024 深夜の女子部屋にパンイチで侵入です。


 諏訪が俺の腕から離れて、部屋の扉を開ける。

 部屋の中は廊下よりも、さらに暗い。

 和室に六つの布団が敷かれており、一番近くの布団が空になっていた。

 おそらく、そこが諏訪の布団だろう。

 諏訪は、もぞもぞと自分の布団にもぐりこんで行く。


「結城の布団はどれだ?」

「んん~、あっち~」

「あっちって、どっちだよ?」

「……すぅ~、……すぅ~」


 布団に入った諏訪は、一瞬で眠りについた。

 おそらく寝たフリではなく、マジ寝だ。

 案内役の諏訪が寝てしまったことだし、あとは勝手に結城を探すことにしよう。


 残りの五個の布団のうち、一つに結城が寝ている。

 間違って違う女生徒を起こしてしまうと、騒ぎになるので、静かに顔を見回って結城を探すことにする。


 なるべく音を立てずに、諏訪の隣の布団に移動する。

 布団から頭は出ている。しかし髪が顔を覆って、誰かを判別ができない。

 布団を剥ぎ取って体のシルエットを見れば、誰なのか分かるかもしれない。

 だが、そこまでしたら間違いなく起きる。

 そこで結城じゃなかったら、取り返しがつかない。


 俺は顔を覆っている髪をそっと指でわけて、寝ている人物の顔を確認した。


「……あ、かわいい」


 俺の口から、その言葉が自然と漏れた。

 顔を髪で隠して寝ていた人物は、藩出由良はんでゆらだった。

 彼女は、胸が小さいことを気にしており、それが影響して自分は可愛くないと思い込んでいる美少女だ。

 デュラハン事件以降、少しだけ自信を取り戻し、前髪が短くなり顔を見せるようになった。

 最近、クラスの男子達が「なんか可愛くね?」と噂をしている。


「んん~」


 藩出は、俺の手を払いのけて、再び髪で自分の顔を隠した。

 目を覚ましたわけではなく、無意識の行動のようだ。


 俺はさらに奥の布団に移動しようと、腰を浮かせた。

 その時、部屋の扉がガタガタと音を立てた。

 誰かが扉を開けようとしている。

 

 ――先生が見回りに来た!


 俺はすぐに理解した。

 先生に見つかるのは非常にまずい。

 どこかに身を隠さなければ、ジ・エンド。

 パンツ一枚の俺が見つかれば、退学では済まずに、警察にいく可能性もある。

 客観的にみれば、今の俺は女子を襲いにきた変質者だ。


 しかし、身を隠す場所がない。

 部屋には押入れがある。走れば間に合うだろう。

 でも、暗闇で走れば布団で寝ている女子を踏む可能性がある。

 踏んづけて起こしては、見つかってしまう。


 ここは誰かの布団の中に潜り込んでやり過ごすしかない。

 だが俺が布団に潜り込めば必ず、その女子が目を覚ます。

 今の俺の状況を理解しており、目を覚ましても問題のない人物。

 つまり諏訪の布団に入って、ピンチを切り抜けることにしよう。


 俺は急いで諏訪の布団に移動し、いそいそとその布団の中に潜り込んだ。

 布団の中は、甘い香りがした。

 頭が外にでないようにしながら、なるべく諏訪に体を寄せる。

 諏訪が横向きなので、背中から抱きつく感じだ。

 そうすることで布団のもっこりを一つにして目立たなくできる。


 諏訪は「ううん」と小さく唸っただけで、起きることはなかった。

 俺が布団に侵入すると同時に扉が開いた。

 入り口から、人が近づく気配を感じる。

 少しすれば、立ち去るだろうと思ったが、なぜか気配が去る様子はない。

 じっと、布団の側に立ちこちらの様子を伺っている感じだ。


 ……もしかして、俺がいることがバレてる?


 そんなことを思っていると、謎の人物は俺のいる布団に体を潜り込ませてきた。

 一つの布団に諏訪、俺、謎の人物が入っている。

 川の字というか、ひらがなの「く」が三つ。「くくく」と並んでいる状態だ。


 ……どんな状態だよ!


