021 最後は勇者の出番です。


 目の前の藩出がゆっくりと目を開いた。


「藩出? お前は藩出由良なのか?」


 俺が藩出の肩に手を添えながら質問をする。

 藩出とキスをすれば、藩出の意識が戻ると言われていたが、それが本当になったのかを確認する必要がある。


「……あのあの、これはどういう状況ですか?

 私に何をする気ですか?」


 顔を赤く染めて、あたふたする藩出。

 この初々しさは、間違いなく藩出だろう。

 俺は成功したことに安堵する。


「何をするって、もうし終わった後だぞ」


 俺がそういうと藩出は、はっと息を呑んで口元を押さえた。


「ああそうだ。でも、これは仕方なかったんだ。

 また一緒に階段から落ちるって手もあった。

 だけど、それは危険だ。怪我をするかもしれない。

 それなら安全なキスの方が良いってわけだ。

 それにお前はほぼ眠ってるみたいなものだったし覚えてもいないだろう?」


「……そういえば、ここはどこですか?

 たしか屋上の階段で落ちて、それから……」


「その翌日だ。お前はほぼ丸一日、時間が飛んでる。

 その間、お前の体にはもう一人のお前が入っていた」


 本当はもう一人の俺なのだが、ややこしいのでそこは伏せる。


「もう一人の私?」

「もう一人の藩出は僕っ娘だったぞ。

 髪型も変えたことだし、お前も僕っ娘になるのはどうだ」

「……髪型? あっ……」


 藩出は不思議そうに手を髪に触れる。

 そして前髪の編み込みに手を触れた。

 そして恥ずかしそうに自分のおでこを両手で隠す。


「うー。恥ずかしいです」

「デコ出しの藩出は可愛いぞ。

 それはそうと、まだやることが残ってるんだった。

 悪いけど、藩出はそこで寝てる大仲を見ててくれないか。

 見てるだけでいい。起こさなくていいぞ」

「起こさなくていいんですか?」

「ああ、もし起きたら襲ってくる可能性がある。

 そのときは逃げてくれ」


「な、なんで襲ってくるんですか?」

「それは大仲が狼女だからだ」

「狼女?」

「お前と同じ、魔物化した人間だ。

 分かったなら、そっとしておいてくれ。

 俺は魔物化を治せる奴を学校から呼んでくる」


 藩出が頷くのを確認すると、俺は急いで学校に走った。

 校門を抜け、校舎を見上げる。

 屋上には一人の女生徒がぼんやりとグラウンドを眺めていた。

 俺は上履きに履き替え、屋上に向かった。

 重たい鉄扉をあけて、屋上に出る。


 女生徒が俺に気付き振り返る。


「上野? あんたなの? 私を呼び出したのは?」


 結城が批難の声を上げる。

 少し待たせてしまったようだ。

 結城の机に手紙を入れて、あらかじめ呼び出しておいた。


「ああ、すまん。ちょっとヤボ用で遅れた」

「じゃ、じゃあ、本当にあんたなんだ。それで告白したいことって何?」


 結城はしおらしく尋ねる。


「俺はお前が! お前のことが!」

「ちょっと待って、待って。まだ心の準備が!」


 結城は俺の言葉を遮る。

 早く結城を公園に連れていかなければ、大仲が目覚めてしまう。


「いいや。待たない。俺の話を聞け」


 俺は結城に迫り、その肩を掴む。


「ちょちょちょ上野。なになに。いつもの上野らしくないよ。

 いつもの上野はもっと不真面目なのに」

「お前の中の上野像がどうなんてるか知らんが、俺はいつだって真面目だぞ」

「わかった。わかったから、顔を近づけないで」


 顔を真っ赤にした結城が、泣きそうになりながらお願いする。


「お前が俺の話を聞いてくれるのなら、離れる」

「うん、聞くから。ちゃんと聞くから」


 俺は肩を離して、結城から数歩下がる。


「告白なんだが、別にお前のことが好きって話じゃないから勘違いすんなよ」

「は?」


 恥ずかしそうに顔を赤らめていた結城が、急に真顔になる。

 それから肩を落として、呟く。


「なんだ。そうだよね。それでなんの告白なわけ?

