016 事件の最初です。


 目を開けると、俺は誰かに優しく抱かれていた。

 俺はその誰かと階段の下で倒れている。


「二人とも、大丈夫?」


 頭上から諏訪の声が降ってきた。

 その声に誰かが返事を返す。その声は上野だった。


「ああ、少し頭を打ったけど平気だ。藩出も怪我はないよな?」

「うん、たぶん平気」

「そっか、良かった」


 上野は立ち上がると、俺の手を取って立ち上がらせてくれる。

 やはり上野は紳士だ。

 あやうく俺自身に惚れそうになった。

 それは良いとして、今はいつだ?


 ここは屋上を出たところの階段だ。

 つまり今日は健康診断があった日、一日目。

 さっきまでいた公園は健康診断の翌日、二日目。

 だから、ほぼ丸一日、時間が過去に戻ったことになる。

 おそらくコピーの俺が生まれた瞬間だろう。

 俺が考え込んでいると、上野が心配そうに顔を覗き込んできた。


「どうした、ぼーっとして、どこか痛いのか?」

「大丈夫大丈夫。ちょっと考え事してただけ。僕のことは心配しないで」

「……藩出。お前自分のこと僕って言ってたか?」

「ああ、えーと。ちょっと気分を変えようと思って」

「そうか。まあ、僕っ娘も悪くないかもな」

「だよね」


 俺は上野に笑いかける。

 すると、上野は口を押さえてそっぽを向いてしまう。

 上野は藩出の笑顔に、やられたのだ。

 それは俺が一番良く分かっている。

 だって、藩出の笑顔は可愛いのだから。


 三人で教室に戻り、それから一日を藩出として過ごした。

 そして放課後になる。

 特に事件は起きていない。


 さて、どうしよう。

 俺は未来の出来事を思い出す。

 今日はこのあと真白の家にお泊りするはずだ。

 そうしなければ、明日の朝、真白の家のベットで目覚めることができない。

 どうしてそうなったのか今なら分かる。


 それは俺が藩出の家の場所を知らないからだ。

 今の藩出は自分の家には帰れない。中身が俺だから。

 藩出が男なら上野の家に泊まっても良かっただろう。

 だが藩出は女。

 男である上野の家に、止めてもらうわけにもいかない。


 なので同姓である真白に助けを求めた。

 真白ならば、中身が上野だと分かれば、必ず助けてくれる。

 おそらくそんな感じだろう。


 真白に助けを請う前に、もう一度公園に行ってみよう。

 俺はそう思い立ち、再びあの公園に向かった。

 やはり公園に人は誰もいない。人気にんきのない公園らしい。

 俺はブランコの前に立つ。


 意識が飛ぶ前、俺はブランコに座っていた。

 そしたら突然、後ろから誰かに抱きつかれたのだ。

 顔を地面にぶつけて、痛かった。

 可愛い藩出の顔に、傷が無いことを祈るばかりだ。


 その時、後ろで微かに足音が聞こえた。

 俺は振り返ろうとする。

 それよりも早く頭にビニール袋をかぶせられた。

 視界が塞がる。

 そのまま押し倒される。

 俺は頭を地面に打つ。

 その瞬間、意識が飛ぶ。







 目を開けると、俺はうつ伏せ倒れていた。

 俺に抱きつくように誰かが上に乗っていて、動くことができない。

 口の中に砂が入って、変な味がする。

 さっきまでと状況は似ているが、日付が変わった。

 藩出は二日続けて、この公園で誰かに襲われたのだ。

 そして今は、二日目の放課後。


「うおおおーーーー!」


 男の叫びが聞こえたと思ったら、ふいに俺の体が軽くなる。

 俺の上に乗っていた人物を男がタックルで吹き飛ばしたのだ。


「大丈夫か? 藩出」


 助けてくれたのは上野だ。

 俺は上野に抱き起こされる。

 そして立ち上がりながら御礼を言う。


「う、うん。助かったよ上野くん」

「さあ、ラストバトルだぜ」


 上野は自分がタックルで吹き飛ばした相手を見る。


「……大仲さん?」


 そこにいたのは、大仲未音おおなかみおん

 トイレで水を掛けれたときに、タオルを持って心配してくれたのが彼女だ。

 いったいなぜ彼女が?

 彼女は興奮した息遣いで、こちらを睨みつけ様子を伺っている。

 その顔は理性を失っているように感じる。口からはよだれが垂れている。

 上野は注意深く、大仲を見据えながら説明をする。


「ああ、今回の事件の犯人は大仲未音だ。

 藩出はこの公園であいつに二度襲われた」

「でも、彼女も僕も女だ。なんのために?」

「大仲には女が好きな気持ちが始めからあった。

 そこに魔物化が加わり、理性を抑えきれず犯行に及んでしまった」

「魔物化?」

「ああ、大仲未音は……」


 上野が言葉を発しようとしたとき、大仲未音に異変が起きた。

 全身から体毛が伸び始め、体を覆った。その姿はまるで獣人。


「……彼女は狼女おおかみおんなだ」


 上野がそう言い終わると、大仲が素早く駆けた。

 大仲の手の爪は凶器のような鋭さ。

 その爪が振るわれる。


 上野は両手を広げて、俺をかばうように前にでる。


 ――ザシュッ!!


 上野はその胸を爪で切り裂かれた。

 鮮血が飛び散った。

 地面が赤に染まる。

 上野は力なく地面に倒れ伏す。

 そして、俺の意識は飛んだ。

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