手が深々と、諏訪の胸に沈み込む。

 と同時に、持っていたオーブが諏訪の体内に入り込んでいった。


「…………」


 諏訪は少し頬を赤らめて、俺の顔を見つめてくる。


「……あ、あの、もう。入ったから」


 いつまでも俺の腕を掴んで押し当ててくる諏訪に、ためらいがちに伝える。


「……わかった」


 諏訪の手から力が抜け、俺の腕は開放される。

 このまま何もせずに、胸から手を離すのは失礼だろうと思い、一揉みする。

 ……やわらかい。

 ちょっとだけ胸を堪能してから、俺は手を離した。


「どうだ? 何かパワーを感じるか?」

「うーん。……少し顔が熱くなった、かも?」


「それはたぶん関係ない。

 だが、これでひとまず保険はかけられた。

 あとループについては、二人だけの秘密だ。

 記憶の保持は俺と諏訪にしかできない。

 だからループを説明しても、他の人間には信じてもらえないと思う」


 厳密には真白も記憶を保持できる。

 だが、今はゾンビになってしまっているので除外する。


「うん! 二人だけの秘密ね。ふっふーん」


 諏訪は機嫌良さげに頷く。

 と同時に、扉の三人が叫び声を上げる。


「「「ああああああああああああああああああああ!!!!」」」


 三人はドタドタと荒い足取りで、俺達の方に近づいてくる。


「ちょっと、おに今、胸触ってたでしょ!」

「僕達を差し置いて、いちゃいちゃしないでください!」

「なんであなたが触ってるのよ! 私にも触らせなさい!」


 結城、藩出、大仲が、すごい勢いでまくし立ててくる。


「まあ、落ち着け! 大声をだして体力を消費させるな。

 ちゃんと理由があるから、聞いてくれ」


「何よ理由って?」


 結城は、信用できないと疑いのまなざしを向けてくる。


「俺が窓から出て、親玉を探してくる」

「待って。ここ二階よ?」


「ああ、分かってる。

 だけど、多少むちゃをしないと、今の状況は打破できない。

 そうだろ?」


「それは、そうだけど……」

「大丈夫だ。そのために、諏訪に祈ってもらってたんだからな」

「祈ってもらった?」


「俺が親玉を見つけて、無事に帰ってきますようにって。

 俺の手を自分の心臓に当てて、祈ってくれてたんだよ。

 そうだよな?」


「うん、そうだよん」


 俺が呼びかけると、諏訪は期待通りに頷いてくれる。

 それを見た結城、藩出、大仲の三人は、そうなんだと納得し怒りを納めた。

 これから死地しちおもむく俺を責める者はいない。


「そういうことだから、ちょっくら行って来る」


 俺はパンツに包んだオーブを、そっと自分の椅子に置く。

 オーブは基本的に、モノを透過して、その場に止まることはない。

 だが、オーブはパンツに包まれたまま大人しくしている。


 俺には、何も能力はないと思っていた。

 しかし、俺にも能力はあったようだ。

 それはオーブを捕縛する能力。おそらくウィスプも可。

 俺自身もしくは俺が触れたモノならば、オーブをその場に留めておくことが出来る。

 能力自体はまったく役に立たない。

 だが、やり方次第では何かに使えそうだ。


 俺は窓を開けて、二階から下を覗く。

 この高さならば、頭から落下しない限り死ぬことはない。

 あるとしたら、着地をミスって足をひねるぐらいだろう。

 振り返ると、見送りのために、みんなが集まっていた。


「ねえ? 本当に行くの?」


 結城が代表して、最後の確認をしてくる。

 その表情は不安げだ。藩出と大仲も心配している。

 ただ諏訪だけが違う。

 諏訪はループのことを知っているので、他のメンバーよりも表情は柔らかい。


「安心しろ。必ず俺は戻ってくる。

 諏訪に祈ってもらったし、心配いらない」


 諏訪のループがあるので、俺の気は楽だ。


「……でも」


 俺は、結城の不安を和らげるように、頭を優しく撫でる。


「大丈夫だ。俺を信じろ。

 ちゃちゃっと親玉を見つけて、軽くボコって捕まえてくる。

 その間、結城はみんなを守ってやってくれ」


「……うん、分かった。おに、気をつけてね」


「ああ、鬼気をつける。

 親玉が見つからなくても、一時間ぐらいで一度戻るから。

 それじゃあ、行って来る」


 俺は全員の顔を見渡してから、一段高い窓枠に足を乗せた。

 呼吸を整えて、飛び降りる心構えをする。

 よし、飛ぶぞ。と思ったとき、結城が俺の足元を指して叫ぶ。


「あっ! ムカデ!」


 窓枠に乗せた俺の裸足に向かって、ムカデが高速で近づいていた。


「頭! クモがいます!」


 藩出も追加で叫ぶ。


「ちょムカデ! 来るな! うげえクモ! 待てって! ……うわああああああああ!」


 俺は虫達に気を取られて、バランスを崩したままめちゃくちゃに飛んだ。

 どっちが空で、どっちが地面か分からない。

 視界がぐるぐると回る。

 俺の体はスピンしながら、落下する。


 地面への衝突と同時に、グギっと鈍い音が響く。

 どうやら俺は運悪く、頭から落ちたようだ。

 体がぴくりとも動かない。

 意識が、だんだん薄れていく。


 そして、俺は死んだ。

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