004 どうも魔王の兄です。


 放課後、俺は真白の言っていた幻想部に足を運んだ。

 部室棟の三階奥の扉を開けて、部室に入る。

 部屋は半分で区切られていた。

 奥には一段上がった場所に畳が敷き詰められている。

 手前のスペースには長机とパイプ椅子が置かれている。


「よお、真白。来たぞ」


 俺は、畳に座って読書をする真白に声を掛けた。


「上野さん、どうぞこちらに」

「ああ」


 真白に言われて、俺は畳の上に靴を脱いであがる。

 木製のテーブルを挟んで、真白と向き合う形で腰を落ち着かせた。


「じゃあ、さっそく本題に入るか」

「そうですね」

「真白もループに気付いてるってことで、良いんだよな?」

「はい、気付いていなければ、上野さんに話しかけたりしません」

「…………」


 真白の言い方だと、お前なんか用がなければ話し掛けることはない。

 と言われている気がして、ちょっと傷つく。

 気を取り直して、話を続ける。


「で、ループの原因は?」

「勇者です」

「勇者? 原因は勇者なのか?」


 原因は魔王。と言われると思っていたので、少し驚く。

 もしかしたら、言い間違いなのかもと思い訊き直す。


「はい、間違いありません。このループの原因は勇者です」

「ちょっと待て、勇者ってのは、基本的に良い奴じゃないのか?」

「勇者は光の玉、私はオーブと呼んでいますが。

 それを放出しています。

 そのオーブが人の体に入ると、その人の願いを奇跡・・という形で叶えてしまうのです。

 今日というこの日をやり直したい。

 そう思っている人物の願いを叶えてしまっている。

 それがループの原因です」

「……なるほど」

「人の願いを叶える。

 一見、良い事のように思えますが、世界のことわりを無理やりに捻じ曲げてまで、叶えてしまうのは、なのではないでしょうか」

「……たしかに」


 真白の言い分も一理ある。

 願いを叶えること自体は良いことだが、その願いが大多数の迷惑になるものであれば、悪になりえる。


 例えば、人類を地球上からすべて消す。

 そんな願いならば、間違いなく人類の敵だと言える。

 だが、人類以外の動物にとっては、正義かもしれない。

 人類が自分達の都合で、地球の空気や水を汚染させている。

 その汚染という歪みは、人類が消えればやがて正される。

 誰かにとっての正義は、他の誰かの悪と簡単に入れ替わる。


「一応確認だが、真白は勇者・・じゃないのか?」

「私は勇者ではありません」


 少しムッとしながらも、はっきりと否定する真白。


「じゃあ……」


 一体何者なのか? 俺は真白の正体を察する。

 だが、ソレを自分の口からは言えなかった。

 真白はいつの間にか自分の左目を手で被っていた。

 ゆっくりと手をはずしながら、真白は自分の正体を口にする。


「──私は、魔王・・です」


 真白の左目には、赤く光る紋章が浮かび上がっている。

 結城の青い紋章とは違う。だが、明らかに特別な力を感じさせる。


「そ、それは……」

「もしや、この紋章が見えているのですか?」


 平静を装っていた真白が明らかな動揺を見せた。


「え? ああ、左目に……」


 俺が言い終わる前に、真白は立ち上がる。

 そして俺の横にぴったりとくっつく形で座り直した。


「ここ、この魔王の紋章が見え、見えるのですか?」


 身を乗り出して、顔を近づけてくる真白。

 珍しく何かに興奮している様子だ。

 荒い息遣いで、美少女に迫れるというシチュエーション。

 正直言って、悪くない。


「…………」


 俺が黙って、感慨に浸っていると、真白は俺の両肩をぐっと掴んだ。

 真白の胸が、俺の顔に迫る。

 結城と違って、それなりにあるので、ドキリとする。

 でも、大きさは諏訪の方が上だ。


「ど、どうなのです? 見えるのですか? いいから答えなさい!」

「お、おい、落ち着けって真白。言うから、今言うから」


 俺は真白に押されて畳に横倒しになった。

 腰の辺りに真白が足を広げてまたがっている。

 この体勢、かなりまずい。


「……いえ、言わないでください。そのままじっとして動かないで」


 真白は先ほどとは、真逆のことを言い出した。

 言えだの、言うなだの、俺はどうしたら良いというのだ。

 俺の混乱を無視して、真白はゆっくりと顔を近づけてくる。

 今にも唇が触れ合うほど、真白の顔が近い。


 俺はまずいと思った。

 このシチュエーションはこの前、結城とやったのとまったく同じだ。

 結城の勇者の紋章を近づけたら、俺の紋章が反応をした。

 勇者が魔王を倒すものだとしたら、魔王は当然、勇者を倒す者だろう。

 もし俺が勇者だとバレたら、どうなる?


