013 美少女になったみたいです。


 目を開けると、目の前に俺がいた。

 俺とは、もちろん上野悠真うえのゆうまのことだ。

 俺は俺と見つめ合っていた。

 鏡ではなく、実体として目の前にいる。

 一瞬、俺は二人に分裂してしまったのかと思ったが、少し違うようだ。

 俺自身の方が背か低く、若干見上げる形になっている。

 そして、おでこが少しだけ温かい気がした。


「藩出、俺は今からお前にキスをする。ホントにいいんだな?」


 目の前の上野が顔を赤くして、照れくさそうに俺に言う。

 もしかして、俺は今、藩出由良はんでゆらの体に乗り移っているのか?

 自分の体を見回すと、女子の制服を俺は着ていた。


「ちょっと待て、状況がまったく飲み込めない」

「なるほど、お前の言ってたとおり、最初の藩出に戻ったみたいだな」


 上野は訳の分からないことを呟いて一人で何かを納得している。


「最初の藩出?」

「ああ、今は事件がほぼ解決した後だ」


 俺は周りを見渡す。ここは学校の近くの公園だ。

 この場には俺と上野。そして地面に倒れ伏す女生徒が一人。

 女生徒はうつ伏せなので、顔は分からない。


「藩出、お前の意識は時間を越えて入れ替わっている。

 今は健康診断のあった次の日の放課後。

 ほぼ丸一日、時間をスキップしてお前はここにいる。

 意識の入れ替えは、今日と昨日の二日間でのみ、行われる。

 自分がいつの時間にいるのか、混乱しないようにな」

「…………」


 頭が追いつかない。

 藩出の体に俺の意識が乗り移って、さらに意識が時間の入れ替わりを起こしている。

 つまり体と時間、二つの入れ替わりが同時に起きているらしい。

 こんな不思議現象が起きる原因は、一つしか考えられない。

 それは勇者の奇跡だ。

 俺は藩出の起こした奇跡に巻き込まれてしまったようだ。


「お前いわく、俺とキスすることで、入れ替わり現象が終わる。

 と、同時にお前の意識は過去に飛んで、ある事件を体験することになる。

 ご覧の通り、事件は無事解決するので、心配はいらない」

「……わかった。キスしてくれ」


 よく分からないが、俺は俺とキスする運命からは逃れられないようだ。

 キスしなければ、終わらないし始まらない。

 自分とキスするという罰ゲームを受けて、さらによく分からない事件に巻き込まれる。

 考えるだけで、面倒くさそうだ。

 しかし、俺は今、藩出の体になっている。飛んだ先でもおそらくそうだろう。

 男では味わえない特殊イベントでも、期待して頑張るしかない。


 俺が目を閉じると、肩に手を置かれた。

 顔が近づいてくる気配がある。

 自分の顔が迫ってくると考えるだけで、気色悪い。


 俺は必死にイメージする。相手は可愛い女子。

 藩出由良。藩出由良。藩出由良。

 今、俺は藩出にキスを迫られている。


 そして俺は、唇を奪われた。

 その瞬間、体から意識が飛んでいくような感じがした。







 俺は目を開けた。

 ここは先ほどまでいた公園ではない。

 俺は横になって豪華なベットで寝ている。

 上野が言っていた意識の入れ替えが起こり、時間が飛んだのだろう。

 おそらく朝に戻った。

 ということは、ここは藩出由良の家だろうか?


「んん~、お兄様」


 隣から声が聞こえた。

 首だけを動かし、声の主を見る。

 そこには真白桜璃ましろおうりが寝ていた。


 なぜ隣に真白が寝ているのか?

 もしかして、ここは真白の家か?


