017 無限の並行世界です。
視界が白い。
俺は頭にビニール袋をかぶっている。
正面から興奮した息遣いが聞こえる。
俺は誰かに馬乗りにされている。
また一日前に戻った。
さっきまでは二日目で、今は一日目だ。
おそらく俺に馬乗りしているのは、大仲だ。
大仲は俺の胸を揉みしだく。
その手に優しさはない、思いやりもない。
ただ乱暴に己の欲望を満たすだけに行われる行為。
「……違う」
俺の胸をこねくり回す大仲は呟く。
何が違うのか?
藩出の胸は大仲の好みの大きさではないのか。
今は、大仲の好みなんてどうでもいい。
明日ならば上野が助けてくれるが、おそらく今日は助けにはこない。
自分でこの危機を脱出する必要がある。
そんなことを思っていると、大仲は俺の制服をぺろりとめくる。
俺のお腹があらわになり、ひんやりとした空気にさらされる。
「やめろ!」
俺は手を動かして抵抗を試みる。
だが、視界がビニールで覆われているため、うまく防ぐことができない。
大仲の手が、俺のブラを掴む。
そして、そのまま上にズラされる。
俺の胸が、丸出しにされる。
「きゃっ!」
俺の喉から乙女の悲鳴が漏れる。
だが、そこで大仲の動きが止まった。
胸を直接、揉まれてしまうと思ったが、その時は訪れない。
俺の胸に
「なんで、こんなに小さい?」
顔は見えないが大仲は戸惑っている。
大仲は藩出の胸が、もっと大きいものだと思っていた。
それが予想以上に小さくて、びっくりしている。
藩出は胸が小さいことを気にしている。
俺は今、藩出の体を預かる者として、小さいとは聞き捨てならない。
大仲にやり返さなければ、気がすまない。
俺は大仲の動きが止まった隙を見逃さなかった。
さっと腕を動かし、俺は大仲の胸を掴む。
俺が男なら、ちょっと
紳士である俺が女性の胸を許可なく触ることはない。
もし触ってしまうことがあったら、それはただの事故。
だが、同性同士なら、なんら問題ない。
それにすでに俺は大仲に思う存分、胸を揉まれている。
少しぐらいやり返す権利がある。
俺はその両手に感謝の想いと力とを込める。
「きゃあっ!」
大仲が女の声を上げる。
他人の胸ばかり揉んでいるから、自分が揉まれることに耐性が無い。
大仲は自分の胸を守るように腕を引っ込める。
俺は仰向けの体を横にねじり、大仲のマウンティングから逃げる。
そして俺は立ち上がる。
頭にかぶせられたビニールを剥ぎ取り、新鮮な空気を肺に送る。
ようやく白い視界から開放される。
そこには公園から走り去る大仲の背中があった。
「ふう、なんとか助かった」
俺は藩出の
ずり上がったブラと制服を元の位置に戻す。
まさか明日の下見で公園にきたら大仲に襲われるなんて思わなかった。
だが、これで事件の全容がほぼ分かった。
少し内容を時系列で整理してみよう。
まず事件の始まり。それは今の出来事だ。
放課後に、藩出は大仲に公園で襲われる。
そして翌日、藩出の椅子に画鋲、トイレでは水のぶっかけが行われる。
両方とも大仲の仕業だろう。
目的は口止めのための脅しと、探りってところだろう。
大仲は藩出に、自分の顔を見られたのかどうか分かっていない。
事実、俺は大仲の背中のみを見ている。顔は見ていない。
だから、大仲は藩出が犯人を分かっているか、分かっていないのか確かめる必要があった。
大仲はトレイで水を掛けた後、タオルを持って直接、接触してきた。
藩出が個室で傘を差していたと知り、犯人を分かっているんだと確信する。
遠まわしな脅しはやめて、直接に襲って、口止めをしようと考えた。
そして再び、大仲は公園で藩出を襲う。
だが、前回とは違い上野が助けに入る。
二対一になり、不利になった大仲は、狼女の力を解放し獣人化する。
上野はその爪に切り裂かれてしまう。
事件のあらましはこんな感じだろう。
さて、俺はこれからどうするべきか。
確定していることは、真白の家にお泊りさせてもらうこと。
真白の家で眠りについたら、上野が切り裂かれた瞬間に飛ぶ。
おそらくそれが最後の意識の入れ替えになる。
その前に、俺は上野に藩出の助けをするように伝える必要がある。
何をどう助ければいいのか、その情報を上野に伝えることが出来るのは、今の俺しかいない。
今を逃せば、チャンスは永遠に失われる。
もし情報を上野に伝えなかった場合、どうなるのか?
俺が見てきた世界では、上野は画鋲も水掛けも助けてくれた。
それは俺が情報を上野に伝えていたからだ。
もし伝えなければ、上野は藩出を助けることができない。
矛盾が起きる。
だが、もし並行世界があったら、その矛盾を解消できる。
正しく情報を伝えた並行世界の俺が、今の俺に変わって穴を埋める。
俺一人だけがコピーだと思ったが、俺がヘマをするたびに、俺のコピーが並行世界で生まれるわけだ。
というか俺はもう何人目かのコピーであることは間違いない。
もし意識の入れ替えが無かった場合、画鋲や水掛けを防ぐことは不可能。
未来の出来事が分からないでの、当然だ。
意識の入れ替えで、未来の情報を過去に送ることができたから、俺は画鋲や水掛けを防ぐことができた。
だとしても、本当に一番最初の俺は画鋲や水掛けを防ぐことはできない。
防ごうと思い立つには、一度経験しなければならない。
画鋲や水掛けを受けた俺はどこかの世界にいる。
防げるのは、防ごうと思い立った後の二番目以降。
そして俺が上野に情報を教えて、助ける俺は厳密には俺ではなく別世界の俺だ。
だって、俺はもう画鋲や水掛けを経験しているのだから。
俺の前には無数の俺。そして後ろに無限の俺が続く。
世界は一本の線ではなく。
螺旋のように少しズレた世界を複製させながら進んでいるのかもしれない。
俺が成功しようが失敗しようが、どうせ別世界の俺が成し遂げるだろう。
だからといって、手を抜いて失敗するつもりはない。
なぜなら、今の俺がこの世界の主役だからだ。
俺のコピーに主役を譲ってやる気はさらさらない。
というわけで、上野に正しい情報を伝えることは決定。
意識の入れ替えで、時間が過去と未来とバラバラに飛ぶが、同じ時間は二度はめぐってこない。
あくまで入れ替えであって、ループではない。
上野が切り裂かれた事実はなかったことには出来ない。
それを考慮して、上野に情報を伝える必要がある。
俺は学校に戻り、上野の机の中に情報を書いたメモを残した。
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