003 なんかループしてるみたいです。


「やあ、妹よ。おはよう」


 校門のところで結城に出合ったので、俺は挨拶をする。

 昨日の様子から、結城は自分のことを妹と呼んで欲しいと俺は察していた。

 妹を喜ばせるのも兄の務め。

 少し恥ずかしいが呼んであげることにした。


「は? 何言ってんの? キモッ」

「あれ?」


 なんだか結城の態度が冷たい。

 昨日の屋上では、お兄ちゃん大好きオーラが爆発していたのに。

 お兄ちゃん大好きオーラ。略してODA。

 しかし結城からはODAがまったく感じない。

 何か理由があるのだと、俺はすぐに察する。

 俺は結城の横に並んで歩く。


「もしかして恥ずかしがっているのか?」

「そりゃ、あんたが横を歩いていたら恥ずかしいわよ」

「どうした? 今日はツンデレモードなのか?」

「上野どうしたの? いきなり馴れ馴れしいんだけど」


 結城は不快感を隠そうともしない。

 兄と妹の関係を、人前で言葉にしたことを怒っているのだろうか。

 周りには他の生徒達が歩いている。

 しかし、そこそこ距離も離れているし何を話しているかまでは聞き取れないはずだ。


「大丈夫だ。他の奴には会話は聞こえてない」

「あんまりくっつかないでよ。気持ち悪い」


 結城にグイッと手で体を押された。

 ここまで拒絶されると、悲しい。


「わかったよ。あんまり人前では話さないようにするよ」


 俺は歩く速度を落として、結城から離れた。

 肩を落として歩く俺を他の生徒達が抜き去っていく。

 俺の教室は校舎の三階なので、階段を上るのが少し大変だ。


 階段を上っていくと、見知った後姿がった。

 同じクラスの諏訪すわだ。

 魔王の力でスライムに変わり果て。

 放課後の校舎で生徒を捕食していた。

 スカートから覗く、むっちりとした太ももが素晴らしい。

 俺はチラリズムを堪能しながら、諏訪の後に続く。

 諏訪はゆっくりと階段を上る。

 それにしても遅い。このまま諏訪の後ろにいたら遅刻する。

 あまりに遅いで、俺は諏訪の横に並んで、顔を覗き込んだ。


「おはよう諏訪」

「……スー。……スー」

「寝てる」


 諏訪は寝ていた。

 寝ながら階段を上っていた。

 たしか昨日もこんなことがあった気がする。


「おい、起きろ。危ないぞ」

「ぽよ? ああ、上野ちゃんだー」


 目を擦りながら諏訪は目を覚ます。

 しかし、まだ完全には覚醒していないようで、体はふらふらしている。

 階段の踊り場で方向転換して、さらに階段を上がる。


「ふにゃ?」

「あぶない!」


 諏訪が階段を踏み外し、大きく体勢を崩した。

 俺は諏訪の手を掴み、一気に引き寄せて抱きしめた。

 そして膝の後ろに手を回して、そのまま抱きかかえる。


「う、上野ちゃん? はわわ」

「危ないから。俺が上まで連れて行く」


 俺は諏訪を抱きかかえたまま三階まで上がった。

 諏訪は借りてきた猫のように、ただ俺の顔を見つめて大人しくしていた。

 三階の廊下にゆっくりと諏訪を降ろす。


「ありがと、上野ちゃん」

「ああ、こちらこそ、あがとう」


 俺は反射的にそう言ってしまった。

 本来ならば、諏訪の御礼を受け入れるだけでよかったのだが、つい心の声が漏れ出てしまった。


「どうして、上野ちゃんがお礼を言うの?」

「それは……。美少女を朝から抱きかかえられるなんて、これ以上の幸せはないからな」

「……美少女」

「それにしても諏訪は朝弱いんだな。たしか昨日も、こんなやりとりしたぞ」

「そっか二日連続・・・・で上野ちゃんに迷惑かけちゃった。ごめんね」

「迷惑だなんて、思ってないぞ。むしろご褒美だ」

「……上野ちゃんは、やさしいね」

「ああ、可愛い女子には特に優しいぞ。あはは」


 そう言って、俺と諏訪は教室に入っていった。

 自分の席に座り、黒板の隅に書かれている日付を見る。

 昨日と同じ日付だった。

 日直が書き直し忘れているのだろう。


 さらに教室を見回す。

 そこには楽しそうにクラスメイトと会話をする熟女好きの安藤の姿があった。

 スライムに捕食された後遺症も無いようなので、一安心だ。


 こうして俺の何気ない普通の日常が始まった。

 そう普通の日常。

 俺の目に映るのは変わらない日常。

 昨日と変わらない日常。

 まったく同じこと、一度みた現象が繰り返されていた。

 簡単に言えば、ループしていた。


 ループしているといっても、一部違う場所がある。

 それは熟女好きの安藤がいるということだ。

 本来なら、熟女好きの安藤はこの時、教室にはいない。

 数日前に諏訪スライムに捕食されて、行方不明になっていた。

 そして、今日の放課後に結城が勇者の剣でスライムを退治して、救出される。


 やはり、この不思議現象は魔王の仕業と考えるべきだろう。

 とりあず結城に相談しよう。

 そう考えながら、教室を出たところで女生徒とぶつかってしまった。

 女生徒は小柄で、弾き飛ばされてしまう。

 俺は転びそうになる彼女の手をとって、尻餅をつくのを防いだ。


「ごめん。大丈夫か?」

「あ、はい。こちらこそ、不注意でした」


 彼女は真白桜璃ましろおうり。俺と同じクラスの生徒だ。

 長い黒髪に、透き通るように白い肌。

 少し恥らっているのか、頬がほんのり桃色に染まっていた。

 一言で言えば、かなりの美人だ。

 彼女はいつも何かの本を自分の席で静かに読んでいる。

 比較的おとなしく口数が少ない女の子というのが俺の中の評価だ。


「それじゃ」

「あ、あの……」


 立ち去る俺を真白が呼び止めた。


「ん? なにか用?」

「上野さんは、ループ・・・に気付いていますよね?」


 世界が同じことを繰り返すなかで、俺と真白だけが違う行動をしている。

 だから、こうしてぶつかるという事故を起こした。


「……ああ、それじゃあ真白も?」

「はい、気付いています」

「解決方法を知っているのか?」

「放課後に、幻想部げんそうぶに来てください。そこでお話します。

 それと、この事象については他言無用でお願いします」

「わかった」


 幻想部という聞き慣れない部活名に少し驚いた。

 まあオカルト研究部の亜種みたいなもだろうと納得する。

 真白もこの不思議な事象を認識しているということは、勇者なのだろうか?

 結城の話では、勇者は二人と言っていたが。

 もしかしたら複数人いるのかもしれない。


 ループのことを結城に相談しようと思っていたが、他言無用とお願いされたので一先ず黙っておこう。

 朝の結城の言動を思い返すと、もしかしたら結城はループに気付いていないのかもしれない。

 もしそうならば、あのつんけんした態度にも納得できる。

 俺が勇者の兄だと分かるのは、今日の放課後以降だ。

 時間が巻き戻っていたら、そのことを知らない。

 兄だと分かればデレるが、そうじゃないならツンな態度。

 この件に関しては、真白の方を頼った方が良いだろう。

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