018 妹の家にお泊りです。


 幻想部の部室の扉を開く。

 部室の畳みスペースで、本を読む真白の姿があった。

 俺はそっと真白に声を掛ける。


「こんにちわ」

「あら、藩出さん。何か用ですか?」


 本から視線を上げ、真白は俺を見つめる。

 俺は扉を閉めて、真白の元に近づく。


「実は俺、上野悠真なんだよ。正確にはそのコピー」

「…………」


 真白が俺をじっと見据える。

 俺の言葉が、嘘か真実が確かめようとしている目だ。


「たぶん勇者の奇跡。それで今は藩出の体に意識が入ってる。

 頼む、真白の助けが必要だ」

「本当に、上野さんなのですか?」

「ああ、そうだ。一緒に諏訪のループを解決した、あの上野だ。

 信じてくれ」

「分かりました。信じます。お兄様」


 そう言って、真白は笑顔を見せた。

 俺はほっと胸を撫で下ろした。

 畳に上がり、真白の正面にあぐらをかく。


「ありがとう真白。お前ならきっとそう言ってくれると思っていたぞ」

「藩出さんの姿で、言われると違和感がありますが、たしかにしゃべり方はお兄様ですね」

「俺は確かに上野だ。でも、オリジナルじゃない」

「どういうことですか? 先ほどもコピーといっていましたが」


「初めは上野と藩出の意識が入れ替わったと思った。

 でも、違った。

 上野の中に藩出の意識は入っていない。

 上野はいつもの上野だった。話し方も仕草も俺自身だ。

 藩出が演技しているとはとても思えない。どこかでボロがでるはずだ。

 だから、俺は自分がコピーなんだと思った」


「なるほど、では藩出さんの意識はどこにいったのでしょう?」


「あくまで予想だが、休憩してるんだと思う。

 藩出は健康診断を受けるのが、めちゃくちゃ嫌だったみたいなんだ。

 自分の体に自信がないみたいでな。

 それで、頑張って健康診断を受けて、今は休憩中。

 休憩の間、その体を上野のコピーに任せた。

 そんな感じだと思う」


 真白に魔物事件のことは話せない。

 だから、藩出と諏訪が体を交換した事実は伏せた。

 あれはデュラハンの能力。

 今回の奇跡事件とは違う。


「休憩ですか。ということはこの問題は時間が経てば、おのずと解決する。

 そう考えてよろしいのですか?」

「ああ、そうだな。特にやることはない」


 今回、勇者の奇跡と、魔王の魔物化が同時に起きている。

 真白は魔王であり、その体からウィスプを放出している。

 そしてそのウィスプが人の体にはいると、体を魔物に変えてしまう。

 その事実を真白は知らない。知ったら傷ついてしまう。

 魔物化事件は、真白には内緒で解決する。

 反対に奇跡事件は、勇者である結城に内緒で解決する。

 それが二人の兄である俺が自分ルールとして決めたことだ。


「では、私に助けて欲しいこととは、なんですか? お兄様」

「今日、真白の家に泊めてもらいたいんだ。

 今の俺は藩出の家がどこにあるか知らないし、上野の家に泊めてもらうわけにもいかない」

「そういうことですか。分かりました。

 今のお兄様は女性ですから大丈夫だと思います」

「ありがとう、助かるよ。あともう一つ、真白には教えておくことがある」

「なんですか? お兄様」


「俺の意識は藩出の体にある。

 だけど、その意識は飛び飛びなんだ。今日と明日の間を行ったり来たりしている。

 簡単にいえば、俺は未来から来たんだ。

 今の俺は真白の部屋のベットで起きて、学校に行くことを既に経験している」


「それも奇跡の影響でしょうか?」


「たぶんな。藩出の奇跡は『入れ替え』なんだろう。

 他人と自分、過去と未来の入れ替えが起きている」


「なるほど、分かりました。

 今のお兄様は未来から来た。

 では、どこかのタイミングで過去のお兄様になる時がくる。

 そう考えていれば、よろしいのですよね?」


「察しが良くて助かる。

 明日の朝の俺は、過去の俺だ。

 何も分かってないから、そのつもりで接してやってくれ」


「分かりました。

 明日の朝のお兄様を見るのが、少しだけ楽しみです」


 それから部室でのんびりと過ごした後、真白の家に向かうことになった。

 藩出の鞄にあったスマホで、母親に友達の家に泊まることをメッセージで送る。

