009 やわらかいです。


「……上野ちゃん。ねえ上野ちゃん」


 声が聞こえた。

 目を開くと、床が見えた。

 どうやらここは教室で、俺は寝ているようだ。

 だが、直接床にうつ伏せになっているわけではない。

 床と体の間にやわらかいものが挟まっている。

 そのやわらかいものは、人肌の温かさがある。


「上野ちゃん。寝てるの?」


 顔の横から声がした。

 俺は両手を付いて少し体を起こす。

 そこには諏訪の顔があった。


「……諏訪か?」


 俺は諏訪に覆いかぶさっているようだ。

 諏訪は顔を赤くして、俺を見つめる。

 その瞳は何かを期待しているように感じた。


「上野ちゃんが、こんなに大胆だなんて思ってなかった。

 でも、嬉しいよん」

「…………」


 少し視線を下げる。

 諏訪の肩から肌がでている。さらにその下も素肌続く。

 つまり諏訪は服を着ていない。

 生まれたての姿。すっぽんぽん。


 俺は裸の諏訪に覆いかぶさっている。

 全身に冷や汗が流れる。

 だが、一つだけ救いがある。

 それは俺が制服を着ているということだ。

 これで俺も裸だったら、マジでしゃれにならない。


 教室で裸の男女が抱き合ってる。

 誰かに見られたら、退学ものだ。

 結城がスライムを退治したのは良い。

 だが、その後のことも少しはフォローしてほしかった。


 その時、後でキュッという上履きの音が鳴った。

 結城が戻って来たのかと、振り返る。

 しかし、そこにいたのは結城ではなかった。


「何を、しているのですか?」


 底冷えするような氷の声が響く。

 そこにいたのは、真顔の真白だ。

 おそらく俺の戻りが遅いから、様子を見に来たのだろう。

 だが、彼女は事情を知っているから、大丈夫だ。

 俺の緊張がやわらいだ。そしてループ事件解決を笑顔で報告する。


「真白か。事件は無事解決したぞ」

「事件解決? 事件発生の間違いではありませんか?」

「あはは、これはちょっとした事故だ。特に変な意味はない」

「諏訪さんの胸を鷲づかみしている、その手はなんですか?」

「え?」


 真白に言われて俺は自分の手を見る。

 いつの間にか、がっつりと諏訪の胸を掴んでいた。

 振り返ったときに、無意識に掴んでしまったようだ。

 おっぱいには、物体を引き付ける見えない力が働いているのかもしれない。

 地球の重力に相当する力。

 もしかしたら俺は今、世紀の大発見をしたのかもしれない。

 実に興味深い。手に力を入れて、その神秘を探ってみる。


「ああん。上野ちゃん。くすぐったいよー」


 俺の下で諏訪が喘ぐ。とてもエッチだ。

 いかん。このままで俺の科学的探究心に火がついてしまう。

 俺は周りを見渡し、諏訪の服を探す。

 近くに落ちていた制服に手を伸ばし、諏訪に掛ける。


「とりあえず服を着るんだ。俺は真白に事情を説明する」


 俺は立ちあがる。

 そして今も冷たい視線を送る真白に近づいた。


「私も襲うのですか?」

「いや、だから誤解だって。俺は別に諏訪を襲っていたわけじゃない」


 諏訪が裸になったのは魔物化してスライムになったからだ。

 しかし魔物化のことを魔王真白は知らない。

 自分が原因だと知ったら、傷ついてしまう。

 兄である俺は妹を守る。


「大丈夫です。分かっていますから」

「そうか、分かってくれたか……」

「はい、諏訪さんもあなたに襲われることを同意していたのでしょう」

「……だから、俺は襲ってないっての!

 諏訪が寝ぼけて服を脱いで、俺がそれを止めようとして一緒に転んだ。

 それだけだから」

「そういうことにしてあげます」


 真白はまったく納得していないが、ひとまず話題を切り上げた。

 大事にならなければ、この際なんでもいい。

 俺は小声で真白に話しかける。


「さっきも言ったが、ループの件は解決した」

「…………」


 真白は無言で頷く。微かに微笑む。

 そこへ制服をきた諏訪がやってくる。


「服きたよー」

「ボタン掛け違いてるぞ」


 俺はそう言って、諏訪の服を直してやる。

 その様子を見ていた真白が口を開く。


「ずいぶん仲が良いですね。二人は付き合っているのですか?」

「…………」


 俺は真白の問いに答えられなかった。

 すぐに今の俺と諏訪の関係が分からなかったから。

 たしか、俺は諏訪の告白を受け入れて、恋人になると決めた。

 それで諏訪からオーブが出て、ループが解消された。

 だが、その後にウィスプが入って魔物化した。


 おそらく結城が魔物化を解決して立ち去った。

 魔物化が解決されると、その周辺の記憶がなくなる。

 諏訪の記憶が、どうなっているかが問題だ。


「上野ちゃんとは、付き合ってないよ。ただの友達。そうだよねー?」

「あ、ああ、そうだな。友達だ」


 諏訪に合わせて俺も答える。

 どうやら諏訪は、告白したことやキスしたことなど、忘れているらしい。

 俺が不誠実に告白を受け入れた事実がなかったことになって、少しだけほっとした。

 本気で好きでもないのに恋人になってしまったら。

 たぶん、お互い不幸になってしまう。

 恋人だから幸せ。幸せになりたいから恋人になる。

 そういう関係がベストだと思う。


「そうですか分かりました。

 ただ付き合う前に裸を見せるのはどうかと思います」

「あはは、真白ちゃんは堅いねー。

 でも、どうしてあたし裸だったんだろー?

 ヨク覚えてないだよねん」

「寝ぼけて、服を脱いだんだよ。

 それを俺が止めようとして、一緒に転んだ。

 俺は襲ったわけじゃねーからな」


 諏訪の記憶があいまいなので、適当にありそうな設定を吹聴しておく。


「上野ちゃんになら、あたし襲われても良いよん?」

「おいおい、俺にそんな度胸あるわけねーだろ」

「自信満々に言うことじゃないよー」

「私で練習しますか?」

「……ぶっ」


 真白の発言に俺は噴出した。

 真顔で刺激が強いことを言われるとビックリする。


「あれれ、真白ちゃんって、もしかして上野ちゃんのこと好きなのん?」

「…………」


 無言の真白は、俺の顔をじっと見つめる。

 俺が判断しろという意思表示。

 真白は兄である俺を愛している。諏訪の質問にノーと答えたくないのだ。

 しかし兄魔王と妹魔王という関係は秘密にすべき。

 周りの奴には今までどおり、ただのクラスメイトだと思わせた方が良い。

 関係性が急変すると、勇者である結城に気付かれる可能性が高くなる。


「んなわけないって。ただの冗談だよな?」

「……はい、冗談ですよ諏訪さん」

「あはは、なんだー。意味深な顔するから、ほんとーかと思ったよん。

 びっくりしたー」

「このままダベっててもしょうがないし。そろそろ帰ろうぜ」


 俺が宣言して、この場はお開きになった。

 諏訪は玄関に向かい、俺と真白は再び幻想部に向かった。

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