006 推理の時間です。


「うーむ、前回と違う行動をしている人物か」

「何か心当たりはありますか?」


 真白に問われて俺は昨日、というか前回の今日を思い出す。

 前回の俺は放課後に、諏訪スライムに捕食されて、その後、結城に助けられた。

 スライムに捕食されていた生徒二名もついでに救出された。

 一人は熟女好きの安藤、もう一人は知らない女性徒。


 前回と今回の差異。

 それはスライム事件の有無だ。

 前回でスライム化の原因を取り除いたので、今回はスライム事件は起きていないことになっている。


 魔王である俺と真白。

 そして勇者の結城を除いた残りの三人。

 諏訪、安藤、女性徒。

 この三人は前回と違うと言っていいだろう。


「桜璃、一つ訊いていいか?」

「はい。お兄様になら何でも答えます。下着の色でも何でも……」


 体をくねらせて少し恥ずかしがる真白。

 俺は生唾をごくりと飲み込む。


 下着の色、だと!

 基本は白。意外性の黒。無難なピンク。マニアックなキャラ絵。

 真白の白い肌に、黒はエロすぎるぞ!

 兄は、そんなエロい妹に育てた覚えはありませんよ!


 俺は頭の中の妄想を振り払って、何事もなかったかのように話を続ける。


「ここ最近、校舎内で生徒が行方不明になっている事件を知っているか?」

「……いえ、私は知りません」


 真白は小さく、白ですと呟いていた。

 白、そうだ。真白の心は雪のように純白。

 真白はスライム事件のことを知らない。

 結城は、たしかこう言っていた。


『普通はウィスプを退治すると、その近くにいた人は記憶をなくすのよ。

 魔物になっていたこととか、襲われたこととか綺麗さっぱり忘れる』


 だが、俺は覚えている。勇者だから。そして結城も覚えていた。

 しかしループが発生し、時間が巻き戻った影響で、結城は忘れた。

 というか、スライム事件が、最初から無かったことにされている。

 ループ中の記憶がある俺だけが覚えている。

 では、同じくループ中の記憶がある真白はどうかというと、覚えていない。


 この状況から分かることが一つある。

 スライム化の元凶である魔王真白は、ウィスプを退治されて記憶を失った。

 つまり元凶である真白は、人間を魔物化している自覚も、発生した事件のことも知らない。

 ただ勇者の間違った正義を正そうとしているだけ。


 正義感あふれる真白が、自分が原因で人を魔物化していると知ったら、間違いなく解決しようとするだろう。

 それをしていないということは、知らないのだ。

 自分の知らないところで、人を魔物化していると知ったら、真白はどんな顔をするだろう。

 きっと、悲しい顔をする。


 兄として、俺は妹を守る。

 魔王が人を魔物化している事実。

 このことは俺の心のうちにしまっておこう。

 たとえ、言ったとしても、どうしようもないことだ。


「あの、お兄様?」


 しばらく黙り込んでしまった俺を不安げな表情で真白は見つめていた。


「すまん、少し考えていた」

「何か、気にあることでもありましたか?」


 俺の観測範囲だけで考えた場合、ループ犯人の容疑者は三人。

 諏訪、安藤、知らない女生徒。

 とりあえず、この三人を探るのがいいかもしれない。

 まずは諏訪来夢すわらいむか。


「俺達と同じクラスの諏訪来夢。

 俺は少し気になっているんだが、桜璃はどう思う?」

「諏訪さんですか? とても胸が大きいですね。

 それにお兄様に馴れ馴れしいと思います。

 まさか! お兄様はああいう人がタイプなのですか?」


 真白はなぜか狼狽ろうばいする。

 明らかに、趣旨がズレている。

 今は、恋愛話をしている場合ではない。


「いや、タイプとかそういう話ではなくて。

 前回と違うような気がしないか?」


 俺は話を元に戻そうとする。

 だが、真白はそれに不満げに答える。


「違いですか。

 前回も今回も、お兄様は非常に諏訪さんに優しくしていると思います。

 髪についたクモの糸を取ってあげたり。

 落ちた消しゴムを拾ってあげたり。

 物欲しそうに見る諏訪さんにゼリーを一口あげたり。

 諏訪さんの肩を揉んであげたり。

 今日・・に限っては、階段を抱きかかえて登っていましたね」