 黒塗りの高級車が学校近くまでやってきて、それに乗った。






 真白の部屋に二人で入る。

 前回見たときと同じ、広くて豪華な部屋だ。

 すると、真白は突然、制服を抜き出した。


「ま、真白なんで脱ぐ?」


 俺はあわてて、顔を手でふさぐ。

 だが、真白の下着姿がまぶたに焼き付いてしまった。

 白い肌にピンクの下着、可愛すぎる。


「え? 部屋着に着替えるだけですよ。

 どうかしましたか? お兄様」


 真白は、下着姿で平然としている。


「いや、俺が見ている時に下着姿になるのは、ちょっと」

「今のお兄様は、藩出さんの姿です。女性です。

 同性の下着姿を見ただけで、あたふたしていたら、変に思われます。

 ちゃんと、女性として振舞ってください」


 なぜか反対に、真白から注意されることになってしまった。


「お兄様、ちゃんと私を見てください。

 恥ずかしがらずに。

 ほら、手で顔を隠さないで」


 真白は、俺の手を無理やりにはずそうとする。


「きゃあ、やめてー。乱暴しないで」

「そうです、お兄様! そうやって女性になりきるのです!」


 なぜかテンションがあがる真白。

 ひ弱そうに思えた腕からは、信じられないような力が発揮されている。

 ジリジリと俺の手が、顔から剥がされる。

 しかし、俺はまぶたをぎゅっとつぶり、決して真白を見ない。


 そのまま後ろに押され、俺はベットに仰向けに倒れた。

 真白は俺に覆いかぶさるようにしている。


「ふ~」


 まぶたに風が当たる。

 真白が息を吹きかけ、俺の目を開けさせようとする。


「真白、いい加減やめるんだ」

「お兄様こそ、諦めが悪いですよ。早く目を開いてください」

「俺は兄として、妹の下着姿を見ることはできない!」

「いいえ、今お兄様は藩出さんです。

 女性としての振る舞いを身に着けるべきです」


「どうせ俺は明日には消える。ただのコピーだ。

 女性としての振る舞いを覚える必要はない」

「コピーなら、なおさらです。

 このまま消えてしまっては、二度と私の下着姿を見るこは出来ませんよ。

 それでも良いのですか?」


 その質問はずるい。

 これでも俺は男だ。女性の下着姿が見たくないわけない。

 そりゃ見たいに決まってる。

 だが、俺の中の理性が邪魔をする。


「……分かりました。お兄様は強情ごうじょうですね」

「分かってくれたのか?」

「このままお兄様の唇を奪おうかと思いましたが、やめます」

「おい」


 真白はなんて恐ろしいことを、さらっと言うのだ。

 腕を引かれて、俺は立ち上がらされる。目は閉じたままだ。


「な、なにをする気だ?」


 真白が俺から離れていく気配を感じる。

 いったい何をされるのかと、心配になる。

 このまま目を開きたくなる衝動に襲われるが、耐える。

 俺に不安を与えて、目を開けさせる真白の作戦なのだろう。

 その手には引っかからないぞ。


「お兄様の分の部屋着を持ってきました。

 私が着替えさせてあげます」

「え? 着替え? それは自分でやるよ」

「いえ、私にやらせてください。

 お兄様を着替えさせていただけるのなら、私は服を着ます」

「それはつまり、下着姿を無理やり見せることをやめるってことでいいだよな?」

「はい、その通りです」


 俺が真白の下着姿を見なくても済む妥協案を提示してきた。

 いい加減俺も目を閉じてるのが疲れた。

 周りの様子が見えないと不安になる。

 ここは真白の妥協案を受け入れるが無難だろう。

 それに着替えさせて貰えるのは、それだけでも嬉しい。


「分かった。俺を着替えさせてくれ」

「はい、お兄様」


 真白がどういう表情をしているか分からないが、言葉からは喜びを含んでいるような気がする。

 俺を着替えさせるのが、なぜそんなに嬉しいのかはよく分からない。

 ただ面倒くさいだけのように感じるが、真白には何かあるのだろう。


 真白が俺に近づく気配を感じる。


「それでは脱がせますね」

「ああ」


 俺の制服を真白が掴む。

 スリスリと制服が、ゆっくりとめくられていく。

 大仲にめくらた時とは違い、とても丁寧だ。


「お兄様、腕を上げてください」

「分かった」


 俺は言われたとおりに腕を上げる。

