005 妹はとても可愛いです。


「俺と桜璃が兄妹きょうだいだってのは分かった。

 それは良いんだが、この後はどうするんだ?

 勇者を倒すのか?」


 真白の口ぶりからは、勇者が誰なのかは分かっていないようだ。

 しかし、俺は勇者が誰なのかを知っている。

 同じクラスの結城紗瑠ゆうきしゃる

 俺にとっては昨日、その正体を知る出来事があった。

 だが、この世界では未来の出来事。

 ちょうど、今ぐらいの時間に俺は結城と屋上にいた。


 結城も真白と同じように、俺が兄だと分かると、すごく懐いていた。

 その勇者を倒すのは、どうにも気が引ける。

 兄だと分かったのは勇者の方が先で、魔王が後だったりもするし。

 勇者を倒さなければ、このループ世界を抜け出せないというのならば、倒すしかないのだろう。

 俺は覚悟を決め、真白の返答を待った。


「お兄様、申し訳ありません。

 まだ勇者が誰か正体をつかめておりません」

「ああ、そうなの?

 別に謝らなくても良いよ。

 桜璃は今まで一人で頑張ってたんだろ?」


 頭を深々と下げて、謝る真白。その頭を優しく撫でる。

 絹のように滑らかな感触が、手のひらに広がる。


「……お兄様」


 顔を上げた真白は瞳をとろけさせて、俺を見つめる。

 慈悲深い兄を尊敬する、その眼差し。

 俺は特別なことを言ったわけでもないのに、真白の中の俺の好感度がぐんぐん上がっている気がする。

 これが兄と妹の絆のなせる業なのかは分からないが、健全な関係とは言いがたい。

 というか俺が魔王だと分かったのは良いが、特に力を目覚めさせたわけでもない。

 真白に俺が無能な兄だとバレた時の反動が、すごいことになりそう。

 あらかじめ保険を掛けておこう。


「言い忘れていたが、俺には魔王としての特別な力は無いぞ」

「そうなのですか?」

「ああ、そこらにいる一般人と何も変わらない」

「わかりました。まだ力がお目覚めになれていないのですね」

「いつ目覚めるか分からない。

 だから、それまで桜璃のことを頼らせてもらう。

 いいか?」

「はい! お兄様!」


 尊敬する兄に頼られて、歓喜する妹。

 なんて良い笑顔をするのだ。絵画にして、部屋に飾りたい。

 見ているだけで、周りを自然と笑顔にする。

 この笑顔を教室で見せたら、ほとんどの男はイチコロで恋に落ちるだろう。

 だが、真白はこの笑顔を教室では見せない。

 兄の前だけ限定の笑顔。

 それを今、独り占めしている俺は、なんて幸せ者なんだろうと思う。


「ありがとう。

 それで桜璃は、どんな力があるんだ?」


 勇者は光の剣を作り出していた。

 では、魔王はどんな能力があるのだろうか、とても気になる。


「私はこれです」


 真白が手をかざした瞬間、急に目の前が暗くなった。

 というか、俺と真白の間に光を遮断する何かが出現した。


「これは……。壁?」


 俺は手を出して、その黒くて半透明の板のようなものに触れる。

 そこには熱くも冷たくもない壁が出来ていた。


「魔王の盾です」


 勇者が光の剣なら、魔王は闇の盾。

 勇者は自分で戦うが、魔王は自分で戦うというよりも手下を使うイメージ。

 だから、盾なのだろう。

 さて、最強の剣と最強の盾をぶつけたらどちらが勝つのやら。

 きっと矛盾するのだろう。ぐらいしか想像できない。


「ありがとう桜璃。とても良い盾だな」


 盾の良し悪しは分からないが、とりあえず褒めた。


「ありがとうございます! お兄様!」


 真白はとても嬉しそうだ。

 兄に褒められるなら、なんでも嬉しいのだろう。

 彼女が喜ぶなら、どんなに些細なことでも、なるべく褒めるようにしよう。


「話が脱線したな。それでループを抜け出すには、勇者を倒すしかないのか?」

「勇者を倒せばループを脱出できます。

 ですが、もう一つループを抜け出す方法があります」


 勇者を倒さなくて済むなら、そっちの方がありがたい。

 俺は結城に助けられた、恩を仇で返すマネは出来る限りやりたくない。


「ほう、その方法とは?」

「勇者のオーブによって、奇跡を起こしている人物を見つけて、その人物からオーブを取り出します。

 そうすれば、ループは無くなると思います」


 そういえば、スライム退治も魔王を倒すのではなく。

