Lv.3 アンデッド狼人

022 一緒の布団でドキドキです。


 誰かが布団に忍び込んできた気配で、俺は目を覚ました。

 時刻は、おそらく夜の零時を過ぎている。

 ここは校外学習でやってきている山の中の宿泊施設。その一室。


 昼間は山の中を歩きまわって疲れたから、早く寝ようと思っていた。

 しかし、安藤の熟女談義につき合わされ、なかなか寝させてもらえなかった。

 俺がプレゼントした熟女本が、よほど嬉しかったのは分かるが、興味ない話を一時間以上も聞かされるのは拷問だ。

 だが、安藤の熟女本に命を救われたので、その拷問を甘んじて受けた。


 安藤から解放され、ようやく眠りにつけたのに、それを邪魔されて俺は不機嫌になる。

 俺はぶっきらぼうに、侵入者に言葉をぶつけた。


「誰だよ?」

「……お兄様、来ちゃいました」


 可愛らしい声と、シャンプーの良い香りで、俺の眠気は一気に吹き飛んだ。

 布団にもぐりこんできたのは、真白桜璃ましろおうり

 彼女は魔王の生まれ変わりで、俺はその魔王の兄。

 普段の彼女は無口で近寄りがたいが、俺と二人きりになると途端に甘えてくる。

 いつもは部室で二人きりになれるが、今は校外学習に来ている為、二人きりになれる場所も時間もない。基本的に男女は別々に管理される。


 深夜の男子部屋に、女子が忍び込むというのは明らかなルール違反。

 先生達に見つかれば、停学処分もありえる危険な行為だ。

 その危険をおかしてまで、俺に会いに来てくれた真白。

 そんな彼女の想いを無下むげにすることなど不可能。


「俺もちょうど会いたいと思ってたところだ。

 まさか真白から来てくれるなんて、夢みたいだ。

 嬉しいよ、ありがとう」


 俺は真白の綺麗な黒髪を優しく撫でる。

 真白は安心したように笑い、体の緊張を解いた。

 男子部屋に忍び込む禁忌をおかしたのに、大好きな兄に拒否されたらどうしようという不安があったのだろう。それが解消できたようだ。


「お兄様が喜んでくれて、私も嬉しいです」


 真白が頬を紅潮こうちょうさせる。

 同じ布団で密着していると、真白の息遣いまで聞こえてきて、ドキリとする。

 だからといって、距離を離すわけにもいかない。

 同じ部屋には、安藤を含めた他の男子達も寝ている。

 そいつらに気付かれて、騒ぎになるのはまずい。

 このまま同じ布団で密着して、小声で会話をする必要がある。


「今日は歩き疲れただろう?

