012 デュラハンは自信が無いようです。

「やめてください!」


 悲鳴に近い声が俺の手を止めた。


 俺が振り返ると、そこには一人の女生徒が立っていた。

 女生徒の顔には見覚えがあった。

 たしか同じクラスの藩出由良はんでゆらだ。

 前髪で目が隠れており、表情は分かりづらい。


「……えーと。これは俺がやったんじゃないぞ?」


 俺のことを殺人鬼だと勘違いされても困るので、先手を打つ。

 生首を持ったままの俺を見て、信じてもらえるかはともかく。


「あのあの、わかってます」


 藩出は静かに答える。その声は震えていた。

 どうやら最悪の勘違いは起きていないようなので、一安心する。


「俺が屋上に来た時には、すでにこの状態だった。

 何か犯人の手がかりがないか、少し体を調べようとしてたんだ」


 俺は軽く説明して、再び手を伸ばす。

 だが、またも藩出に止められてしまう。


「触らないでください!」

「なぜ止める? 指紋が付くとマズイから、心配してるのか?」

「……あのあの、そう、じゃないです」

「なら、なんで?」

「…………」


 俺の問いに藩出は黙ってしまう。

 うつむいたその顔が少し赤くなってる気がする。

 だが、長い前髪が顔を覆いはっきりと表情は見えない。

 このまま藩出に付き合っても仕方ない。


 俺は体の調査を強行する。

 一番、重要な胸。それを自らの手で調べる。

 やはり、小さい。この胸は諏訪でない。

 別人だ。では一体、この体は誰だ?


「……あのあの、もう、やめて、ください」


 ほどなくして、藩出が口を挟む。

 その顔は先ほどよりも赤くなっているとはっきり分かる。

 なぜ藩出が恥ずかしそうにしているのか理解不能だ。


「俺は、犯人をなんとしても見つける。

 邪魔をするなら、どこかに行ってくれ」

「そう、じゃないです」

「何が言いたい? はっきり言ってくれ」

「……あのあの、その体は、私の体・・・なんです。

 だから、触らないでください。お願いします」

「……は? この体が、藩出の体だと?」


 藩出の言葉に思考が止まりかける。

 目の前の首無しの体が藩出のものだとすると今、藩出の頭が乗っている体は誰のものだ?

 俺は藩出に視線を向ける。

 藩出は顔を赤くして、俯いている。

 視線を下げて、胸を見る。見事な、胸部装甲がそこにはある。

 俺は、それを見たことがあった。


「その体は、もしかして諏訪のか?」

「……そうです。この体は諏訪さんの体です」

「つまり、藩出が犯人ってわけだな?

 お前は他人と体を入れ替える力を持っている。

 首の切り離しが自由に出来る能力。

 ……デュラハンってとこか。

 一体、なんのためにこんなことをした?」

「…………」


 俺の問いに、藩出は黙ってしまう。

 言いにくい理由なのかもしれない。

 だが、その理由を聞かないわけにもいかない。

 どうにかして、聞き出す必要がある。


「さあ、答えるんだ! さもないとこの体を撫で回すぞ!」


 俺は指をワキワキと動かしながら、藩出の体に近づけた。


「あのあの、言いますから! もう触るのは許してください」

「分かった。なら話してくれ。諏訪もちゃんと聞いておけ」


 俺は寝ている諏訪のほっぺをムギュっと引っ張った。

 諏訪は変な鳴き声を上げて、目を覚ました。

 藩出は意を決して口を開く。


「今日って、健康診断ですよね」

「ああ、そうだな」


 今日は、全生徒が一斉に健康診断を受ける日。

 身長や体重、視力、聴力などを診断する。


「私、自信がないんです」

「自信?」


 なんのことかと思って、藩出を見ると両胸に手を当てていた。

 藩出の手には、溢れんばかりの巨乳が存在感をアピールしている。

 だが、その巨乳は藩出のものではない。諏訪のものだ。

 どうやら藩出は、自分の体に自信がないようだ。


「だから、諏訪さんの体を借りたんです。

 諏訪さんの体は、私の憧れ。私は諏訪さんのような体になりたいんです」

「……それが理由か」


 女性特有の悩み。

 健康診断で体のサイズを測られる。

 その際、否応いやおうなく他の女生徒に自分の身体が晒される。

 見られて、比較される。苦痛以外のなにものでもない。

 自分の身体にコンプレックスがあったら、まさに地獄だろう。

 成績が悪いなら勉強すれば改善できる。

 しかし、身体については自分ではどうしようもない。


「はい。そうです。自分の体で健康診断を受けるのが恥ずかしくて」

「たしかに、諏訪の胸は肉付きが良い。

 だけど、肉付きの良さは胸以外もある。

 藩出の体より、体重は明らかに重い。それは良いのか?」

「むー。上野ちゃん、ヒドイよー。あたしデブじゃないもん」


 諏訪が抗議の声を上げるが無視する。


「そうですね。それはちょっと嫌でした」

「ガーン! 由良ちゃんまでも、そんなことを」


 諏訪はショックを受けていた。

 それを見て、藩出は少しだけ笑った。

 俺は立ち上がり、藩出に向き合う。


「一つ言っておくが、男がみんな巨乳好きってわけじゃない。

 小柄で華奢な体つきが好きって奴もたくさんいる。

 でも、あんまりそういうことを言う男はいない。

 なぜか?

