026 女子のズボンを脱がしたけどワザとじゃないからセーフです。


 最初、寝ている諏訪は部屋に残そうという話だったが、眠たい目を擦って起きたので、諏訪も一緒に行くことになった。

 女子六人と俺、合わせて七人全員でゾンビを確認しに部屋を出る。


「……なにこれ霧?」


 部屋を出た瞬間、小虎が呟いた。

 薄暗い廊下に、うっすらと霧のようなものが掛かっている。

 山は天気の変動が激しく、霧が立つことは珍しくない。

 しかし空調が整っている室内で、霧が立つことなどありえない。


「結城これは?」

「分からない。でも、ただの霧じゃない。いやな感じがする」


 何か知っているかと結城に尋ねる。しかし結城も分からないようだ。

 霧が立ち込める不気味な廊下を俺達は進む。

 進むごとに霧が濃くなっているような気がする。

 しかし結城と一定の距離まで近づくと、霧は霧散して消える。

 勇者の力が影響しているのか、結城は空気清浄機のようになっていた。

 この霧は魔物化と何か関係しているのかもしれない。

 そして境界線であるトイレの近くまでやってきた。


「誰かが倒れてる」


 小虎の言うとおりトイレの前に人が倒れていた。


「待て、不用意に近づくな」


 駆け寄ろうとする小虎を俺は制止させた。


「どうして? まさかゾンビかもしれない?

 あはは、そんなわけないって」


 俺の制止を笑い飛ばすと、小虎はうつ伏せで倒れている女子に駆け寄った。


「ねえ大丈夫? どうしたの?」


 小虎は声を掛けながら、女子の肩をトントンと叩く。

 すると女子から、うめき声がもれた。


 ……あ、これゾンビだわ。


 俺は一瞬で察した。

 そして次に起こりうる事態を想定し、行動に移る。

 具体的には、隣にいる結城の両耳に俺の指を突っ込むことだ。


「ちょっ! おに、上野! なんで耳に指を入れるのよ。

 くすぐったいよ。こういうのはふたりっきのときに……」


 結城は訳がわからずに顔を真っ赤にして抗議してくる。

 だが俺はかまわず穴に指を入れ続ける。


「結城、後は頼んだ」

「え? あいしてる?」


 結城は耳が聞こえないことを良いことに、適当にアフレコを入れて、一人で喜んでいる。


「ああ、あいしてるから、よろしくな」

「えっと、後は頼んだよ。マイハニー?」


 微妙に内容は違っているが、ニュアンスは近いので、とりあえず頷く。

 そこに藩出が、ちょっと不機嫌に割って入ってくる。


「あの! 二人でいちゃつかないで、貰えますか?」

「すまん。そんなつもりじゃない。藩出もとりあえず耳を塞ぐんだ」

「耳、ですか?」


 首を傾げる藩出。それでも俺の言葉を信じてそっと自分の耳を手で塞ぐ。

 その時、俺の耳にも誰かの指が差し込まれた。

 首をひねって後ろを見ると、そこには諏訪がいた。


「あたしが代わりに、上野ちゃんの耳を塞いであげるよん」


 と、諏訪はおそらくそんなことを言っている気がした。

 そうこうしている間も、小虎はうつぶせの女性に呼びかけている。

 そして、ようやくその時がやってくる。

 うめき声を漏らしていた女性が、ガバっと身を起こすと、小虎に飛び掛ったのだ。



 ――キャアアアアアアアアアアアアァァァァぁぁぁぁっ!!!!