 真白の席は一番後ろなので、教室内を見渡せる。

 いつも我関せずで読書をしているから、他の生徒のことは見ていないと思った。

 しかし、俺に関する言動をこうも羅列されてしまうと、正直に驚いた。


「……よく、見てるな。

 朝の奴も見られてたのか。

 あれは、諏訪が半分寝てたから、危ないと思って運んだだけだぞ。

 毎回やってるわけじゃない」

「それにしては、随分と顔がニヤていましたね」

「あはは、そうだったかな?」

「……私も、お兄様に抱きかかえられたいです」

「え?」


 真白が恥ずかしそうにおねだりしてくる。

 普段の真白を知っている分、ギャップがすごい。

 これがギャップ萌えというやつだろうか。


「……ダメですか?」

「ダメなことはない。

 でも、人に見られると恥ずかしいから二人きりの時にな」

「はい! 約束ですよお兄様」

「ああ、約束だ」


 真白の笑顔が戻ったので、俺は一安心する。

 そこで俺は、違和感に気付いた。

 前回と今回の二回。俺は諏訪を朝、抱きかかえて階段を上がった。

 俺にとっては、二日連続のように感じる出来事。

 だが、諏訪にとっては、一回のはず。

 今朝、諏訪はなんと言っていた?

 階段を上がったあとの会話を思い出す。


『それにしても諏訪は朝弱いんだな。たしか昨日も、こんなやりとりしたぞ』

『そっか二日連続で上野ちゃんに迷惑かけちゃった。ごめんね』


 今朝、諏訪と話したときは、まだ俺はループしていることに気付いていなかった。

 俺の昨日・・という言葉に、諏訪が二日連続・・・・という言葉を返している。

 しかし、今日はループしている。

 諏訪にとっては一回だけのはず。二日連続だと言うことは、おかしい。

 ループ中の記憶が残っていないかぎり、二日連続だとは言えない。


 つまり、諏訪はループ中の記憶がある。

 そして記憶があるのは、ループを起こしている犯人。


「桜璃、分かったよ」

「ようやく分かっていただけましたか」


 真白はやれやれと、肩をすくめた。

 俺があれこれ考えている間に、真白はすでに諏訪が犯人だと気付いていたようだ。


「さすがだな、桜璃」

「最初から分かりきっていることですから。

 私がお兄様を愛しているなんてことは」

「…………」


 一瞬でも真白のことをすごいと思ってしまった自分を殴りたい。

 しかし、ここで否定しては真白を悲しませてしまう。

 俺は褒めて伸ばす教育方針を取ると決めている。


「ありがとう。俺もだよ」

「きゃー! お兄様ー! 大好きです!」


 真白は歓喜して、俺に抱きつき、そのまま俺の膝の上に座った。

 俺の膝上でうっとりする真白。まるで幼子のように甘えてくる。

 とても可愛い。

 これはこれで、嬉しい。良い匂いもするし。

 だが、今はそうじゃない。

 今はループを解決する方が先決だ。


「ループの犯人が分かった」

「え? 本当ですか! お兄様」

「ああ、同じクラスの諏訪来夢だ。あいつはループ中の記憶がある」

「……諏訪さんですか」

「これで犯人が分かった訳だが、この後はどうするんだ?」


 勇者の場合は、光の剣でぶった切れば、ウィスプを取り出すことが出来た。

 魔王の場合は、闇の盾で殴るのだろうか。


「方法は二つあります。

 一つ目は、成就じょうじゅです。

 諏訪さんの願いを成就させることです。

 そうすればもうループをさせる必要がなくなります。

 二つ目は説得です。

 諏訪さんに、願いを諦めてもらうよう説得します」


 勇者の時より、面倒くさそうだ。

 俺はダメ元で、勇者式を提案してみる。


「魔王の盾で、ぶん殴ったらオーブがぽろっと出てこないかな?」

「お、お兄様! 暴力は良くありません。

 もしお兄様が誰かを殴るのでしたら、私を殴ってください」

「すまん。俺が間違っていた。やっぱり暴力は良くないよね。

 あと俺が桜璃を殴ることはないから」


 俺は素直に謝る。

 予想以上に真白の愛が重い

 そしてなぜ、真白は少し残念そうにしている。

 俺にはDV趣味もSM趣味もないぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る