 それは小柄で華奢な子が好きだと言うと、ロリコン認定されるからだ。

 熟女は合法だが、幼女は違法。

 世間のロリコンへの風当たりは厳しい。

 リスクをおかしてまで、正直に自分の好みを口にするよりは、

 無難に巨乳好きと言って、その場を流した方が得策なんだよ」


「そう、なんですか?」

「ああ、巨乳っていうのは、女性を示すアイコンの一つに過ぎない。

 女性の価値は胸の大きさで、決まるわけではないし。

 胸が小さいからとって、引け目を感じる必要はない。

 だから、藩出も自信を持て、お前は可愛い」

「……私が、可愛い?」

「ああ、可愛い。つっても俺の主観的評価だけどな」

「…………」

「もう一度言う、お前は可愛い。

 だけど、自信を持てずに俯いていたら、それは宝の持ち腐れだ。

 藩出由良、顔を上げろ。そして笑え。幸せを見失う前に。

 青い鳥はお前の頭上を飛んでるぞ」

「…………」


 藩出は顔に掛かっていた髪をそっとかきあげた。

 髪に隠れていた素顔が現れる。そして空を見上げた。


「あのあの、青い鳥いませんよ?」

「青い鳥は、比喩表現だ。実際にいるわけじゃない。

 なんかの童話であるんだよ。

 青い鳥を捕まれば、幸せになれると思った子供が遠くまで探しに出かける。

 だけど結局、見つからず帰ってくると、部屋の中に探していた青い鳥がいるんだ。

 自分が求めていた幸せは、すぐ目の前にあった。

 だたちょっと視線の外にあっただけ」

「幸せはすぐ目の前にある。……私にも見つかるのでしょうか?」

「ああ、視線をちょっと上げれば、きっとな」


 俺がそういうと藩出は視線を少し上げた。

 初めて、俺と藩出の目があった。

 そして照れくさそうに藩出は質問を投げる。


「あのあの、私って、可愛いですか?」

「ああ、最高に可愛い。笑うとさらに良い」

「上野ちゃん。あたしは? あたしは可愛い?」

「ああ、カワイイカワイイ。諏訪はカワイイぞ」

「むー。なんか投げやりっぽーい」


 諏訪は頬を膨らまして抗議する。

 その様子を見て藩出は笑っていた。


 俺と藩出の関係は薄い。たくさん会話をしたのも今回が始めてだ。

 そんな俺が偉そうに講釈をたれたところで、藩出の気持ちが変わるとは思わない。

 だけど、1%でもプラス方向に傾いてくれれば、御の字。

 最後に、決めるのは彼女自身だ。


「よし、話は終わりだ。

 藩出、体は元に戻せるんだよな?」

「はい、できます」


 藩出はそう答えて、首なしの体に近づくと自分の頭をくっつける。

 次に俺から諏訪の頭を受け取ると、諏訪の体にポンと乗せた。

 交換されていた藩出と諏訪の体は、元通りになった。


 屋上に来た当初は、恐ろしい猟奇殺人が発生したと驚いた。

 だが、蓋を開ければただの魔物化事件だった。


 藩出由良はんでゆらはデュラハンである。


 本来なら、結城を呼んでウィスプを取り出すべきなのだが、スライムと違って無差別に人を襲うわけではない。

 それに結城はループの影響で、俺が兄だってことを忘れているし。

 説明するのも面倒だ。このまま放置でいいだろう。


 そんなこんなで、屋上首なし死体事件は無事解決。

 俺と諏訪、藩出の三人は屋上を後にする。

 鉄扉を空けて、校舎内に入り、目の前の階段を下りる。


 そこで俺は隣を見た。隣には藩出がいる。

 藩出は意識して下を向かないようにしている。

 顔を上げろと、俺が言ったので、そのことを実践してくれているらしい。

 しかし、下り階段で足元を見ないのは、危険以外の何物でもない。

 案の定、藩出は足を踏み外してバランスを崩した。


「きゃっ!」

「危ない!」


 俺は藩出の手を掴む。

 しかし階段の途中なので、足に踏ん張りが利かず支えきることが出来ない。

 俺と藩出はもつれ合って、階段を落ちる。

 その瞬間、俺は光の玉を見た。オーブだ。

 藩出の体にオーブがスゥっと入っていくのが目の端に見えた。

 オーブとは勇者が放出する光の玉。

 そのオーブが人の体に入ると、奇跡を起こす。


 俺は助かったと思った。

 このままでは階段を落ちる。だが藩出が奇跡を起こしてくれれば助かる。

 しかし、そんなことは起きなかった。

 背中と頭に強い衝撃を受けて、俺の意識は飛んだ。

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