 スライム化した諏訪の中のウィスプを取り出していた。

 不思議事件の完全解決は、勇者と魔王を両方倒すこと。

 だが、それが出来ないのであれば、事件ごとに部分解決するしかない。


「……ループを願っている人物か」


 誰が今日を繰り返したいと願いっているのか。

 それを考えてみたが、まったく見当がつかなかった。

 そもそも今日は、特別な日ではない。

 バレンタイやクリスマス、文化祭や体育祭などを繰り返したいと思う気持ちは分かるが、なんでもない日を繰り返す意味が分からない。


「桜璃。今日は何か特別なことがあったか?」

「……はい。ありました」


 なぜか嬉しそうに頷く真白。

 俺が知らないとことで、何か事件でもあったのか。

 ともあれ、何かヒントになるかもしれない。


「何があったんだ?」

「お兄様に出会えました。この日は私にとって特別です」

「……一つ訊くが、今日を繰り返したいと思うか?」

「もちろんです! お兄様との運命の出会い。

 お兄様だと分かったあの瞬間、私はとても幸せでした。

 あの感動、あの幸せを、もう一度味わえるのなら、

 今日というこの日を無限に繰り返したいです」

「…………」


 俺は言葉を失う。

 真白の兄を思う気持ちは素直に嬉しい。

 そして、俺が見つけたいと思っていた人物が目の前にいた。

 今日を繰り返したいと思う人物。


「ええと、つまりループを起こしているのは、桜璃ってことでいいのか?」

「……えっ? なぜそうなるのですか? お兄様!

 私が勇者の力で奇跡を起こしているなど、と。

 たとえお兄様といえど、言っていいことと悪いことがあります!」

「だって、桜璃は今日を繰り返したいと思ってるんだろ?

 俺からみれば、ループを起こしている犯人像と一致する」

「……たしかに、そうですね」

「だろ?」

「でも、ループの犯人は私ではありません」


 きっぱりと否定する真白。

 その瞳は、冷静さを取り戻している。

 否定できる理由を論理的に説明できそうなので、俺はそれを促す。


「どうして、そう言い切れる?」

「私がループ中の記憶を引き継いでいるからです。

 お兄様との運命的出会いは、記憶を引き継いでいたら、意味を成しません。

 私が犯人だった場合、私はループ中の記憶を消す必要があります」

「なるほど、たしかにそうだな」


 真白の言い分に納得する。

 未来に起こる良い出来事をあらかじめ知っていたら、嬉しさは半減する。

 ループに気付いていた真白が記憶を引き継いでいるのは確定。

 魔王が勇者の奇跡で、ループを起こしていたなんて間抜けな自体は起きてはいなかった。

 真白の話を聞いて、俺はあることに気付く。


「もしかして、犯人がループを自覚してないって可能性もあるのか?」


 俺や真白はループ中の記憶がある。

 おそらく魔王の力が影響しているのだろう。

 だが、勇者である結城は、朝の態度から記憶が無いと考えて良い。

 犯人がループを自覚して、自らの意思で行使していたと思い込んでいたが、無自覚の可能性も十分ある。


「おそらくですが、犯人はループ中の記憶を引き継いでいると思います。

 良い出来事を繰り返し体験したいならば、記憶を消す必要があります。

 私が犯人ならば、記憶は消えているでしょう。

 でも、悪い出来事を変えたいと願うならば、記憶を引き継ぐ必要があります。

 なぜなら、記憶がなければ、また同じ事を繰り返してしまうからです。

 そして、勇者が前者と後者。どちらの願いを優先的に叶えるかと、考えた場合、後者になると思います。

 幸せな人をより幸せにするのではなく、不幸な人を幸せにする。

 そうするのが勇者でしょう」


 真白が理路整然と意見を述べた。

 困っている人を奇跡で助けるのが勇者。

 本来ならその行為は褒められるべきことだろう。

 だが、その助けが大勢に迷惑をかけてしまうから、今回その奇跡を打ち破る。

 間違った正義は、正さなければならない。

 それが魔王のお仕事といったところか。


「すばらしい考察だ。俺もその意見に同意する。

 つまり犯人はループをちゃんと自覚している人物。

 そしてループごとに、違う行動をしている。そういうことだよな?」

「その通りです、お兄様」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る