007 理由は愛です。


「成就させるにも、説得するにもまずは情報だな。

 諏訪がなぜループを引き起こしているのか。

 その動機が分からないことには、どうしようもない」

「お兄様は、まだ分かっていないのですか?」

「ん? なにをだ?」


 真白は呆れ気味に言った。

 俺は一体、なんのことを言っているのか理解できないでいた。

 まさか、諏訪の動機を分かってるのか?

 いや、そんな訳は無い。

 また私が兄を愛しているとか、なんとか言い出すのだろう。


「お兄様への愛です」

「いや、桜璃が俺を愛しているのは、分かったから」

「私がお兄様を愛しているのは自明の理。

 そうではありません。

 諏訪さんの動機です」

「ん? まさか諏訪が俺を愛してるって言いたいのか?

 なんだか話が飛躍してないか。

 俺と諏訪の仲が良いから、真白は嫉妬してるんだろ」

「嫉妬……。たしかにその気持ちはあります。

 しかし、証拠があるんです」

「証拠?」


 諏訪が俺を愛している証拠。

 一体、なんなのだろうか?


「これです」


 真白の手には一枚の紙切れが握られていた。

 その紙切れには見覚えがある。


「そ、それは諏訪からの手紙! たしかポケットに入れてたはず……」

「お兄様ともつれ合った時に、落ちたのを私が拾いました」

「それには『放課後、教室で』としか書かれていないはずだ。

 なぜ諏訪の書いたものだと知っていた?」

「諏訪さんが、お兄様の机に置くのを見ていたからです」

「なるほど、でもそれがなぜ証拠になる?」


「これには『放課後、教室で』と書かれています。

 つまり諏訪さんは、お兄様と二人きりで話したいことがあったから、この手紙を渡したのです。

 逆を言えば、周りに人が居たら話せないことを話そうとした。

 それは、愛の告白です。

 諏訪さんは、今日の放課後、お兄様に自分の気持ちを告白をしようとしていた。

 さて、お兄様。一つお訪ねします」

「な、なんだ?」

「前回、諏訪さんに告白されませんでしたか?」

「それは……」


 前回、俺は放課後に諏訪と二人きりで教室に居残った。

 そこで告白されたかというと、微妙なところだ。

 俺に好きな人がいるかを聞き、自分は好きな人がいると言っていた。

 諏訪は確かに、俺に何かを伝えようとしていた。

 だが途中で諏訪がスライムに変身して、結果うやむやになってしまった。


「言わなくても分かります。

 お兄様は、諏訪さんの告白に、はいともいいえとも言わなかった。

 そうではありませんか?」

「いや、そもそも告白されてない。……と思う」

「諏訪さんの遠まわしな告白を、自分の都合で告白ではないと思い込んでいるのではありませんか?」

「……うっ」


 真白の指摘に、言葉が詰まる。

 そういわれれば、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 俺は諏訪が好きだ。

 しかし、その好きは異性への好意ではない。

 諏訪のことは、手の掛かる妹のように思っていた。

 俺は潜在的に妹を求めていたのかもしれない。

 手のかかる諏訪を世話することで、俺は心の穴を埋めていた。

 俺の自分勝手な優しさが、諏訪を勘違いさせてしまった。


「桜璃。分かったよ」

「ようやく分かっていただけましたか。

 私が……」

「──愛してる。だろ?」

「はい、その通りです」

「俺もだよ。俺も桜璃を愛してる」

「そ、それは……」


 顔を真っ赤にする真白。

 とても可愛い。


「もちろん、兄としてだ」

「そうですね。私も妹としておしたいしています」

「ああ、それじゃあ。諏訪のところに行ってくるよ。

 まだ教室に残ってるか分からないけど」

「きっと諏訪さんは、います」


 真白は俺の膝の上から離れる。

 俺は真白から、諏訪の手紙を受け取る。

 部屋の扉まで歩いて、真白に振り返った。


「ループ。解決してくる」

「お兄様、いってらっしゃい。

 無事の帰りを待っています」

「ああ、あとは任せてくれ」


 そう言って俺は幻想部を出て行く。

 出て少し歩いたところで、見知った顔に出会った。

 俺は手を上げて、挨拶をする。


「よう、結城」

「げっ、上野」


 苦虫を潰したようなあからさま嫌悪感を見せる結城。

 俺が兄だと知っていたら、こんな顔はまずしない。

 間違いなくループ中の記憶がなくなっている。

 とりあえず、適当な言い訳をでっちあげて謝っておこう。


「そんな顔するな。今朝は、俺が悪かったよ。

 結城と仲良くなった夢をみたせいで、つい馴れ馴れしくしちまった」

「は? あんた夢と現実の区別がつかないの?」

「あはは、寝ぼけてたのかなー」

「それより、なんであんたが、こんなトコをうろついてるのよ」

「ちょっと、幻想部で真白と話してたんだよ」

「え? 桜璃と? 一体なんの話よ?」


 驚く結城。

 話していた内容は、勇者のオーブが原因で起きているループ現象について。

 結城はループ中の記憶がないので、言ったことろで信じられないだろう。

 それに自分が原因でループが起きていること知ったら、ショックを受けるかもしれない。

 俺は魔王の兄。そして勇者の兄でもある。

 妹を気遣うのも兄の務め。


「もしかしたら、入部するかも?」


 真白と入部についての話は一切していない。

 だが、なんとなく入部するように言われる気がする。

 そして勇者探しを一緒にしてくれと、頼まれる。

 結城にも以前、俺が兄だと分かったら、一緒に魔王を探してくれとお願いされたし。

 もし入部するとしたら、真白を優先することになってしまう。

 その場合、結城には申し訳ない。


「ふーん。入部か。そうなんだ」

「まだ分からないけどな。

 それで結城は、どうして部室棟に?」

「ええと、私は散歩よ。校舎を見て周ってただけ」


 結城はこう言っているが、おそらく勇者として見回りをしていたのだ。

 もしスライムに襲われたとき、結城が現れなければ、俺はそのまま捕食されていた。

 命の恩人だと言ってもいいだろう。


「何か、面白いものでもあったか?」

「いえ、特には……」

「そっか、それは良かった」

「……なんで、そこで良かったってなるの?」


 俺の中で『面白いもの=魔物』になっていた。

 だからつい『良かった』と口走ってしまった。


「あんた、何か知ってるんじゃない?

 朝、私のことを妹って、呼んでたし。

 もしかして……」


 結城が疑惑の視線を俺に向ける。

 ここで勇者の兄だと、宣言しても良い。

 だが、あまり長話をしていられない。

 教室で諏訪が俺を待っている。

 もし兄だと伝えたら、色々と訊かれることは避けれない。

 その場合、かなり時間をとられてしまう。

 今はループを解消することを優先すべきだ。


「すまん。俺、急用があるんだ。その話は後で、じゃ」

「ちょっと上野! 待ちなさい!」


 俺は結城の横をするりと抜けて、駆けた。

 結城が俺の背中に何か言っていたが、今は無視。

 教室にいる諏訪の元に、俺は急いだ。

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