014 アイコピーです。



 黒塗りの車で、学校近くまで送迎してもらった。

 車を降りて、学校に向かって歩道を歩く。

 そこで俺は真白の変化に気付いた。


「あれ、その前髪?」

「はい、お兄様とおそろいです。変でしょうか?」


 真白の前髪が編み込まれ、俺と同じようにデコ出しになっていた。

 おそらく車内で髪を結ったのだろう。

 俺は景色を見ていたから、ぜんぜん気付かなかった。


「いや、よく似合ってるよ。同じ髪型だとまるで姉妹みたいだな」

「はい、お兄様と同じ髪型にできて、嬉しいです」

「同じ髪型に出来るのも、俺が藩出の体だからだな。

 男で、編み込みしてたら変だし」

「……お兄様、いえ、藩出さん。一ついいですか?」


 突然、真白が俺の呼び方を変えた。


「ん? なんだ?」

「自分の呼び方なんですけど、『俺』というのはそろそろ直した方が良いと思います。

 学校も近いですし」

「ああ、そうだな。この体で『俺』は変だな。

 やっぱり『私』か。私、私。……うーん」


 自分のことを『私』と呼ぶことに、違和感を覚える。

 なんだかしっくりこない。

 頭をひねる俺に、真白が提案をしてくれる。


「『私』が言いづらいのであれば、『僕』はどうでしょうか?」

「『僕』か。ああ、そっちの方が言いやすいかも」


 小学生の低学年まで、自分のことを『僕』と言っていたこともあり、しっくり来た。

 本物の藩出由良は、たしか自分のことを『私』と呼んでいたが、大丈夫だろう。

 藩出はおしゃべりな方ではないし、他の生徒と話す機会も少ない。

 あえて一人称を『僕』にすることで、中身が変わっていることを逆に気付かれにくくできる。

 髪型もいつもと違うし、イメージチェンジしたのかな? と周りも納得するだろう。


 一人称問題も解決し、俺と真白は学校に到着した。

 校門を抜け、昇降口から上履きに履き替える。

 階段を上がり、自分達の教室へ向かう。




 教室に入った瞬間、視線を一斉に浴びた。

 藩出がいつもと違う髪形なので、クラスメイトたちは誰だか一瞬分からなかったのだ。


「あれ誰?」「藩出だろ?」「くっそ可愛くね?」

「藩出さん髪型変えたんだ」「真白さんと同じ編み込みしてる」


 などと、教室のあちらこちらで、話の種になっている。

 真白の席は一番後ろなので、すぐにたどり着く。

 対して藩出の席は一番前。


 俺は緊張しながら自分の席に一人で向かう。

 隣にいた真白と分かれ、俺は心細くなる。

 真白がいれば、ミスをしてもフォローしてもらえるが、一人だと誰もフォローをしてはくれない。

 中身が上野悠真だとバレないか内心びくびくしながら、俺は藩出の席にたどり着いた。


 椅子を引いて、座る。

 だが、腕を捕まれ阻止される。


「危ないぞ、藩出」

「……え?」


 俺は何が起きたのか分からず声の主を見る。

 そこにいたのは上野悠真だった。

 俺はすんでのところで、座るのを上野に邪魔されたのだ。


「あの? これはいったい?」

「椅子を見てみろ」


 上野に言われて、俺は視線を椅子に向ける。

 そこには画鋲が三つ。針を上に向けておかれていた。

 このまま椅子に座ったら、俺のケツに画鋲が突き刺さっていた。

 俺は上野に助けられたのだ。


「画鋲があったんだね。ありがとう上野くん」

「え? ああ、間に合ってよかったよ」

「このまま座ってたら、おしりの穴が増えちゃったね。あはは」

「…………」


 真顔で俺を見つめる上野。

 俺は正体がバレたのかと不安になる。

 だが、俺の正体は上野にバレても良いのではないかと思い直す。

 俺の意識が藩出の体にあるということは、上野の体には藩出の意識が入っている。


「あれ? 変なこと言ったかな?」

「いや、ケツの穴が増えるのは確かに困る」

「だよねー、あはは」

「……藩出」

「ん? 何かな? 上野くん」

「その髪型、似合ってるぞ」

「ほんと? 良かったー」

「髪型が変わると、性格も変わるんだな?」


 上野の言葉に、俺の息が一瞬止まる。

 一体、上野はどこまで知っているのだろう。

 藩出の中身が違うことには気付いていそうだ。

 だからといって、目の前にいる上野の中身が、藩出由良かと問われれば、おそらく違う。

 藩出がここまで器用に上野悠真を演じられるとは思えない。


 俺でさえ藩出を演じることは難しい。なおさら藩出に演技は無理だ。

 なら、今俺の前にいる上野悠真は誰だ?

 答えは一つ。最初から出ている。


 ――それは上野悠真。


 上野悠真の意識は、屋上の階段から落ちた時に複製された。

 その複製された意識が、藩出由良の体に入った。それが俺だ。

 藩出由良の意識が今、どこにあるのかは分からない。

 もしかしたら、どこにも存在していない可能性もある。

 藩出の意識は電気のスイッチを切るようにオフ状態になっている。

 オフになった藩出の意識の代わりに俺が、穴埋めをしている。


 この不思議事件が終われば、最終的に元通りになるだろう。

 上野悠真も藩出由良もいつもの日常に戻る。


 だが今の俺はコピーで、オリジナルではない。

 コピーの俺に帰るべき、体はない。

 事件が解決すれば、俺は消える。

 なにもかもなかったことになる。


「……涙」


 ぼそりと上野が呟いた。


「え?」

「お前、涙流してるぞ」


 言われて、俺は目元を指でぬぐう。

 指先が濡れた。


「どうして?」


 涙の理由。

 俺は悲しかったんだと思う。

 事件が終われば上野の体に戻って、また日常を送れると思った。

 勇者とか魔王とか、訳が分からないけど、騒がしい日常。

 その日常に、俺は戻れない。

 俺だけが、そこには存在しない。


「藩出。あまり無理するなよ」

「…………」


 上野はそのまま自分の席に戻っていった。

 俺は椅子の画鋲を片付けて座った。

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