 今からあんたの特殊性癖でも聞かされるの?」

「実は、俺はお前の兄なんだ」

「……え? それってどういう」

「お前が勇者ってことは知っている。光の剣を使えることも。

 そしてこの前のスライムを退治したのはお前だ。

 魔物化でウィスプを切ったとき、魔物化事件について一般人は記憶を失う。

 だが、俺は勇者の兄なので、記憶は保持される。

 どうだ、信じてくれたか?」


「……おにいぃぃぃぃちゃああああぁぁぁぁん!!」


 結城は目の端に涙をためて抱きつこうとする。

 だが、俺は結城の額に手を当てて、抱きつきを阻止する。


「よし、信じてくれたようだな」

「おにいちゃん。この手はなに?

 これじゃ、お兄ちゃんに抱きつけないんだけど?」


 結城は自分の額を抑える手を恨めしそうに見つめる。


「そのイベントは、すでにプレイなので、カットだ。

 今は急いで俺と公園に行って欲しい」

「公園?」

「ああ、学校の近くに公園があるんだ。そこに魔物がいる。

 俺は光の剣が使えない。倒せるのはお前しかいなんだ」

「……分かったわ。行きましょう」


 結城を連れて、再び公園に戻った。

 幸いなことに大仲は目を覚ましていなかった。

 横になる大仲を恐る恐る監視する藩出がいるだけで、何も異変は起きていない。


 藩出に結城が勇者であること。

 光の剣で切れば、体の中のウィスプが取り出せることを伝えた。

 そして大仲未音。藩出由良は勇者の剣で切られ、ウィスプを対外に放出させた。

 空中に漂うウィスプを結城が切り裂き、今回の事件は完全に解決を果たした。


 大仲と藩出は、魔物化の時の記憶を失い。

 なぜ自分がここにいるのか戸惑いつつも公園を去っていった。

 その後、公園で結城と二人きりになったら、結城は甘えてきたので、思い切り抱きしめてやった。

 俺にとっては二回目の再会イベントだが、結城はループの影響で俺が兄だと言う事実を知らない。

 だから、兄との再会は初めてなのだ。

 感涙している結城を見ていると、自分まで嬉しくなってしまう。


 その後、結城と別れ、俺は幻想部を訪れた。

 扉を開けて中に入ると、真白は呼んでいた本を静かにテーブルに置いた。

 俺は畳みスペースに靴を脱いであがり、真白の向かいに座った。


「お兄様、終わったんですね」


 真白は藩出の意識の入れ替えは知っている。

 だが、デュラハンや狼女といった魔物化については何も知らない。


「ああ事件はすべて解決だ。藩出のことありがとうな。

 あいつお前と風呂入ったことや、ベットで一緒に寝たこと喜んでたぞ。

 藩出は元に戻ったから、そのことはもう忘れてるけど」

「そうですか。それは、何よりです」


 少し寂しそうに笑う真白。

 やはり真白は、藩出の中身が俺のコピーだということを知っているのだろう。

 しかし、コピーの俺に口止めされている。

 結局コピーは自分で正体をバラしたから、真白への口止めは無意味になってしまった。

 それを知らずに真白はいる。

 ここは知っていると教えるべきか、それとも騙されている振りをすべきか。


 俺が知っていることを真白に教えれば、真白の中のコピーの俺が薄れる。

 教えなければ、真白の中だけの特別な上野ということになり、より大切に想われる。

 コピーの俺だったら、どちらがより嬉しいか。

 おそらく後者だろう。

 真白との風呂も一緒に寝たことも、コピーだけの体験。

 一緒の思い出を共有する真白が、より自分を想ってくれた方が奴も嬉しいだろう。

 真実をすべて話すことが、正解だとは限らない。


「藩出の前髪。お前がやってあげたのか?」


 俺に髪を編むことなど不可能。

 なら真白がやってあげたのだろう。


「はい。その方が似合うかと思って」

「そっか。それはナイスだ。めちゃくちゃ可愛くなってた」

「お兄様。私は。私も藩出さんと同じように髪をしているのですが……」


 真白は自分の前髪を手でいじる。

 そこには藩出と同じ編みこみがなされて、おでこを出していた。


「もちろん、真白も可愛いぞ」

「そうですか、良かったです」


 真白は照れくさそうに笑う。

 俺はその笑顔を見つめながら思う。

 この笑顔をもう一人の俺に、もう一度だけ見せてやりたかった。

 しかし、もう一人の俺は消滅し、この世には存在しない。

 その存在を知る者は、俺と真白の二人だけ。

 もう一人の俺のためにも、可愛い妹達の笑顔を守る。

 そう心に誓った。




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