 この闖入者ちんにゅうしゃは、見回りに来た先生ではない。

 先生は全部の部屋を見回らないとならない。

 こんなおふざけで時間を潰してはいられないはずだ。

 だとすると、俺と同じ生徒。


 闖入者は俺の背中に身を寄せる。

 俺の背中にやわらかい脂肪の塊が押し当てられた。

 胸があるということは、後ろの奴が女子だということは分かる。


 隣の部屋の奴が寝ぼけて、部屋を間違えた可能性がある。

 早く部屋が違うことに気付いて、出て行って欲しいのだが、なかなか闖入者は去らない。

 それどころか、腕を回して俺の体に抱きついてくる。


 腰に回された手が、俺のお腹を撫で回した後、だんだんと上に滑っていく。

 その、いやらしい手は、やがて俺の胸に到達する。

 がっしと力強く揉まれる俺の胸。

 揉まれるといっても俺は男なので、掴める脂肪はほとんどない。


「違う!」


 闖入者がはっきりと声を出した。

 寝ぼけて間違えていたわけではなく、故意の犯行だったようだ。

 闖入者は布団から飛び出して、諏訪と俺の布団を剥ぎ取った。


「な、なんで男が、諏訪さんの布団の中にいるのよ?」


 パンイチの俺を見て、驚いていたのは大仲未音おおなかみおんだった。

 大仲は巨乳好きの女子だ。

 本人もなかなか良いスタイルをしているが、自分の胸よりも他人の胸の方が好きらしい。

 諏訪の巨乳を虎視眈々こしたんたんと狙う飢えた狼。

 しかし結果は、失敗に終わることが多い。

 今回も諏訪の巨乳にはありつけず、俺の胸を間違って味わってしまった。


「あまり大きい声を出さない方がいいぞ、大仲未音」


 俺はゆっくりと立ち上がり、大仲を見据えた。

 大仲に見つかり、心臓がバクバクだが、冷静を装う。

 諏訪は相変わらず眠ったままだ。


「どういうこと?」

「ふん、わからないのか?」


 俺はワザともったいぶるような言い方をした。

 俺と大仲は、共に侵入者だ。お互い騒ぎになるのことは避けたいと思っている。

 しかし、大仲は女、俺は男。

 騒ぎになったときに、俺の方がダメージが大きいのは間違いない。

 そのことが大仲に知られれば、主導権を与えてしまう。

 俺の方が優位だということをほのめかし、主導権をこちらが握ることで、安全を確保する。


「まさか、私が来るって分かってたの?」

「ふっ、気付いたようだな」


 大仲が勝手に悪い妄想をする。俺はそれに乗っかる。


「そう。私の行動はあなたに読まれていたのね。それで?

 私をどうするつもり? 先生に突き出す?」

「諏訪は大事おおごとにすることを望んではいない。

 お前がこのまま静かに部屋をでていくのなら、こちらは何もしない」


「わかった。出て行く。

 でも、一つだけ質問良い? どうしてあなたは半裸なの?

 いくら待ち伏せといっても半裸で同じ布団に入るのは。

 ……その、どうなの?」


 大仲の視線が俺の全身を舐めるように上下する。

 股間と胸で一時停止した後、俺の顔に視線が戻った。


「答えは簡単。暑いからだ。

 一つの布団に二人で入ると、予想以上に暑くなる。

 だから、脱いだ。諏訪を脱がせるわけにはいかないからな」


「納得した。

 諏訪さんの胸を直接見て、理性を保てる人間はこの世にいない。

 私もどうなるか分からない。

 男のあなたなら、なおさらね」


「いや、お前と一緒にすんな。俺は理性を保てる。

 そんなことより、話は終わりだ。

 とっとと部屋を出ていけ」


 いつまでも大仲と問答をしていたら、他の寝ている女子が起きてしまう。

 早いところ大仲を部屋から追い出したい。

 そんな俺の思いとは裏腹に、大仲は言葉を続けてくる。


「ねえ、取引しない?」

「なんだよ取引って」


「あなたに私の胸を触らせてあげる。

 だから、ちょっとだけ諏訪さんの胸を揉ませて」


 大仲は自分の胸を両手で持ち、強調してきた。

 諏訪には及ばないが、大仲もかなりのモノを持っている。


「どんだけ、諏訪の胸が揉みたいんだよ。

 自分ので我慢しろ。却下だ。去れ」


「自分のじゃダメなの。

 ねえお願い。じかに触っていいから。

 お願いお願いお願い!」


「必死だな!

 俺に頼むんじゃなくて、直接、諏訪の許可を貰え。

 こんな深夜に、こそこそ触りにくるんじゃなくて。

 女同士なんだから、触り合いしましょ? でも言えばいけるだろ」


「もう、分かったよ。諦めて帰る」

「最初から、分かっとけ」


 俺の言葉に肩をすくめて答えると、大仲はようやく部屋を出て行った。


「ふう。やっと闖入者ちんにゅうしゃを追い払えた」


 一息ついていると背中を、ちょんちょんと誰かに突っつかれた。

 俺は諏訪が起きたのかと、振り返る。


「ああ、すまん起こし……」


 俺は言葉を失う。

 そこに立っていたのは、諏訪ではなかった。

 この部屋で寝ていた別の女子。

 藩出由良はんでゆらでも結城紗瑠ゆうきしゃるでもない。


 小虎嵐舞ことららんま

 ニックネームは響きが似ているということで「チョモランマ」。

 それを短くして「チョモ」と一部からは呼ばれている。


 チョモランマは、エベレストのチベット語バージョン。

 簡単にいえば、世界一高い山のこと。

 当の本人は小学生なみの身長なのに、ニックネームは世界一高い山が由来ゆらい

 はたから見ると皮肉ひにくに思えるが、本人は気に入ってるようだ。


 そんな小虎は俺のパンイチ姿を見た後、大きく息を吸い込む。

 そして、


 ――キャアアアアアアアアアアアアァァァァぁぁぁぁっ!!!!


 天地がひっくり返りそうな悲鳴を上げた。

 鼓膜が破けそうになるほどの大音量。

 目がちかちかして、頭がくらくらする。


 例えるならマンドラゴラの叫び。

 マンドラゴラは人のように動き、引き抜くと悲鳴を上げ、その声を人間が聞くと発狂して死んでしまうという伝説がある植物だ。

 そんな伝説があるマンドラゴラだが現実世界に存在する。

 ナス科の植物で根に毒があり、地中海地方に生育している

 もちろん現実では歩いたり悲鳴を上げることはない。


 そんな雑学は今はどうでもいい。

 絶叫を聞いた俺は、意識が幽体離脱でもするかのように、体の外に吹き飛ばされた。

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