023 スニーキングミッションです。


 廊下に飛び出した俺は、深く息を吐いた。

 そして、すぐさま肺に新鮮な空気を送る。

 部屋の中は腐臭が漂っており、無意識に息を止めていた。

 そのため頭が、ぼうっとしている。

 何度か深呼吸をして、頭を覚醒させる。


 部屋の扉が内側からバンバンと叩かれた。だがゾンビ達が出てくる気配はない。

 ゾンビ達には自分で扉を開ける知能は残っていないようだ。

 そのことは良かった。

 しかし、別の懸念事項けねんじこうが発生していることに気付く。


 それは今、俺がパンツ一丁だということだ。

 ゾンビ達に服をつかまれ、それを力任せに振り払った。

 結果、上下の服が見事に剥ぎ取られてしまった。

 ここはパンツだけでも残っていて良かったと、前向きに考えておこう。

 しかし、今の俺は深夜にパンイチで歩き回る不審者なのは間違いない。

 誰かに見つかる前に、さっさと結城の元に向かおう。


 廊下は小さな光が点灯しているだけで、かなり薄暗い。

 だが、それは今の俺には好都合だった。

 遠目に見られても、パンイチだとは気付かれにくい。

 俺は結城のいる女子部屋エリアに向かって歩き出した。


 時折、トイレに起きた生徒達とすれ違ったが、何事もなかった。

 背筋を伸ばして堂々としてれば、パンイチだとは気付かれにくい。

 変にこそこそする方が、逆に不審者に思われる。

 そして男子部屋と女子部屋の境界線であるトイレ前までやってきた。


 トイレを通り過ぎれば女子部屋エリアだ。その先に結城がいる。

 だが、俺の足はそこでぱたりと止まってしまった。

 結城がどの部屋にいるか分からない。

 分からないのに、無闇に女子部屋エリアを歩き回るのは危険すぎる。

 男子部屋エリアなら、先生に見つかってもギリセーフ。

 寝ぼけてパンイチできちゃいました、てへっと笑えば許される。

 だが女子部屋エリアは間違いなくアウト。


 俺が間抜けだから、結城の部屋が分からないというわけでない。

 すべての男子に女子部屋の情報が秘匿されているのだ。

 どの女子がどの部屋にいるかは、男子達には秘密にされており、部屋に入るまで誰がいるか分からない。

 端から順に入るにしても十個以上の部屋がある。

 2、3個部屋を巡れば、起きている女子に間違いなく見つかる。

 そして先生に連絡されてジ・エンド。


 何か良い策がないか思案していると、女子トイレから一人の人物が出てきた。

 俺は気付かれないように息を殺し、そっと壁際に身を寄せて隠れる。

 薄暗くて顔は分からない。だが俺はその人物が誰かがすぐに分かった。

 どこを見て分かったのか、それは胸だ。

 その女子を横からみたシルエットを俺は見たことがあった。

 俺はふらふらと歩く女子を追いかけ、その肩に手を置いた。


「諏訪、ちょっと良いか?」

「ふえ? あー上野ちゃんだ。おはよ~」


 諏訪は寝ぼけているのか、ふらふらと体と胸を揺らしている。


「残念だがまだ夜。それも深夜だ」

「そうなんだ~。あれ、上野ちゃんどうして裸なの?

 もしかしてあたしを襲うの? きゃあ食べられちゃうよ~」


 諏訪は自分の体を抱きしめ、嬉しそうに笑う。


「……食べられたのは俺の方だよ」

「え? 今なんて言ったの? 上野ちゃん」

「ああ、なんでもない。俺が裸の理由だったな。

 これは裸に見えるが、そうじゃないんだ。

 裸に見えるTシャツを着ている。

 いわゆるジョークTシャツという奴だ」

「へえ、そうなんだ~」


 諏訪は俺の胸に手を置くと、乳首を摘んだ。


「おぅふっ!?」


 俺の口から、空気が漏れた。


「すごいね。手触りとか本物みたいだよ~」

「立体プリントされてるからな。……ぅんっ。リアルだろ?