 そのままスポっと制服の上が脱がされた。

 ペタペタと真白の手が俺の素肌を触る。


「ちょ、真白。くすぐったいんだが」

「すみません。すぐ終わりますので、少し我慢してください。

 それにしても綺麗な肌ですね」


 真白は謝るが、小さく笑って悪びれた様子はない。

 それにしても、目を瞑っているだけで、こんなに敏感になってしまうとは思わなかった。

 お腹を触られたときは、びくっと体が震えるほどだった。


 そして次はスカートに手が掛かる。

 ホックをはずし、ファスナーがおろされる。

 男の俺はスカートの構造が良く分からないが、真白は手馴れている。

 ストンと俺の履いていたスカートが絨毯じゅうたんの上に落ちた。


 俺は今、制服の上下を脱がされた状態にある。

 つまり下着姿だ。

 だが、俺は今、藩出由良の体になっている。

 目の前には下着姿の真白、そして俺自身が藩出の下着姿。

 健全な男子としては今すぐ、目を開いて、網膜に焼き付けたい光景だ。

 しかし俺はチラリスト。


 下着が丸出しではいけない。

 ちょっとした動作で上着の影からチラ見えするのが良いのだ。

 下着をお宝に例えれば分かりやすい。

 お宝は、手に入れる過程も大切なのだ。

 様々なな冒険があり、苦悩がある。

 それを乗り越えて手に入れるから、価値が高まる。

 苦労もなく手に入れたお宝では喜びは少ない。


 俺はお宝を捜し求める永遠の旅人でありたい。

 そんなことを思っていると、真白が着替え終わったことを告げた。


「はい、着替え終わりました」

「……真白も、ちゃんと服を着たんだろうな?」

「ええ、もう下着姿ではありません」

「よし」


 真白の言葉を信じて、俺はゆっくりとまぶたを開く。

 目の前には笑顔の真白。彼女は白のワンピースを着ている。

 視線を落としてみると、俺も真白と同じワンピースを着ていた。

 いや、微妙に色が違う。

 真白は薄い桃色。俺は薄い水色だ。


「どうですか? お兄様」

「真白は似合ってるぞ。俺は……どうだろう? たぶん似合ってるのか?」

「お兄様もとってもお似合いです。すごく可愛いです!」


 興奮気味に真白が感想を述べる。

 俺自身が可愛いと言われることは微妙だが、藩出が可愛いのは間違いないので、悪い気はしない。


「あ、ああ。ありがとう。でいいのかな?」

「私が男なら、今すぐ襲いたくなる可愛さです!」

「おい、さらりと怖いことを言うな。

 この体は借り物なんだから、乱暴はよせ」

「大丈夫です。傷つけるようなことはしません。

 優しく触りますから。

 さあ、ベットに行きましょうお兄様」

「なんだか、襲う前提で話を進めてないか?

 それにまだ夕方だぞ」

「それは、夜になったらOKということでよろしいでしょうか?」

「よろしくない。俺を襲うのは禁止だからな。分かったか?」

「…………」


 しょんぼりする真白。


「真白、返事は?」

「……はい」


 しぶしぶといった様子で真白は返事をする。

 真白は真面目な性格なので、約束はほぼ守られると思っていい。

 俺は藩出の貞操を守れたことに安堵する。


「ありがとう。真白は良い子だな。よしよし」


 俺は真白の頭を撫でて、慰める。

 真白は嬉しそうに目を細めた。

 その後、雑談したり、ゲームをしたり、面白動画を見たりして時間を過ごした。

 夕食はメイドさんが部屋に持ってきてくれて、真白と二人で食べた。


 真白と夕食を取りながら、俺はぼんやりと考えていた。

 これが俺にとっての最後の晩餐ばんさんになるのだと。

 夕食はかなり豪華だった。

 高級レストランのコース料理かと思った。

 俺が泊まりにきたから、豪華なのか。

 それとは関係なしに、いつも豪華なのかは分からない。

 どちらだとしても、俺が満足したのだから問題はない。


 この後、俺は二日目の夕方に意識が飛んでいく。

 そこで大仲と決着をつける。そしたら俺はこの世から消える。

 俺を兄だと慕ってくれる可愛い妹と過ごす、幸せな時間はこれが最後だ。

 この瞬間、何気ない日常を俺はしっかりと心に刻む。

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