「真白、待て。顔が近い」


 俺は目を瞑って、顔を横に向けた。

 勇者とか魔王とか、知らなければとても嬉しいのだが、今は勇者だとバレることがまずい。

 このループはお前が原因だと言われて、ブスリと刺される可能性がある。


「顔を背けては、いけません」


 真白は俺の顔を両手で包み、真正面にぐいっと向けた。


「目を開いてください」

「……わかった」


 俺は仕方なく左目だけを開く。

 右目には勇者の紋章があるので、そっちは開かないようにする。

 再び、間近で真白の顔を見る。

 雪のように白い肌に、頬は少し紅潮している。

 瞳は涙で濡れている。悲しいというよりは、嬉し涙の部類。

 長い黒髪が垂れて、俺の頬に触れている。その部分が無性にむず痒い。

 俺の心臓が早鐘を打っている。


 真白の必死の態度、ここまで彼女が取り乱している姿は見たことが無い。

 そんな彼女は、俺に対して何かを確かめようとしている。

 結城が兄を探していたように、真白もまた大切な何かを探しているのだろうか。

 俺は勝手に、真白の探しモノが何かに思いを巡らす。


 実時間ではほんの数秒だろう。

 しかし、俺には永遠にも思える時間が過ぎる。

 魔王と名乗る美少女、真白桜璃ましろおうり

 彼女の体温を感じながら、俺はソレを発現させた。


 目の前に赤く光る──魔王の紋章。


「あっ」


 小さく声を漏らした真白の瞳から、雫が落ちる。

 雫は俺の頬を伝い。まるで俺が泣いているかのような錯覚を起こす。

 嬉しいという感情が不思議と溢れてくる。


「お兄様、やっと見つけました」


 俺に体を預けて、呟く真白。

 彼女の探しモノ。

 それはしくも結城と同じだった。

 俺は彼女の頭を優しく撫でてやる。

 そうするのがこの場の一番の正解だと思ったから。

 真白の髪は、からすの濡れ羽色で、とても美しい。

 本来なら、触ることはかなりためらう。


 しばらくの間、俺と真白はただ抱き合った。

 言葉は不要。お互いの体温を確認するだけの抱擁。

 それはひどく原始的だが、もっとも素直な愛情表現に思えた。



「お兄様、ごめんなさい。私ったらつい嬉しくて」


 真白は頬を赤くして、俺の上からパッと飛び退いて、制服の乱れを正した。


「別に気にしてない。一応、確認するが。俺は魔王なのか?」


 真白と同じ赤い紋章が俺にもあった。

 それに俺のことをとも言っていた。

 真白が魔王。その兄なら、俺も魔王ということになる。

 だが、俺は勇者のはず……。


「はい、左目の紋章が魔王である証です。お兄様」

「……そっか。あとお兄様っていうのは?」

「私の兄。ということです」

「つまり真白は俺の妹ってことだよな?」

「はい。あの私のことは苗字ではなく、名前で呼んでいただけないでしょうか?」

「ええと、桜璃おうり?」

「はい! お兄様!」


 まるで別人のように目をキラキラさせて喜ぶ真白。

 彼女には冷たい印象を持っていたが、今は子犬のように人懐っこい印象がある。

 俺のことが兄だと分かると、こうも態度が変わるのかと驚く。


「一応言っておくが、人前で俺のことをお兄様って呼ぶなよ。

 色々と変な勘違いをされると面倒だから。

 あと俺も基本は真白って呼ぶ。

 苗字で呼んだり名前で呼んだりしてると、いつか間違えると思うし」

「……わかりました」


 肩を落として、がっかりする真白。

 その言動は非常に愛らしいので、彼女が喜ぶことをしてあげたいと思ってしまう。


「まあ、今日だけは特別に桜璃おうりって、呼ぶことにするよ」


 そう言って真白の頭を撫でると、ぱあっと笑顔の花を咲かせた。

 その笑顔に、俺もつられて笑顔になってしまう。

 俺に本当の妹はいないが、いたらこんな感じなのかと、しみじみ思う。

 自分を兄として慕ってくる妹がいるのも悪くない。

 さらに妹が美少女なんて、最高だ。

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