 それよりも……あんっ。

 いい加減、乳首をいじるのをやめろ!」

「あはは、ごめんね。なんだか楽しくなっちゃって。それで何かな?」


 俺の乳首が諏訪から解放され、気を取り直して本題に入る。


結城紗瑠ゆうきしゃるがどこの部屋にいるか教えて欲しい」

「結城ちゃん? それならあたしと同じ部屋だよん」

「まじか! なら、一緒に連れて行ってくれないか?」

「うん、いいけど。結城ちゃんになんの用があるの? こんな夜遅くに……」


 諏訪が俺に疑いの目を向ける。

 禁止されてる女子部屋に男子が訊ねる、それも深夜。

 いくら諏訪がボケボケでも、不審に思ったようだ。

 ゾンビが現れたから退治してくれ、とお願いしに行くとは言えない。

 諏訪にはモンスターに関する記憶がない。

 だからゾンビなんて非現実的な話は通用しない。


「あ、ええと……。昼間、結城に自販機のトコで100円を借りたんだ。

 その時に今日中に返せって言われてたんだけど、すっかり返すのを忘れちまって。

 さっき思い出したんだよ。

 日付は変わったけど、今ならギリセーフかなって思ってさ」


 もちろん100円を借りたことは嘘だ。

 さらに返すといっても俺にち合わせはない。

 パンツ以外に装備品も持ち物もない。

 財布は部屋におきっぱなしになっている。

 パンツの中に金がつく玉はあるが、残念ながら換金はできそうにない。


「そうなんだ。よかったら、あたしが代わりに返しておくよん?」

「ああ、それはありがたいんだが、直接俺の手で返したい。

 100円でも金は、金だしな。

 別に諏訪がネコババするかも、とか思ってるわけじゃないからな」

「うん、分かってるよん。上野ちゃんは真面目だからね。

 じゃあ一緒に行こう。

 誰かに見つかっても、あたしが絶対に守ってあげるから安心してね」


 そう言って諏訪は俺の腕に抱きついてきた。


「それは助かるが、どうして腕に抱きつく?」

「誰かに見られた時に、一人じゃ歩けないから支えて部屋まで行く途中だって言えば、それっぽい言い訳になるでしょ?」

「たしかに、それはナイスないい訳だ」

「えへへ、でしょ~?」


 俺と諏訪はゆっくりと歩き出した。

 腕に抱きつかれた状態だと、かなり歩きにくい。

 ゆるい二人三脚をしている気分だ。


 俺の意識はどうしても抱きつかれた腕に向く、それもあいまって歩きにくさを増していた。

 諏訪が俺の腕を抱きこむ形で掴んでいる。

 すると俺の腕には、自然と諏訪の胸が押し付けられることになる。

 押し付けられた胸がいつも以上にやわらかい、ふわふわだ。


 おそらくブラをつけていない。薄衣一枚。

 これは直接、肌と肌を触れ合わせているといっても過言ではない。

 俺の腕の型でも取るように、諏訪の胸に深く深くめり込んでいる。

 その様子が、まるで小さいスライムに腕を捕食されているように思えて、少しだけおかしかった。


「上野ちゃん、どうかした?」

「いや、胸が当たってるなーと思って」

「……上野ちゃんのエッチ」

「俺はただ事実を述べただけだ。そこに特定の感情は存在しない」

「じゃあ、嫌なのん?」


 諏訪はさらにぎゅっと胸を押し付けて、上目遣いで訊いてくる。


「別に、嫌じゃない。むしろ嬉しい」

「なら、ウィンウィンだね」

「難しい言葉を知ってるな。諏訪も今の状況が嬉しいのか?」

「上野ちゃんが嬉しいと、あたしも嬉しくなるんだよ」


「なら、俺が悲しいと、諏訪も悲しくなるのか?」

「もちろん、そうだよ」

「なんだか、二人分の感情が俺にのしかかってるみたいで、重いんだが」

「大丈夫、上野ちゃんなら耐えられるよん」


「そこは、他人事ひとごとなんだな」

「……すぅ~、……すぅ~」

「都合が悪いからって、寝たふりするな」

「えへへ、ばれたか」

「いいから、諏訪の部屋へ案内してくれ」

「すぐ、そこの部屋だよ」


 ようやく目的地に到着した。

 諏訪に抱きつかれた状態で歩いてきたので、予想以上に時間が掛かった。

 もし普通に歩いていたらなら、一分も掛からなかっただろう。

 結局、他の生徒と出会うことはなかったし、ちょっとだけ損をした気分だ。

 まあ、諏訪のふわふわボディを存分にエンジョイできたので、プラマイゼロということにしておこう。

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