002 どうも勇者の兄です。


 同じクラスの諏訪来夢すわらいむが突然、スライムに変身する。

 俺こと上野悠真うえのゆうまは、スライムに捕食される。

 そこに結城紗瑠ゆうきしゃるが現れる。

 光の剣でスライムを切り裂くと、スライムは元の人間になり、さらに捕食されていた人間も救出された。

 一人は知らない女子生徒。もう一人は同じクラスで熟女好きの安藤。

 いったい、この学校で何が起こっているのか?



 俺は結城の後を追って、屋上へ続く階段を上る。

 スカートが短いので、パンツが見えそうだが、ギリギリで見えない。

 俺の中のチラリズムが刺激される。

 やはりモロ見えよりも、チラ見えの方が風情があって、よろしい。


 そんなことを思っている間に、俺と結城は階段を上り終えた。

 結城はさらに進み、屋上へ出る鉄扉に手を伸ばす。

 俺は結城へ声を掛ける。


「そこって、施錠されてるんじゃないか?」


 基本的に学校の屋上は立ち入り禁止だ。

 アニメでよくある天気の良い日に、屋上で弁当を食ったり。

 放課後の屋上で、夕日をバックに好きな人に告白、といった憧れのシチュエーションは再現できない。

 現実はなんとも無常なものだろうか。


「まあ、見てて」


 結城は不敵な笑みをこぼすと、鉄扉の鍵の部分に触れる。

 鉄扉に触れた手が光を放つ。

 光はうねうねと、まるで意思を持っているように鍵穴に入っていく。


 ──カチッ。


 鉄扉に掛かっていた鍵が開いた。

 ドヤ顔で俺に向きなおる結城。


「ほら、開いたわよ」

「その光は、いったい何なんだ? 教室でも出してたよな」

「簡単に言えば、私は勇者なのよ」


 屋上に進み出て、夕日をバックにそう宣言する結城。

 逆行で顔は良く見えないが、右目に青く光る紋章が浮かんでいる。


「……勇者?」

「そう私は勇者。魔王を倒す者よ。んで、この光は勇者の剣」


 結城が剣を一振りさせると、光の剣は空気に溶けて消えた。

 勇者の剣は変幻自在で、扉のピッキングもできるらしい。

 なんとも便利なものだ。


「それじゃあ、魔王もどこかにいるのか?」

「ええ、もちろん。おそらくこの学校にいると思う」

「諏訪がスライムに化けたのは、もしかして魔王の仕業なのか?」

「そうよ。魔王が出す光の玉。私はウィスプって呼んでるけど。

 あれに取り憑かれると魔物になってしまう。

 魔王を倒さない限り、諏訪さんのような犠牲者が出続ける」

「なるほど、なんだか面倒なことになってるんだな」


 俺の知らないところで、大事件が進行中のようだ。

 でも、俺は一般人なので関係ない。

 不思議な力もないし、せめて心の中で応援でもしていよう。


「面倒といえば、なんで上野は記憶があるのよ」

「どういうことだ?」

「普通はウィスプを退治すると、その近くにいた人は記憶をなくすのよ。

 魔物になっていたこととか、襲われたこととか綺麗さっぱり忘れる。

 でも、上野は覚えてる。なんで? どうして?」


 そう言って結城は俺に詰め寄る。

 顔が近い。

 俺は結城から一歩距離を離す。


「さあ、なんでだろうな? 俺にもわからん」

「ねえ、私以外の勇者に会ってない? たぶん男の勇者だと思うんだけど」

「え? 勇者って何人もいるのか?」


 基本的に勇者一人、魔王一人だと思っていた。

 だが違うようだ。


「私には兄がいるの。この世界の兄ではなくて。前世の兄。

 勇者は兄と私の二人。たぶん兄もこの世界にいると思う。

 探してるんだけど、なかなか見つからなくて……」

「ほう、生まれ変わりの兄妹勇者か。

 もしかして、その兄って俺だったりしないか?」

「……上野が?」

「あはは、冗談だ。そんなわけないよな」

「……いや、その可能性はあるわね」


 冗談のつもりだったが、結城は真剣な表情を浮かべている。


「で、俺がその兄だってどうやって見分けるんだ?」

「勇者なら、たぶん私と同じ右目に勇者の紋章があるはず。

 たぶんだけど、私の紋章を近づければ反応するかもしれない」


 結城の右目に青い紋章が浮かぶ。

 勇者の紋章を光らせたまま結城が俺に近寄る。

 息が掛かるぐらいまで、顔が近づいてくる。

 俺と結城は見つめ合う。

 大きい目に、整った鼻筋、しっとりした唇。

 まじまじと見たことは無かったが、結城は意外と美少女だ。

 心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


 俺の瞳に結城が映り。結城の瞳に俺が映っている。

 恥ずかしさの限界になり、距離を置こうとした瞬間、

 俺の右目が青く発光する。


「マジか?」

「やっと見つけた。お兄ちゃん!」