 本当は俺の方から、真白に会いにいけば良かったんだが、先生の目が厳しくて」


 先生達は、男子達の動向に敏感だ。

 女子風呂をのぞこうとしたり、女子部屋に侵入するやからを鋭い目で監視している。

 反対に女子達に向ける監視はザルだ。

 だから、真白は男子部屋へ簡単に侵入できた。


「そのお気持ちだけで嬉しいです。

 私のために、お兄様が危険な目に会う必要はありません」

「だからって、真白もあんまり無茶はするなよ。

 こうして男子部屋に来るのも結構、危ないんだからな」

「分かっています。でも、どうしてもお兄様に会いたくて……」


 目を伏せる真白。

 きっと兄に会いたい気持ちが溢れて、寝付けなかったのだろう。

 真白が兄を愛する気持ちは本物だ。

 俺はその気持ちを大切にしたいと思う。

 しかし、どこかで重荷に感じてしまっている。


 美少女のクラスメイトが無条件に俺を愛してくれる。

 男としては、飛び上がるほど嬉しいシチュエーション。

 まるで夢のようだ。

 ……そう、夢。現実感が無い。

 砂上さじょう楼閣ろうかくのように、いつか崩れ去るような予感がする。


 それは俺が魔王としての記憶が一切ないからだ。

 妹と兄がどんな関係だったのかは、今の真白の言動から察する以外に方法はない。

 俺は真白が望んでいる兄を演じている。

 俺が真白を妹として愛しているかと問われた時、言葉上では愛していると言うだろう。

 しかし本音の部分では……。


「そうか。真白は甘えん坊だな」


 兄のぬくもりを求める妹に優しく微笑む。

 真白は、小さくハイと返事をすると、身を寄せてきた。

 俺はその背中に手を回して、真白の顔を自分の胸に抱いた。


「お兄様の心臓の音が聞こえます」


 胸の中で真白が小さく呟く。

 女子と一緒の布団に入っているのにも関わらず、俺の鼓動は落ち着いている。

 俺は真白を異性としてみていない。妹としてみている。


 それからしばらくして、真白は寝息を立て始めた。

 このまま寝かせてやりたいが、いつ先生が見回りにくるか分からない。

 真白がここにいることが、見つかればまずいことになる。


「真白、起きろ。そろそろ自分の部屋に戻るんだ」


 眠る真白の頭を優しく撫でる。

 すると、撫でた部分の髪の毛がごっそりと手にまとわりついてきた。


「うわっ。なんだこれ?」


 暗くてよく分からないが、真白の綺麗な髪はその潤いを完全に失っている。

 指で髪を擦ると、砂のように小さな粒子になってパラパラと落ちた。

 まるで何十年も陽に当てられて、化石になってしまった糸のように。


 視線を落として真白の頭部を見る。

 俺が撫でた部分の髪の毛がすべてなくなっており、頭皮があらわになってしまっていた。

 頭皮の一部も髪の毛と一緒に剥がされて、血がにじんでいる。


「おい、大丈夫か」


 真白を引き剥がし顔を覗く。

 そこには、しわくちゃのババアがいた。

 透き通るように白い肌をしていた真白はいない。水分を失った枯れ木のような手足。

 だが、そのババアを良く見ると、真白の面影はある。

 口元に手をかざしてみるが、呼吸をしている様子はない。


「し、死んでいる」


 俺は布団を跳ね除けて、立ち上がった。

 暗闇の中に、気配を感じて部屋を見る。

 同室の男子達が突っ立っていて、俺はびくりと体を振るわせた。


「うわ、なんだよ。びっくりした」


 男子達はうめき声を漏らして、ゆらゆらと体を揺らしている。

 俺は部屋の明かりを点灯させた。

 暗闇になれていた目が、眩しさで白く染まった。

 やがて瞳孔どうこうが適切に調整され、俺の視界は正常に戻る。


「…………」


 立っている男子達は、俺の知っている奴らではなかった。

 全員が老人。いや、ゾンビやアンデット。

 そう言った方が適切だと思われるモノに成り果てていた。


 これは魔物化だ。

 魔王である真白が無自覚に放出するウィスプ。

 それを体内に取り込んでしまうと魔物化してしまう。

 いつもなら、魔物化するのは一人。だが今回は違う。

 俺以外の部屋にいる全員が魔物化してしまっている。

 それは魔王である真白も例外ではない。


 魔物化の原因は魔王である真白だ。

 しかし、真白は自分が魔物化を起こしていることを知らない。

 知ったとしても、魔物化が解決されると、そのことを記憶から無くしてしまう。

 魔物化に関しては、一般人も魔王も同列。

 唯一対抗できるのは、勇者とその兄。

 勇者である結城紗瑠ゆうきしゃるに、光の剣で魔物化を治してもらわなければならない。


 その考えに至ると、俺の足元で死んでいた真白がゆっくりと立ち上がった。

 うーうーと老婆のような汚いうめき声を漏らしている。

 頭の半分をハゲ散らかした真白は、突如として俺に飛び掛ってきた。

 ぐわっと大きい口をあけて、噛み付こうとする。

 俺は真白の顔を掴み、そのまま突き飛ばした。

 その際に、髪が手に巻きついて、さらに真白のハゲが広がった。


「すまん。許してくれ」


 手についた髪の毛を、ほどきながら俺は謝った。

 真白は派手に転倒して、大きい音を立てた。

 それがきっかけになり、他のゾンビ達も次々に襲いかかってきた。

 俺は手足を掴むゾンビ達を振り切って、部屋の外に逃げた。

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