Lv.2 デュラハンすいっち

011 バラバラ殺人です。


 そこには死体があった。

 屋上のコンクリートの地面に、静かに座る一人の女生徒。

 なぜ、それが死体だと思ったのかは、簡単なこと。

 頭と胴体が、くっついていないからだ。

 本来なら、人の頭は胴体の上に乗っているはず。

 しかし、目の前の女生徒は、自分の頭を抱え持ってしまっている。

 まるでバレーボールを持つかのように。

 つまり、彼女は死んでいる。


「…………」


 俺は言葉を失い固まった。

 だが、すぐにおかしいことに気付く。

 それは、血だ。

 血がどこにも、飛び散っていないのだ。

 首を切ったら、大量の血が噴出すのは間違いない。

 それが辺りに一滴も落ちていない。


 このことから分かることは一つ。

 殺害現場はこの屋上ではない。

 別の場所で殺されて、運び込まれた。


「……結城ゆうきの奴」


 俺はひとりごちる。

 本来なら、学校の屋上は施錠されている。

 そのため、人が屋上に立ち入ることは出来ない。

 それが、出来てしまっているのは、おそらく結城紗瑠ゆうきしゃるが原因。


 結城は勇者であり、光の剣を操ることができる。

 光の剣は形状を変化させることができ、それを使ってピッキングを行い屋上の鉄扉を開けた。

 そして、そのまま施錠せずに去った。

 だから犯人は、死体を屋上に運び込めたのだ。


 今、結城を責めたところで、事件が解決するわけでもない。

 俺は頭を切り替えて、死体を観察することにした。

 正面に回りこんで、抱えられたその頭の顔を確認する。


「……そんな、嘘だろ」


 女生徒の顔を見た俺は、その事実を受け止めらなかった。

 全身から冷や汗が流れ、喉が急激に渇く。


「……す、諏訪。……なんでお前が、死んでんだよ」


 女生徒の顔は、よく知っている。

 それは同じクラスの諏訪来夢すわらいむだった。

 諏訪とは席が隣で、仲も良い。


「…………」


 俺はショックで立っていられず、膝を突いた。

 そもそも俺が屋上に来たのは、諏訪を探していたからだ。

 今日は全生徒が一斉に健康診断を受ける日。

 クラスのほとんどの女子が、教室に戻ってきているのにもかかわらず諏訪が戻ってこないので、心配になり校舎を探し回っていた。

 諏訪の特技は、どこでも寝ることなので、どうせどこかの廊下で寝ているだろうと思っていた。

 それが今、俺の目の前にいる。

 首を切られて、無残な姿を晒している。


「どうして、こんなことに……」


 声がかすれる。その声はまるで老人。

 死人のような声が俺の喉から発せられた。

 俺は手を伸ばし、そっと諏訪の頬に触れる。

 頬には体温があり、まるで生きているようだ。

 死んでいるなんて、信じられない。

 そこで、俺は異変に気付く。


「あれ? 目開いてたっけ?」


 諏訪の閉じていた目が、いつの間にか開いていた。

 目を開いたままでは、可哀想だ。

 俺は手で諏訪のまぶたを閉じてやる。


「……ん?」


 閉じたはずのまぶたが、また開いていた。

 何度も閉じるが、その度に諏訪のまぶたは開かれた。

 俺は諏訪の瞳をじっと観察した。

 その瞳には光が宿っており、俺を見つめている気がする。

 そんなはずはないと思いつつ、俺は諏訪の顔の前に指を立てて左右に振ってみた。

 左に振れば、視線は左に。右に振れば視線は右に。

 くるくると回せば、視線もくるくる回る。


「ふえ~。目がまわるよ~」


 間の抜けた声が諏訪の口から発せられた。


「な、なんで、生きてるんだよ?」


 俺は当然の質問をする。

 首と胴体が切り離されて生きている人間など、普通は存在しない。

 だが、その存在しないものが今、目の前にいる。

 一体、何が起こっているのか。思考が追いつかない。


「え? あたしって死んでるのん?」

「いや、生きてるだろ? 今、しゃべってるし」

「そっかー。よかったー。上野ちゃんが変なこというからあせったよー」

「よかったー。じゃねえよ。なんで首だけで生きてるんだよ?

 普通は死んでるだろ?」


「あれ? あたしって今、どうなってるのん?

 体が動かないんだけど、これって金縛りかな?」

「金縛りってレベルじゃねーぞ。

 お前は今、頭と胴体が別々になってんだよ」

「あはは、上野ちゃん変なのー。

 頭と胴体が別々だったら、あたし死んでるよー」

「まあ、信じられないのも無理はない。

 俺もにわかには信じられない。

 だが、現に今そうなってるんだよ」


「……ほんと、なのん?」

「ああ、ほんとだ。

 今からお前の頭を持って、体がどうなってるか見せるからな」


 俺は諏訪の頭をゆっくりと持ち上げる。

 首の切断面をチラ見したが、そこは暗闇だった。

 骨とか血のグロテスクなものは見えず、ただ暗闇があった。

 諏訪が痛がる様子を見せないので、そのままくるりと頭を回転させる。


 諏訪は、自分の体を正面から見る。

 頭と胴体がくっついていたら、決して見ることができない位置からの視点。

 驚いて言葉もでないようだ。

 俺はそっと諏訪の顔を覗き込んだ。


「……すぅー。……すぅー」


 諏訪は目を閉じて、幸せそうに寝ていた。


「おい、寝るんじゃない。起きろ!」

「うわあ、すごい揺れてる。大地震がきたー。早く非難しないとー」

「大丈夫だ。地震は起きてない。

 俺が頭を振っただけだ」

「むー。上野ちゃんヒドイよー」


「お前が寝るのが悪い。

 それにしてもよくあんな一瞬で寝れるよな?」

「なんだか抱きしめられてるみたいで、すごく安心する。

 だから、ねむたくなっちゃうのん。……すぅー」

「おーい、寝るなー! 自分の今の状況を思い出せ」

「うー、わかったから頭、揺らさないで~」


 諏訪の言葉を信じ、俺は頭を揺らすの止めた。


「……これが、あたしの体?」

「ああ、そうだ」

「頭がない。あと首のところ、まっくらだね」


 胴体側の切断面は、首と同じで暗闇だった。

 刃物などで、切られている感じはない。

 よく分からない不思議現象が起きている。

 俺は胴体を観察して違和感を覚えた。


「なんだか、胸が小さくなってないか?」


 目の前にある女生徒の胸部装甲は、俺の知っている諏訪とは全然違う。

 一回り以上、装甲が薄くなっている。

 まるで、別人のようだ。


「上野ちゃん、ヒドイよ。そんなことないよー」

「そ、そうか?」


 諏訪に否定されて、自分の勘違いなのかと少し自信をなくす。

 だが、俺の手は、その大きさを覚えている。

 俺は諏訪の胸を触ったことがあるのだから。それもじかに。

 見た目では判断できないが、触れば確実に分かる。


「諏訪。体を触っていいか?」

「え? ……うん、いいよん」


 恥ずかしそうにしながら、諏訪は俺に許可を与える。

 本人からの許しを得たのだから、俺に負い目はない。

 そっと手を伸ばした。

 その時、


「やめてください!」


 悲鳴に近い声が俺の手を止めた。

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