020 最終決戦です。


 ぼうっとしていた意識が覚醒し、公園の風景が目に飛び込んでくる。

 全身毛むくじゃらの大仲未音。

 そして血まみれで、倒れ伏す上野悠真。

 俺は再び戻ってきたのだ。

 二日目の放課後。最終決戦の場に。


 お膳立ぜんだては、すべて整っている。

 何もあわてることはない。

 俺は冷静に、大仲と対峙する。


 大仲の注意は俺に向いている。

 倒れた上野は、もうそこらの小石ぐらいにしか思っていない。

 俺に武器はない、ただの素手だ。対して大仲には鋭い爪がある。

 正面から衝突すれば、あっという間に切りされてしまう。


 大仲はおそらく俺が逃げ出すと思っている。

 そして背中を見せたところを後ろから切り付けようよ考えているのだろう。

 だから、攻撃をしかけずに様子を伺っている。

 その考えは正しい。なんの武器もない女子が狼女に勝てるわけがない。


 俺は駆けた。

 逃げだしたのではない。大仲に向かって走ったのだ。。

 俺の予想外の行動を見て、大仲が驚き、体を硬直させる。

 大仲も戦闘のプロというわけではない。

 中身はただの女子高校生だ。常に冷静ではいられない。


「うわああああぁぁぁぁ!」


 叫び声を上げて俺は突進する。

 一瞬だけひるんだが、大仲は臨戦態勢をとり、爪で切り裂こうと待ち構える。

 爪の射程に入り、切り裂かれる瞬間。

 大仲の注意は目の前の俺から、自分の足元に向かう。


 そこには足首を掴み、笑う上野がいた。

 大量の血を出して意識がないと思った上野が、実は動けた。

 慌てる大仲。

 俺に対応するか、上野に対応するか。

 二択を迫られ、大仲は動きを鈍らせる。


 俺は爪の攻撃の内側に入り込み。

 自分の頭をカポっとはずし、大仲の額に頭突きをかました。

 大仲の頭はビリヤードの玉みたく体からはじかれて地面に転がる。

 大仲の頭があった場所には、俺の頭がはまっていた。


 司令塔を失った藩出の体が倒れるのを俺は大仲の体で支える。


「やったな藩出」


 大仲の首を拾い上げつつ上野が笑う。

 毛むくじゃらだった大仲の頭と体が、だんだんと人の姿に戻っていく。


「ありがとう上野。作戦成功だな」


 藩出の唯一の武器、それはデュラハンの力。

 自分の首を取り外して、相手の体をのっとる能力。

 勇者に倒されていなかったので、まだ魔物の能力は残っていた。


 大仲は気を失っているようで、静かだ。

 あとは勇者を呼び出して、魔物化を解決してもらえば良いだけだ。

 藩出の頭と体。大仲の頭と体を正しく戻し、上野と向かい合う。


「これが無かったらマジで死んでたよ。

 ありがとう藩出」


 上野は赤く染まったシャツの下から雑誌とビニールを取り出した。

 雑誌は熟女好きの安藤の私物。ビニールはお手製の血のり袋だ。

 上野の机にメモとして用意するように伝えていたのだ。


「うん。無事でよかった」

「これで事件解決ってことだよな?」

「最後に、僕と上野がキスすればね」

「え? キス? それは必要なのか?」


 上野が顔を赤くして、戸惑っている。


「うん。僕が最初にしたことは君とキスすることだったからね。

 訳も分からずキスするぞ。って言われて驚いたよ。

 この公園で、君とキスしたのは間違いない。

 意識の入れ替えはそれで、ちょうど一周する」

「……意識の入れ替え。藩出はこの二日間で、あっちこっちに飛んでたんだよな?」

「そうだよ。そうじゃなきゃ君に未来のことを教えてあげられないでしょ」

「ああ、そうだな。画鋲や傘。血のり。全部お前の指示だからな。

 お前というか。俺の指示か?」

「ん? なんのこと?」


「お前が藩出じゃないことは分かってる。

 メモの字を見れば、俺自身だって簡単に分かる。

 俺の字だったから、信じたってのもあるんだよ。

 それにお前の話し方。変わりすぎだ。

 あと真白と急に仲良くしてる。

 意識の入れ替えは奇跡だ。

 助けを求めるのは勇者ではなく、魔王。だから真白と一緒だった。

 そんなことを考える奴は、俺しかいない。そうだろ?」


「さすが俺と言ったところか。

 お前は俺なんだから、俺の考えはすべてお見通しってわけか。

 せっかく藩出になりきってやってたのに、台無しにすんじゃねーよ。

 藩出の中身が俺だって分かったら、キスしても嬉しくないだろうが」


 俺が頑張って、藩出として振舞っていたのに、オリジナルは簡単に俺のことを見破っていたようだ。