 そう言って結城は俺に抱きついてきた。

 俺も手を回して、女子の体の抱き心地を堪能する。

 やはり女子の体は華奢でやわらかい。良い匂いもするし。

 もう少し胸に脂肪がついてくれると、さらにグットだが、この際贅沢は言わない。


「つまり、俺も勇者なのか?」


 兄妹の感動の再会がひと段落して俺は、結城に尋ねた。


「そうよ。勇者の兄なんだから」

「はあ、なんだか実感がわかないな」


 たしかに右目は光ったが、それ以外に何か力が覚醒したかというと、そんなことはない。

 勇者の剣という光の剣も出せない。

 出せるのは股間についている聖剣ぐらいなものだ。


「そのうちに、力を取り戻すわよ。おに、おに……ちゃ、ん」

「無理に、お兄ちゃんって呼ばなくていいぞ。

 今までどうり上野で。俺も結城って呼ぶから」

「そ、そう……」


 見るからにがっかりする結城。

 そんなに俺のことをお兄ちゃんと呼びたいのか。

 それとも自分のことを妹と呼んで欲しいのか。


「そんじゃ、そろそろ帰るか」

「ちょっと待って。私や上野が勇者だってことは、秘密だからね。他言無用」

「ああ、分かった。まあ、言ったところで誰も信じないと思うが」

「あと、明日からは私と一緒に魔王探しをすること」

「え? それはパスで。一人で頑張ってくれ」


 俺が勇者だったとしても、魔王探しを手伝う義理はない。

 勝手にやってくれ。としか思わない。

 面倒ごとには極力関わりたくない。


「どうして?」


 悲しそうな表情を浮かべる結城。


「どうしてって。面倒だから?」

「…………」


 結城は無言で光の剣を作り出す。

 俺は嫌な予感を感じて、一歩下がる。


「お、おい、結城。なぜ剣を出す?」

「お兄ちゃんは、そんなこと言わない」


 結城が剣を振るう。

 剣はへびのようにぐにゃりと曲がり。

 俺の首に巻きついた。


「ぐえっ! ぐるじい。じぬ。マジ死ぬから!」

「お兄ちゃんは、そんなこと言わない」


 結城は、ぐいっと俺を引き寄せて、もう一度言い放つ。

 目がマジだ。

 ここでヘタなことを言えば、マジで殺される。


「わがった。協力する。するから!」

「ありがとうお兄ちゃん!」


 ぱあっと、花のような笑顔を見せる結城。

 ゲホゲホと咳をして、俺は呼吸を整える。


「協力はする。すると言ったが、俺にも何か見返りが欲しい」


 暴力を振るわれたからといって、タダで手伝ってやるものか。

 代償をはらうのだから、その対価を受け取る権利があるはずだ。


「見返りって、何? お金とは無理だよ」

「そんな無粋なもんは要求しない。

 俺が求めるのは、妹の愛だ!」

「え? 私の愛? もしかして体とか?」


 顔を赤らめ、自分の体を抱きしめる結城。

 俺は結城を見据えて続ける。


「愛! それは口付けだ!」

「……くちづけ」


 復唱する結城。

 無意識のうちに自分の唇を指でなぞっている。

 親愛の証として、口付けをすることは別に変なことではない。

 たとえ、それが兄妹であっても。

 それに今は俺と結城は血が繋がっているわけでもない。

 結婚だって合法的にできる。


「どうだ?」

「……うん、いいよ」


 顔を真っ赤に染めて結城は小さく頷いた。


「マジで?」


 まさか受け入れられるとは、正直思っていなかった。

 絶対に拒絶されると思った。

 というか拒絶してくれないと、俺の中の計画が破綻する。

 結城が拒絶する。なら俺は魔王探しを手伝わない。

 こういう流れに持っていきたかったのに、これでは契約が成立してしまう。

 なんとかしなければ。

 それならば口付けよりも、さらに上の要求をするか。


 俺が考え込んでいると、結城はトコトコと俺に近づいてきて、


 ──チュッ。


 俺の頬に結城が口付けをした。


「これからよろしくね。お兄ちゃん!」

「え?」


 俺は呆気に取られる。

 まさか今、口付けをされるとは思ってもいなかった。

 魔王を発見した記念とか、魔王を討伐した記念にしてもらう予定だった。


「それじゃ、また明日。バイバイ」


 顔を真っ赤に染めた結城が屋上を去っていく。

 俺は屋上に取り残された。


「……屋上の鍵を閉めてから、帰ってほしかった」


 屋上の扉は結城が勇者の剣で開錠したものだ。

 再び施錠するには鍵が必要になる。

 だが俺はその鍵を持っていない。

 おそらく職員室にあるが、借りられないだろう。

 まあ施錠してなくても、他の生徒が来ることもないだろうし、大丈夫だろう。


 俺は鉄扉だけを閉めて、屋上を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る