第26話 女神、ポンコツお兄様に呆れる(▲)

 デミウルゴス神歴八四三年、三月一一日、復元――モーラの曜日。


 このころになると、東の森の洞窟が良い狩場だという噂は、とんと聞かなくなった。これも、その噂に慌てたローラたちが、ゴブリンたちを狩りに狩りまっくって火消しに奔走した成果だろう。正確な数までは数えていないが、おそらく、二千は下らない。戦闘訓練を兼ねて狩っていた魔獣の数は、いままでであれば、月に多くても二〇〇匹程度だった。それを考えると、二か月で五倍ほどの数を狩る行為は異常だ。


 特に、ダリルが視察するまでの三日間は、まさに常軌を逸していたのだった。むしろ、虐殺行為といっても過言ではないだろう。


 燻すと睡眠作用の煙が発生する薬草を洞窟の入口で使用し、風魔法のウィンドで一時間ほど煙を洞窟内に送り続けた。さらに、三〇分ほど外で待機。その作業中に、何組かの冒険者パーティーが接近してきたが、丁重におもてなしをして眠りについてもらうことにした。


 ミリアが、「そこまでしなくても」と躊躇したものの、ローラが、「事が済んだら治癒魔法を使ってあげたら良いじゃない」といえば、ミリアが手のひら返しもかくや、「ユリア、やっちゃって」と、ニコッと微笑んだのだった。


 かくして、スリープ状態のゴブリン、コボルトやケイヴスパイダーなどの洞窟に住む魔獣の処理を淡々と進めていたった。時折、煙が行き届かなかったのか、元気よくうねうねと動くケイヴワームに襲われたりもしたが、ディビーがファイアボルトで燃やし尽くす。ケイヴワームの体液は、ポーションの材料になるため、ローラはもったいないと思ったが、それも仕方がないだろう。ディビーたちが昆虫型魔獣を嫌っているとかの理由ではなく、単純に時間がなかったのだ。


 洞窟を進むと、運悪く煙に巻き込まれて眠っている冒険者に遭遇したが、気にせず放置して先を行く。どうせ、周りの魔獣を狩り尽くすつもりであったため、危険性が無いのだから。ただそれも、さすがに気が引けたのか、ユリアが数匹のゴブリンの亡骸をそっと隣に残していった。


 正直、目覚めたときにゴブリンと目が合う場面のほうが可愛そうな気がするが、ローラは敢えて何もいわずに、黙々と異次元収納に倒した魔獣を放り込んでいく。別段、事前打ち合わせをした訳ではないが、ユリアが片手剣で寝首を搔き、ユリアがアナライズで生死を確認し、ディビーが不測の事態に備え、ローラが回収するというローテーションが出来上がっていた。


 結果、初日に六〇〇、二日目に三〇〇、三日目に五〇ほどの魔獣の命を刈り取った。千近くをたったの三日間で討伐し、ダリルが所詮噂だったという決断を下すことに、見事成功したのだ。それも当然だろう。ダリルが洞窟に数時間かけて隅々を調査しても、魔獣が数匹しかいなかったのだから。ダリルがテレサの領主として下した調査結果は、メルヌーク冒険者ギルドにも通知された。東の森に冒険者たちが訪れることもなくなり、テレサは落ち着きを取り戻したのだった。


 そう、ローラたちだけの訓練場へと姿を戻したのである。


 が、今日は、いつになく領主の館の廊下を行きかう人々の様子が慌ただしい。


 今日は、帝都サダラーンの帝国騎士学校を卒業したモーラが、帰郷してくるの日なのだ。


「お父様、そろろろかしら?」


 ローラとダリルは、リビングでお茶を飲みながらモーラが家に到着するのを今か今かと待っていた。先程、知らせの早馬が来ており、もう間もなく到着するらしいのだ。


「そうだな。モーラだけではなく、テイラーも一緒らしいぞ」

「え、お兄様も?」

「そうだ。いつもは帰ってこないくせに、どういうつもりなのやら……」


 不満を漏らしつつも、ダリルの表情は嬉しそうだ。モーラは、夏、冬、と春の休みには必ず帰郷していたが、去年同じ帝国騎士学校に進学したテイラーは、夏と冬の休みには帰って来ず、一年振りの再会となる。