「お前こそ、俺に変な気遣いすんな。

 どうせ自分はコピー。藩出の奇跡が終われば消える存在。

 オリジナルに無駄な負担はかけたくない。

 とか、そんなこと思ってたんだろ?」

「ああ、そうだ。わりーかよ」


 自分の心を見透かされているようで、むず痒い。


「いや、実際俺がお前だったら、俺もお前と同じこと考えたと思うぞ。

 俺はたまたまオリジナルとして残った。

 二分の一か。無量大数むりょうたいすう分の一かは分からないが。

 俺だっていつコピーになったておかしくないからな」


「俺と少し話した程度で、無限の並行世界の可能性まで見抜くとは。

 さすが俺だぜ」


「未来が分かると、その未来どおりになるように動かないといけない。

 わざとかアクシデントで、未来どおりにならない場合は十分ありえる。

 そうなると、過去と未来の間で矛盾が起きてしまう。

 その矛盾の解決方が並行世界。もしくはループ。

 並行世界で正解のピースをはめるか、ループで正解が出るまでやり直す。

 ぱっと思いつくのこはこの二つだ。

 頭がいいところを見せないと。オリジナルとして認めてもらえないだろ?」


「では、オリジナルに質問。

 なぜ大仲は藩出を襲ったのか?

 その見解けんかいについて」


「ずばり大仲が襲ったのは藩出ではない」

「ほう。では誰を襲った?」


「それは諏訪だ。正確には諏訪の体と言った方がいいな。

 大仲は女が好きだ。より女らしい体つきが特に好み。

 諏訪の体が大仲の好みだったのだろう。

 数日前に、諏訪スライム事件があった。

 その被害者の一人が大仲だ。

 なぜ大仲が諏訪スライムに食われたのか。

 諏訪が大仲を襲ったのではなく、その逆。

 大仲が諏訪を襲った。そしてスライムに返り討ちあった」


「…………」


 上野の言葉に、俺は黙って耳を傾ける。


「そして昨日。健康診断があった。

 その時、藩出は諏訪の体に成り代わっていた。

 諏訪の体をした藩出を大仲は見ていた。

 大仲は思ったはずだ。諏訪と同じぐらいに自分好みだと。

 だから、公園で藩出を襲った。

 お前を襲ったとき、大仲は戸惑ったんじゃないか?

 予想よりも胸が小さいことに」


「正解だ。俺の胸を揉みしだいて呟いてたよ。小さいって。

 その隙に、胸を揉み返して、なんとか逃げ出せたんだけどな」


「諏訪の体のままだったら、危なかったな」

「ああ、そうだな。お前の考えと俺の考えが同じことが分かったことだし。

 俺はそろそろ行こうと思う」


「キ、キスするのか?」


「ああ、する。だけど、それは今の俺とじゃない。

 最初の俺とだ。何も知らない過去の俺とお前はキスをする。

 そういえば、俺が藩出の体にいつ入ったのかを教えてなかったな。

 きっかけは昨日、階段から一緒に転げ落ちたことだ。

 そこで藩出の意識は無くなり、かわりに俺が成り代わった。

 階段を落ちたこと、そして男に抱きつかれたこと。

 この二つが重なり、藩出の意識はオフ状態になった。

 藩出の意識をオンにするには、最初の出来事と同じぐらいの衝撃的な出来事をやる必要がある。

 それがキスということだ。

 眠り姫は、王子のキスで目覚める。

 ラストシーンとしては悪くない。

 まあ、最初の俺にとっては悪夢だがな。

 自分とキスするなんて、気持ち悪すぎだぞ。

 だが、お前にとってはご褒美だな。

 こんな可愛い子とキスできるんだから」


「…………」


「それじゃあ、後はまかせたぞ。オリジナルの俺。

 目を瞑るから、俺にデコピンでも、ビンタでもしてくれ。

 何かしらの衝撃を与えれば最初の俺と入れ替わるはずだ」


「本当に良いんだな?」

「ああ、俺には真白とのイチャラブな思い出があるから満足だ。

 俺は真白と一緒に風呂に入ったことがあるんだぞ。

 そして一緒のベットで寝た」

「マジか?」


「ああマジだ。男のお前では一生叶わないかもな。

 うらむならコピーになれなかったおまえの不運をうらめ」

「ああ、俺はなんて不幸なんだ」

「それで、良い」


 俺は頷いて目を閉じた。

 上野が近づいてくる気配を感じる。


「……ありがとう、もう一人の俺」


 おでこに、上野が優しく口付けをした。

 俺の意識は眠るように沈んでいった。

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