015 未来予知です。


 自分が上野悠真のコピーだと分かった時は、ショックで頭が真っ白になった。

 その事実を信じたくなかった。

 もしコピーが事実なら、俺はあと数時間でこの世界から消滅することになる。

 だが、残念なことに俺がコピーなのは間違いない。


 後ろの席で、諏訪と上野がいつものように漫才のようなやりとりをしている。

 今回の話題は『血のりの作り方』のようだ。

 ケチャップやらトマトジュースやら、そんな単語が飛び交っている。

 いったい血のりを作って何をするのかは不明だ。

 しかし、楽しそうに二人は会話をしている。

 上野の中身が藩出では不可能なやりとりだ。


 上野悠真の中身は上野悠真。


 時間が経って、ようやく俺はその事実を受け入れることができた。

 例えコピーが消えても、オリジナルが消えるわけではない。

 俺が消えても、もう一人の俺は人生を歩んでいく。

 可愛い妹達と、楽しい毎日を送る。

 コピーオリジナルの幸せを願う。

 オリジナルの幸せはコピーの幸せなのだから。


 俺は一つの真理にたどり着き心の平穏を取り戻した。

 心は落ち着いたが、今度は体の方の問題が発生する。


 それは尿意だ。

 つまりトイレに行く必要がある。

 このまま我慢していたら、体に悪い。

 藩出の体を病気にさせては、いけない。

 これが同性なら、あんまり気にしなかったのだが、異性の体でトイレに行くのは少しハードルが高い。

 罪悪感のようなものが、芽生える。

 だからといって、このまま放置はできない。


 俺は意を決して立ち上がる。

 上野の机を通り過ぎるとき、声を掛けられた。


「藩出。これを持っていけ」

「……これは?」


 上野の手には黒の円筒状のものが握られている。


「見ての通り折り畳み傘だ」

「それは分かったけど、なんで傘?」


 上野の言わんとすることが分からない。

 今からトイレに行くというのになぜ、傘を持っていけというのか。

 さらに、今日は雨は降っていない。


「雨が降るから、差した方がいいぞ」

「……今から、トイレ行くんだけど?」

「ああ、だから傘をちゃんと差すんだぞ」


 上野にふざけている様子はない。

 きっと、上野は何かを知っているのだ。


「……わかった」


 俺は上野から傘を受け取り、そのままトイレに向かった。

 個室に入って、傘を差して用を足す。

 扉の向こうで足音が聞こえた。

 と思ったら、


 ――ザパァーーーーン!!


 傘に大量の水が降りかかった。

 この感じはホースではなく、バケツをぶちまけたようだ。

 折り畳み傘の華奢な骨が歪む。

 だが、なんとか持ちこたえた。

 足元に水がはねて、少し濡れたが大したことはない。


 扉の向こうで足音が去っていく。

 まさか個室で俺が傘を差しているとは思っていないのだろう。

 犯人は目的が達成されたと思い込んでいる。

 俺は傘を畳んで個室を出た。


 トイレ内には俺しかいない。

 個室はすべて空室。

 つまり犯人を目撃している人間はいない。

 俺はそのままトイレを後にした。

 トイレを出ると、女生徒に声を掛けられた。


「ねえ、大丈夫?」


 タオルを持った女生徒は心配そうに俺を見つめる。

 俺はその女生徒に見覚えがあった。

 それはスライム事件の時だ。

 結城が諏訪スライムを退治したとき、中から出てきた名前の知らない他クラスの生徒。

 その子が今、目の前にいる。


「濡れたでしょ? このタオル使って」

「ありがとう、でも濡れてないから平気」

「え? そうなの?」

「うん、傘差してたから」

「……傘。中で差してたの?」

「うん。だから濡れてない」

「……そうなんだ。分かってたんだね」


 女生徒は差し出したタオルを引っ込めると、そのまま去っていった。

 入れ替わるように真白がやってくる。


「藩出さん、今の人は?」

「うん、ちょっと話しただけ。名前も知らない人」

「そうですか。今の人は隣のクラスの大仲未音おおなかみおんさんですね」

「大仲未音。どんな人か知ってる?」

「いえ、そこまでは……」


 真白と分かれて、俺は教室に戻った。

 そして上野に折り畳みを返す。


「ありがとう、上野くん。おかげで濡れなかったよ」

「そりゃ良かった」


 上野は当たり前のように答えた。

 やはりトイレで起きる一件を知っていたのだ。


「でも、骨が少し歪んじゃった。ごめんね」

「そうか。まあ安物の傘だから、壊れても良いよ」

「……上野くんは、全部知ってるんだよね?」

「まあな。最初は半信半疑だったが、今は確信してる」

「この後、僕はどうしたらいい?」

「放課後にあの公園に行く。それさえ守れば後は自由でいいんじゃないか?」

「そう、わかった」


 そう言って俺は自分の席に座った。

 学校近くの公園。

 どうやらあそこが終着点のようだ。




 そして授業がすべて終わり放課後になった。

 俺は一人で例の公園に向かう。

 木々に囲まれてひっそりとある公園。

 人の気配はしない。


 俺はブランコに腰掛けて、時間を潰す。

 少しして、背後からザザッと砂を擦る足音が聞こえた。

 誰かが俺の後ろにいる。

 俺は振りかえろうとする。

 だが、ガバッと腕ごと抱きつかれる。

 興奮した息が耳元で聞こえるが、誰か分からない。


 俺はバランスを崩し、ブランコから前のめりに落ちた。

 顔を打った瞬間、俺の意識が飛ぶ。

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