 丁度、二人のことをローラとダリルが話していると。


「ダリル様、ローラ様、お二人が到着しましたぞ」


 ラルフが、二人の到着の知らせを伝えに来た。


(さて、お二人はどれくらい強くなったかしら)


 ローラは、二人の成長具合から、一般的なヒューマンの成長のスピードを計るつもりでいる。


 モーラの潜在能力は、魔力がBと高めだが、体力や腕力がAで完全に剣士向き。騎士学校での訓練内容が合っているのか、着実に力を付けているのを帰郷する度に見ているため、ローラは知っている。モーラは、ローラの元で訓練を受ければ、まさに英雄にさえなれる潜在能力の高さなのだ。冒険者のランクでいうなれば、大陸に一〇人いるかどうかのアダマンタイトランクに匹敵する。


 一方、テイラーは、ダリルには似ず、セナに似て魔法士向きの潜在能力だった。魔力がAだが、腕力や体力がCでイマイチなのである。


(騎士学校で魔法の訓練があるのかは知らないけど、いっちょ見てあげようかしら)


 ローラとしては、モーラよりもむしろテイラーの成長具合の方が気になっている。


 ラルフの後に続き、ローラがダリルと一緒にロビーホールに向かうと、既にセナと二人が挨拶を交わしている最中だった。


「お姉様、お兄様、お帰りなさい。お変わりないようで安心しました」

「あらローラ、ただいま。ありがとう。あなたも元気そうで姉さんは嬉しいわ」


 ローラは、しゃがみ込んで腕を広げるモーラに近付き、そのまま抱擁を交わす。


 騎士学校へ進学する前のモーラは、セナやローラと同じように艶のある金髪を腰まで伸ばしていたが、今では少し短めにして後ろで結んだポニーテールにしていた。モーラ曰く、「動くのに邪魔だから」との事だ。それでも、やはりモーラも女性である。良く手入れをしているのだろう、動く度にふぁさっと柔らかく揺れるポニーテールが、魔導シャンデリアの光を受けて煌めいている。


 その一方で、テイラーはどうかというと。


「ローラ、ただいま。変わらないと言うけど、これでも騎士学校でだいぶ鍛えたんだぞ。むしろローラの方が全然変わらないじゃないか」


(何だと、このポンコツ! 多少、体力と腕力が向上しているみたいだけど、一番適性がある魔力の量が全然上がってないじゃないのよっ!)


 ローラは、悪い意味で驚いた。


 一三歳になったテイラーの魔力は、九歳のディビーと同じで、Eランク止まりだった。ただそれも、一五歳相当の魔力量で、決してテイラーが少ない訳ではない。ローラの指導を受けており、魔獣を実際に討伐するスパルタ訓練を受けているディビーだから故の結果なのだ。


 テイラーがモーラと同様にローラと抱擁しようと両腕を広げたが、そんな不甲斐ない兄に対してローラは、それを無視する。


 間抜けな感じで広げた両腕を持て余しているテイラーは、自分でいうだけあって、身長が一年で一〇センチは伸び、肩幅が広くなったようだ。ダリルと同じように栗色の髪を短く刈り込んでおり、キリッと整った眉、目鼻立ちから端整な印象を受ける。


 残念がっているテイラーを他所に、ローラは、その変わらないといわれた言葉を内心で繰り返す。


 そう、一年経っても、胸どころか身長も変わっていない。ミリア、ディビーとユリアの三人は着実に成長している。一番ちっこかったユリアには、既に身長を抜かされており、ローラが一番ちんまりしているのだ。それ故に、もー何なのよ、とローラは地団駄を踏むのだった。


 ローラの様子を見たテイラーが、訳も分からず慌てだす。当然、ダリルが、ローラをいじめるなと、叱りつけた。そんな久しぶりの遣り取りを見たローラは、思わず口元が緩むのを感じるのであった。

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