 状況がつかめず、上半身を起こす。

 部屋は広く、家具はどれも豪華だ。

 ベットも普通の大きさではなく、二人で寝ても十分な広さがある天蓋つきのベット。


 俺は可愛らしいパジャマを着ていた。

 男だったら似合わないだろうが、今の俺は藩出の体なので、おそらく可愛いのは間違いない。

 鏡で自分の姿を見ようと、ベットを抜け出す。

 しかし、腕を真白に捕まれて再びベットに引き戻される。


「ま、真白!?」

「ん~。お兄様。行かないで」


 どうやらまだ真白は夢の中のようだ。

 このまま腕を振り払うのは、かわいそうなので付き合うことにする。

 俺は真白の肩を抱き、再びまぶたを閉じた。

 しばしの間、面倒くさい現実のことを忘れて、まどろみを楽しむことにする。



「あの、お兄様。起きていますか?」

「え? ああ、真白も起きたんだな」


 目を開けると、真白が俺の顔をまじまじと見つめていた。


「ん? お兄様? ちょっとまて、俺は今、藩出の体だよな」


 俺は自分の体を見る。やはり藩出の体のままだ。

 しかし、真白は俺に対して、お兄様と呼んだ。

 藩出の中身が、上野悠真うえのゆうまだと分かっている。


「どうして俺が上野だと知っているんだ?」

「それは、お兄様が自分で言ったんですよ」

「そう、なのか」


 俺は自分で言った記憶はない。

 どうして真白と寝ているのかも分かっていない。

 だとすると、未来の俺が言ったのだろう。

 俺はどこかのタイミングで、この時間よりも前に意識が飛ぶ。

 おそらくその時に伝えた。と考えるべきだろう。


「こうしてお兄様と一緒のベットで朝を迎える。私はとても幸せです」


 真白はうっとりした表情を浮かべる。


「俺が藩出の体だから許されることだな。

 これが男の体だったら、許されない」

「お兄様、お願いがあるんですけど。いいですか?」

「ん? なんだ?」

「ずっと藩出さんの体でいてくれませんか?

 女同士の方がより一緒にいられると思うんです。

 人前で腕を組んでも、変に思われないですし」

「……真白。お前は兄が姉になってもいいのか?」

「私はお兄様の性別がどちらでもかまいません。

 お兄様は、お兄様ですから」


 もし真白が外見を重視してたら、俺が兄だと分かる前から俺を好きになっていはずだ。

 そうなっていないということは、中身重視ということなのだろう。

 男や女を超えた兄妹愛。


「俺も真白と一緒にいられるのは嬉しい。

 だけど、この体は藩出のものだ。いつかは返さないといけない」

「……そうですよね。わがまま言って申し訳ありません、お兄様」

「まあ、この体でいるうちは、なるべく一緒に過ごすことにするよ。

 それで良いか?」

「はい!」


 落ち込んでいた真白が一瞬で笑顔の花を咲かせる。


「それで、そろそろ学校に行く支度しなくていいのか?」

「そうですね。そろそろ準備しましょう」


 そう言って、俺と真白はベットから抜け出す。

 パジャマから制服に着替える。

 女子の制服を着るという経験がないため、少しまごついたが、なんとか着替えを終える。


「お兄様、リボンが曲がっています。……はい、大丈夫です」


 そう言って真白は、俺の首元に手を伸ばし、リボンを正した。


「ありがとう、真白」

「お兄様は、女子の制服もお似合いです。とっても可愛いです」

「それはどうなんだ? 俺というよりも藩出が可愛いだけだろ。

 まあ、本人は自分が可愛いことを自覚してないみたいだけど」

「藩出さんは前髪が少し長いですね。もう少し短くした方が似合うと思います」

「だよな? 折角、可愛い顔をしているのに、隠すのはもったいないと思うんだよ」


 俺がそう言うと真白は、何かいいことを思いついたのかパンッと両手を鳴らした。


「お兄様、椅子に座ってください」


 手を引かれて、半ば強引に鏡台の椅子に座らされた。

 真白は俺の前に座りこみ、顔を覗き込んでくる。


「いったい何をするんだ?」

「前髪に編み込みを作ります」

「つまり、このうっとおしい前髪をどうにかしてくれるってことだな?」

「そうです」


 そう返事をすると、真白は俺の前髪を手に取り、なにやら作業を開始する。

 目を開けていると、作業しずらそうなので、俺は目を閉じて静かに待つ。

 やがて、前髪から真白の手が離される。


「お兄様、終わりました」


 真白の言葉を聞き、俺は目を開ける。

 目の前の真白は、俺の顔を見ると小さく頷いた。

 満足のいく出来になったのだろう。

 俺は体を半回転させて、鏡に視線を向ける。

 そこには藩出由良がいた。

 だが、いつもとは違う。


 野暮ったい前髪で表情が隠れているということはない。

 前髪は綺麗に編み込まれ、おでこをあらわにしている。

 おでこを出すだけで、印象がガラリと変わる。

 明るく活発な藩出由良。


「……可愛い」


 俺の口から、自然と言葉が漏れる。


「はい、お兄様は、お可愛いです」


 俺の肩に真白が手を置いて、鏡越しに俺の顔を見つめる。

 真白と比べても、引けを取らないぐらいに、俺は可愛い。

 鏡に映る美少女二人。

 このまま永遠に見続けていたいところだが、そうもいかない。

 これから学校に行くのだから。


「真白も可愛いぞ」

「ありがとうございます、お兄様」


 ぽっと顔を赤く染めて、嬉しそうに微笑む真白。

 それから俺と真白は、朝食をとってその他、色々と準備をして学校に向かった。

 今日は健康診断の翌日。

 二日目の朝だ。

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