 耳を塞いでいてもうるさい小虎の絶叫がとどろく。

 結城や俺は耳を塞いでいたので助かったが、諏訪と残りの二人は耳を塞いでいなかったので、かなりダメージを受けていた。

 諏訪の指が自然と俺の耳の穴から抜け落ちた。


「助けて! お願い誰か助けて! ひぃぃぃぃ」


 絶叫が収まり、小虎は涙目で助けを求める。

 ゾンビ化した女性は絶叫で活性化したらしく、緩慢かんまんだった動きが早くなっている。

 ゾンビはあっという間に小虎の上に覆いかぶさると、口からよだれをボタボタとたらしていた。


「結城!」


 俺がその名を呼ぶと、結城は廊下を駆ける。

 と同時に、手からは光の剣が生成された。


 小虎に覆いかぶさるゾンビを結城は光の剣で切り裂いた。

 ゾンビの体からもやのようなものがすうっと抜け出ていくと、元の人間の姿に戻った。

 女生徒は人間に戻ったが、意識は失ったままだ。


「誰か助けて。抜け出せない」


 小虎は女子に覆いかぶさられた状態で未だに身動きが取れない。

 小柄な小虎では抜け出すこともできないようだ。


「今助けてやる。おーし、引き抜くぞ。よいしょっと」


 小虎の両脇に腕を入れて、グイっと引き抜く。

 引き抜く際、洋服が引っかかったようだが、かまわず小虎を救出する。


「うえーん、怖かったよー。……ひっくっ……ひっくっ」


 小虎は子供のように泣きじゃくりながら、俺に抱きついてきた。

 裸の胸に小虎の涙が伝うと、少しだけひんやりした。

 俺はその頭を優しく撫でる。


「そうか、怖かったな。でも、もう大丈夫だ」

「おに、上野。少し言いにくいんだけどさ……」


 そこに結城が何かを言いたそうに、近づいてくる。

 一瞬、何かと考えたが、結城も兄である俺に褒めてもらいたいのだとすぐに察した。


「ん? なんだ? ああ、結城もよくやってくれた。偉いぞ、さすがだな」

「うん、えへへ~。……って、違う!」


 俺が頭を撫でるのを結城は目を細めて喜ぶ。だが、すぐにかぶりを振った。


「ん? 褒めて欲しいんじゃないのか?」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、そうじゃないの」

「結城は、何が言いたいんだ?」

「ええーと、そのパンツ見えちゃってる」


「……ん? 何を当たり前のことを言っている。

 俺は初めからパンツしか装備していないんだから、見えて当然だろう」

「おに、上野じゃなくて。小虎さんが」

「……え?」


 俺の胸で泣きじゃくる小虎の邪魔をしないように、そっと体を傾け下を覗く。

 小虎の穿いていたズボンはどこかに消え去り、パンツが丸見えになっていた。

 廊下を一緒に歩いていたときは、ちゃんとズボンを穿いていた。

 いったいどこでズボンが脱げたのか考え、一つの答えにたどり着く。

 それは女生徒の下から小虎を引っ張り出したときだ。

 あの時、小虎の服が何かに引っかかる感触があった。

 チラリと倒れている女生徒に視線を向けると、そこには小虎の穿いていたであろうズボンが見えた。


「結城、あの女生徒の下に小虎のズボンがある。悪いが取ってくれるか?」

「あ、ほんとだ」


 結城がズボンを拾いに行こうと一歩踏み出した瞬間、二つの悲鳴が響いた。

 その悲鳴の主は、諏訪来夢と藩出由良。

 二人は二匹のゾンビにそれぞれ抱きつかれて、身動きを封じられている。

 どうやら一緒に行動をしていた女生徒二人がゾンビ化してしまったようだ。


 なぜ二人が突然ゾンビ化したのか?

 たぶん原因は、この霧だろう。

 諏訪達の周りは、こちらよりも霧が濃くなっている。

 霧を祓っていた結城と距離が離れたためだ。

 一定以上、この霧を浴び続けるとゾンビ化する、で間違いない。


「結城、あの二人を助けるんだ」

「分かってる」


 結城は身を翻し、諏訪達の元に走る。

 すぐさま光の剣で切り裂き、ゾンビ化を治した。

 ゾンビ化が治った二人は、意識を失って倒れている。


 当初の目的は、俺の部屋に行ってゾンビの有無を確かめることだった。

 だが、こうしてゾンビがいることを小虎達に知らしめることができたので、その目的は達成できたといえる。

 いまさら俺の部屋に行く必要はもうない。

 このまま廊下を進めば、新たなゾンビと出くわす可能性があり、危険だ。

 それよりは、どこか安全な場所で、結城が全てのゾンビを倒すのを待つのが最善だろう。


 俺は自分の考えを整理しつつ、視線を結城へ向ける。

 泣いていた小虎も今は泣き止み、静かになっている。

 小虎の肩を掴んで、体を離そうとしたその時、うーうーとうめき声が再び聞こえた。

 そのうめき声の発生元は、先ほど結城によってゾンビ化を治されたトイレ前の女生徒だ。

 ゾンビ化が治ったはずなのに、ゾンビのようなうめき声を漏らし始めている。


「……まさか?」


 結城の光の剣によってゾンビ化は治った。

 いつもは光の剣で魔物を切るとウィスプがでるのだが、今回はもやのようなものがふわっと出て行っただけ。三人のゾンビが全員そうだった。

 いくらゾンビを治したとしても、再び霧を浴びればゾンビ化が再発する。

 根本の原因を解決しない限り、永遠にゾンビ化は収まらない。

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